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日向坂46がBTSに惨敗した日──CDシングル50万枚のヒットでもチャートで1位にはなれない

松谷創一郎ジャーナリスト
2021年5月21日、新曲「Butter」の記者会見におけるBTS(写真:ロイター/アフロ)

BTSと日向坂は1.5倍の差

 CDシングルが50万以上も売れたのに、配信のみの曲に負けてしまう──先日、音楽チャートで生じたこの現象が世をザワザワさせている。

 それは6月2日付のビルボードのメインチャート・Hot 100で見られた。トップになったのは、CDセールスをしていない配信のみのBTS「Butter」。その後塵を拝したのが、CDシングルを50.4万枚を売り上げた日向坂46の「君しか勝たん」だった。ポイント数はBTSが3万709に対し日向坂46は2万563と、1.5倍もの差が生じた。

 韓国や日本だけでなく海外でも大人気の世界的スターに対し、国内のみで一部ファンによるCDの複数枚購入で売上を稼ぐ日本のアイドル──ビルボードは、その人気の“差”をチャートに反映させている。

ビルボードチャートの仕様変更

 ビルボードのメインチャート・Hot 100は、CDセールスやルックアップ(PCでのCD読み取り数)、ダウンロード数、動画再生回数、ストリーミング再生回数など、8つの指標で構成される(「About Billboard Charts」)。この10年ほど、変化し続ける音楽メディア受容に合わせて各項目の比重を年々変更してきたが、そこでは段階的にCDセールスの重みが抑えられてきた。

 しかも今年下半期の始まりであるこの6月2日付からは、さらにチャートの仕様が変更された。これまでは、30万枚を超えた分のポイントを係数処理(1/5扱い)していたのに対し、下半期からは10万枚を超えた分を係数処理していると推定されている。これについては、以下の複数のアナリストの指摘が参考となる。

 たとえばCDシングルが50万枚売れたとしても、そのうち40万枚分は2割しかカウントされないということだ(40×0.2=8万枚)。

 しかもこうしたCDセールスに依存するアーティストは、楽曲そのものの人気は乏しいケースが多い。ストリーミングやダウンロード、MV配信に対応していたとしても、その数字が伸びることは稀だ。よって、1週目にたとえ1位を獲っても、2週目以降には一気にランクを下げるケースばかりだ(「NiziUの大ヒットが日本の音楽産業を打開する」2020年7月31日)。

 今回の仕様変更によってますます厳しくなるのが、その“人気”をCDセールスに依存にしてきたアーティストだ。具体的には、握手券などの特典付きCDで“人気錬金術”を駆使してきた秋元康プロデュースのAKB48グループや坂道グループ、そして熱狂的なファンは多いものの音楽的な広がりが乏しいジャニーズだ。

筆者作成。
筆者作成。

「芸能界・20世紀レジーム」の終焉

 秋元康プロデュースのグループとジャニーズには、ともに共通する点がある。それは、過剰なまでに国内のマーケットに適応し続けてきたことだ。世界2位の音楽マーケットで国内のコアなファンをしっかり固めれば、十分に売上が確保できる。アメリカをはじめ海外では死にゆくメディアであるCDの販売を続けることができたのも、このドメスティックなゲームを完全攻略していたからだ。

 だが、ここ5年ほどの音楽受容の変化はそうした従来のビジネスモデルに大きな影を落とし始めた。とくに、サブスクリプションモデルのストリーミングサービスが浸透したこの数年の変化は大きい。月1000円(学生は月500円)程度で聴き放題のサービスによって、たとえ特典付きであってもCDを買うインセンティブはますます失われた。

 音楽チャートもそれによって変化した。CDセールスに依存してばかりのオリコンランキングは完全に信用を失い、代わりに常に指標の調整を続けるビルボード・チャートの信用度が高まった。かように、ゲームのルールが急激に変わりつつある。

 そもそも秋元グループにしろジャニーズにしろ、その人気の源泉は音楽よりもタレント(芸能人)としての側面にある。要は、個々人のパーソナリティ(キャラクター)が重視されている。

