人気ティックトッカーから大スターに──ベラ・ポーチが見せる“グローバル・ドリーム”
「私は欠点だらけで意見も言う」
TikTokの人気インフルエンサーが歌手デビューして、いきなり全世界で大ヒットする──そんなとても興味深い事態が生じている。
24歳のベラ・ポーチは、フィリピン系アメリカ人の人気ティックトッカーだ。現在のTikTokフォロワー数は世界3位の7100万を超える。そんな彼女が5月14日に"Build a Bitch"で歌手デビューして、またたく間にスターとなった。
YouTubeの初週視聴回数は、デビュー曲では歴代最高の7500万回となり、その後3週間弱で約1億4000万回に達している(6月2日現在)。ビルボードのメインチャート・Hot100でも、新人にもかかわらず初登場で58位にランクインした(5月29日付)。
"Build a Bitch"は、外見的なコンプレックスを受け入れる女性の心情を歌った曲だ。「女の子はカスタムできない、好きなパーツは選べない」という歌詞にあるように、男性からの性的なまなざしに対抗する女性を描いている。
それはだれもが自意識過剰にならざるをえない、SNS時代特有のモチーフではある。だがそこにビリー・アイリッシュのような暗さはなく、女性をエンパワメントしていくことがテーマとされている。
身体に多くのタトゥーを入れ、髪型をツインテールにしたポーチは歌う。
「私は欠点だらけで意見も言う。完璧を求めてるなら、私は向いてない」
はっきりそう言うこの曲はとても現代的であり、この彼女のスタンスこそが大ヒットの要因だ。
TikTokで“ネタにする側”から“ネタにされる側”に
ベラ・ポーチが一躍注目されたのは、昨年8月にTikTokで公開したMillie B の曲"M to the B"の動画だった。変顔を交えるネタ的な内容だが、これが「催眠的」などと評価されてバイラルヒットする。結果、2020年にTikTokでもっともヒットした動画となるほどの大ブレイクをする(TikTok "The Year on TikTok: Top 100" 2020年12月2日)。
そうしてインフルエンサーの仲間入りをしたポーチは、それから1年も経っていない先月に歌手デビューし、今度はアーティストとして大ブレイクした。驚くようなサクセスストーリーだ。
たしかにここ数年、音楽ではTikTokがヒットのきっかけとなるケースが相次いでいる。アメリカでは、2年前のリル・ナズ・Xのカントリーラップ曲"Old Town Road"がその代表例だ。この曲はビルボードHot100で19週連続1位の記録を築いたほどだ。
日本でも近年TikTok発のヒットが目立っている。昨年であれば瑛人「香水」であり、今年の上半期ではAdoの「うっせぇわ」と優里の「ドライフラワー」がそうだ。SNSユーザーのネタ的コミュニケーションが、ひとつの曲を大ヒットに導く経路が確立した。
ただ、それらのケースとベラ・ポーチは異なる。彼女はもともと既存曲を使って遊んでいた、ひとりのTikTokユーザーでしかなかったからだ。つまり、TikTokで“ネタにする側”から“ネタにされる側”として大スターとなった。
日本のアニメからの強い影響
1997年生まれの彼女は、13歳のときにフィリピンからアメリカ・テキサスに移住し、その後米軍に入隊した。海軍時代は日本の基地に駐留していた経歴を持つ。
そんな彼女のTikTokを見ていると、あることに気付かされる。そこに日本のアニメや音楽に関しての投稿が少なからず存在していることだ。
たとえばアニメ『のんのんびより』の劇中歌(remix)や『鬼滅の刃』のLiSA「紅蓮華」(インストゥルメンタル)、『化物語』の花澤香菜によるオープニング曲「恋愛サーキュレーション」などを使った動画が見られる。また、きゃりーぱみゅぱみゅの「PONPONPON」やももいろクローバーZの「ニッポン笑顔百景」(アニメ『じょしらく』エンディング曲)もある(リンク先はすべてTikTok)。
着ている服や部屋のカーペットにも、日本のアニメのグッズが散見される。とくに好きなのは『NARUTO -ナルト-』のようだ。動画では普段着からコスプレ的な衣装に変身する演出も目立ち、それが彼女を人気ティックトッカーにしたひとつの要因でもある。