 ともに劇場を持ちながらも地上波テレビでの露出に重きを置いて、雑誌やスポーツ新聞などレガシーメディアとズブズブの関係を築いて芸能界での覇権を強めてきた。そこは、アーティストやミュージシャンとしてではなく、タレント(芸能人)としての人気が音楽CDの売上に反映される世界だ。

 だが、「芸能界・20世紀レジーム」とも言うべきそのフレームはもはや過去の方法論になりつつある。

 芸能プロダクション、テレビ局、レコード会社、芸能マスコミ、そしてオリコンががっちりスクラムを組んで“人気”を構築しても、もはやそれを維持できない。ひとびとは地上波テレビではなくYouTubeを好み、CDを買わずにストリーミングで音楽を楽しみ、情報解禁で右へ倣えのスポーツ新聞ではなく『文春オンライン』の記事を読み、そしてオリコンではなくビルボードを人気の目安とする。

「芸能界・20世紀レジーム」はもう終わりつつある。

ビルボードが切り捨てる“人気錬金術”

 こうしたなかで秋元グループにもジャニーズにも焦りが感じられる。

 AKB48は、7月からテレビ東京の深夜で冠番組『乃木坂に、越されました。~崖っぷちAKB48の大逆襲~(仮)』をスタートする予定だ。

 番組内容は不明だが、この仮タイトルは現実を捉えているとは言えない。AKB48がもがき苦しんでいるのは、決して乃木坂46に追い越されたからではなく、「芸能界・20世紀レジーム」とズブズブの関係を築いたうえでNGT48の不祥事などが生じたからだ(「紅白落選も必然だった…AKB48が急速に『オワコン化』してしまった4つの理由」2020年12月27日)。AKBが越されたのは、乃木坂などではなく「時代」そのものだ。

 しかもその苦しみに直面しているのはAKBだけでなく、坂道グループも同様だ。日向坂が50万枚売ってもビルボードで1位になることができないように、CDセールスで人気を多く見せかける“人気錬金術”が詐術であることには、もう多くのひとが気づいている。すでにビルボード・チャートでは、昨年度のHot100の30位以内にも、年間アーティストのトップ20にも、AKBどころか乃木坂や櫻坂も入っていない。ビルボード基準では、坂道グループにも音楽人気は確認できない。

 ただ48グループや坂道グループは、CDセールスを続けて今後もタニマチからの支援を受け続ける道もある。たとえその人気が一般に広がらなくても、固定ファンさえいればある程度の売上は確保できるからだ。単にマイナーなアイドルになるだけの話だ。もちろん、それで劇場の維持とあの大人数のメンバーを維持できるかどうかはわからないが。

デジタルに放たれないジャニーズの新世代

 だが、そんなAKB48グループや坂道グループよりも先行き不透明なのが、ジャニーズ事務所のグループだ。

 長らく頑なにネット対応を避けてきたジャニーズだが、ここ数年は以前よりも積極的になってきた。ただし、そのスピード感はまるでない。

「ジャニーズをデジタルに放つ新世代。」とのキャッチコピーでデビューしたSixTONESやそのライバルグループのSnow Manは、YouTubeでミュージックビデオを発表するなど、たしかにこれまでと比べると積極的だ。

 だが、ストリーミングの配信はいまだにあまり解禁されておらず、その人気はCDセールスに依存している。よって「デジタルに放つ」とはいまも言える状態にない(そもそもCDもデジタルだが、その点は不問にする)。

 音楽的にはライバルとなるK-POPに対抗すべく、これまでのジャニーズでは見られなかった先進的な曲を発表するようになった。SixTONESやSnow Manだけでなく、Sexy Zone「RIGHT NEXT TO YOU」King & Princeの「Magic Touch」は非常に意欲的だ。