実際TikTokの初期は、ゲームやアニメソングなどを楽しんでいただけのオタクにすぎない(動画で多用する上向きの寄り目の変顔も日本のオタク文化で生まれたものだ)。今回のデビュー曲"Build a Bitch"のジャケット画像も日本のアニメ絵のイメージだ。
Kawaiiスタイルの最新形
ベラ・ポーチは、幼少期のフィリピン時代と海軍での日本駐留時に日本のアニメやゲームの影響を受けたと複数のインタビューで語っている。ファッションでは、明確に「Kawaii」を実践していると話している(”Interview Magazine” 2021年6月1日)。
原宿発のKawaiiスタイルは、00年代であればグウェン・ステファニーに強い影響を与え(そのバックダンサーの「原宿ガールズ」のひとりが人気ダンサーの仲宗根梨乃だった)、10年代前半にはきゃりーぱみゅぱみゅのグローバルヒットを導いた。現在は新大久保を中心とするK-POPスタイルに押されて下火となりつつあるが、ベラ・ポーチは従来の原宿Kawaiiにオタク文化を加えた最新形となっている。
そしてなにより見逃せないのは、彼女が語る音楽的な影響だ。前述したように日本のアニメソングを好んでる彼女が、「いつかいっしょに音楽を創りたい」(”VOGUE”2021年5月23日)とまで話すのは「初音ミク」だ。
今回のデビュー曲に初音ミクの影響はないが(MVで見せるツインテールは似ているけれど)、おそらくそう遠くない未来にベラ・ポーチと初音ミクのコラボレーションが見られることになるだろう。
“グローバル・ドリーム”を体現
いまもっとも注目されるスターのひとりとなったベラ・ポーチだが、それはやはり21世紀的なプレゼンスだと言えるだろう。フィリピン、アメリカ、日本と複数の地域で生活することでグローバルな文化を摂取し、デジタルネイティブのZ世代としてTikTokで発信して一躍スターとなる状況も非常にイマっぽい。アメリカン・ドリームではなく、“グローバル・ドリーム”を体現しているかのような存在だ。
加えて、これまでグローバルのエンタテインメントで影が薄かったアジア人であることも重要だろう。音楽では、10年代前半のFar East MovementやPSY、そして10年代後半のBTSやBLACKPINKのブレイクによって、この10年間アジア系のアーティストが目立ってきた(映画でも同様だ)。彼女は同じくフィリピン系のオリヴィア・ロドリゴとともに、それに続くことになりそうだ。
一方、現在アメリカではアジア系に対してのヘイト・クライムが目立っている。コロナ禍のストレスがアジア系に向けられている不条理がある。
彼女自身も、アメリカに移住した10代のときにはフィリピン料理の匂いで学校でからかわれ、その見た目で「リンリン」と呼ばれていたという。さらに襲われたり、暴行を受けたりすることもあって、それによるPTSDもあると話す(”Vogue UK” 2021年4月14日)。
彼女はアジア系に対する攻撃が続くことに心を痛めながらも、こうも語る。
「ひとつだけ言っておくと、もしだれかが攻撃されているのを見たら、私はこれまで軍で学んだすべてを使って、それを解体します」(”VOGUE” 同前)
TikTokで変身コスプレ的な動画をあげる彼女は、自然に複数のアイデンティティを同居させている。「カワイイベラ(Kawaii Bella)」と「悪者ベラ(Baddie Bella)」を同居させ(”Interview Magazine” 2021年6月1日)、ヒップホップもK-POPも日本のアニメソングも同列で愛している。
「私は欠点だらけで意見も言う」という歌詞も、一面的ではない彼女の心性を表しているとも言えるだろう。むしろ、自分自身の多様な顔を操って複雑かつグローバルな成熟社会を積極的に楽しもうとしているように見える。
それを踏まえると、やはり楽しみなのは次の曲だ。デビュー曲が「悪者ベラ」だとしたら、次は「カワイイベラ」かもしれない。あるいは、「悪者ベラ」が「カワイイベラ」に変身するようなコンセプトを送り出してくるかもしれない。
デビュー曲のさらなるヒットはもとより、今後のパフォーマンスが音楽シーンにどのような影響を与えるかが注目される。われわれは、ひとつの新しい潮流が生まれる瞬間に立ち会っているのかもしない。
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