 ただ、それらの曲はなかなか大きな広がりを見せてはいない。ストリーミングに乗り出さないことには、多くのひとが曲に触れる機会も閉ざされるのでそれも当然だ。

 現在のジャニーズは、自ずとヒットしない道を選択しているにしかすぎない。

ネットで伸び悩むジャニーズ

 ストリーミングを解禁すればヒットするかと言うと、もちろんそんな簡単な話でもない。KAT-TUNは2月に新曲「Roar」をYouTubeとストリーミング、ダウンロードで配信した。しかし、その結果は惨憺たるものだ。MVは現在も192万回再生にしかすぎず、ストリーミングではいちども100位圏内に入ることはなかった(「KAT-TUNをデジタルに放った結果…」『“天”ブログ  はてなブログ版』2021年6月4日)。

 ストリーミングは、多くのリスナーが何度も聴くことによって順位が上がる。よって、そこで必要とされるのは一部の熱心なファンの強い思いではなく、ファン以外のひとが何度も聴きたくなるような“音楽の力”だ。

 この状況は、KAT-TUNに限った話ではない。YouTubeで発表されているジャニーズ勢のMVの視聴回数は、おしなべて伸び悩んでいる(「グローバル時代のジャニーズ事務所」2021年3月17日)。レガシーメディアのようにコントロールできないネットにおいてライバルとなるのは、BTSや多くのK-POPグループ、あるいは“K-POP日本版”と呼べるJO1やOWV、ORβIT、そして元ジャニーズで結成された7ORDERなどだ。

 現状のジャニーズは、SixTONESとSnow Man以外はネットメディアで完全に後塵を拝している。しかも今後決して避けて通れないストリーミングでは、音楽で勝負をしなければならなくなる。

 半年前の今年1月、筆者は以下のように書いた。

その場にたたずむといつかは衰滅し、しかし前に進むとこれまで経験したのことのない激しい競争が待ち構えている──それが2021年にジャニーズ事務所が置かれている状況だ。

「嵐が後輩たちに残したもの。SixTONESとSnow Manの行方」(2021年1月27日/『ハフポスト日本語版』) 

 この状況はいまも変わっておらず、むしろ悪化している。

 おそらくジャニーズ事務所のスタッフも頭では状況を理解しているはずだ。しかし、遅々としたその変化スピードは、日に日にジャニーズを厳しい状況に追い込みつつある。創業者姉弟が経営から退陣した現在、新体制でも動きが鈍いこの状況は理解に苦しむ。

5年前のSMAPの蹉跌

 思えば、やはりSMAP解散が大きな転機だった。地上波テレビ放送を中心とした「芸能界・20世紀レジーム」は、SMAPの解散とともに終わったと当時筆者は書いた(「地上波テレビの葬送曲となった『世界に一つだけの花』」2016年12月27日)。

 それから11ヵ月後の2017年11月、元SMAPの3人は新しい地図として動画配信サービス・AbemaTVで72曲ライブをしていた。現在は、あれから5年が順調に経過しただけの話でしかない。インターネットが消滅することはないのだから、そうなるのは当然だ。

 テレビ局もレコード会社も芸能プロダクションも、この流れに逆らってビルボードを無視すれば、手をつないで衰滅に進んでしまう。00年代前半のコピーコントロールCDの失敗を繰り返すことになる。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とは往年のビートたけしのブラックなギャグだが、それを真顔で実践すれば全員轢かれるだけだ。

 一昨年あたりからビルボード・チャートでは、「芸能界・20世紀レジーム」と無縁のところから生まれた多くのアーティストが勢いを見せている。優里、LiSA、Ado、YOASOBI、NiziU、Eveなどがそうだ。ネットで火がつき、自然と人気を高めたアーティストばかりだ。NiziUのように、配信の再生回数とCDセールスを両立しているグループもいる(それはパーソナリティも音楽もともに人気があることを示唆している)。

 現在の音楽状況は、そろそろ過渡期の折り返し地点を過ぎようとしている。世界的に見れば遅れに遅れたCDからネットへの移行は、今後さらに進むこととなるだろう。

 「芸能界・20世紀レジーム」は終わり、新たな世界はもう始まっている。“ビフォー”の時代を謳歌していたひとびとには正念場だ。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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