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大阪の住民投票は都市戦略のためのTOBーーNTTとドコモの統合・再編と変わらない

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
大阪市役所周辺:筆者所蔵映像

 11月1日、大阪市役所を廃止し市役所の業務を大阪4区(東京23区と同様の「特別区」)と府庁(名前は府のままだが「都」とみなされる)の2つに分けて再編する大阪都構想の住民投票が行われる。住民投票は2回目だ。5年前に僅差で否決された。しかし、その後も再挑戦を求める市民の声が強く、今回は大阪維新の会に加え公明党も賛成して2度目の挑戦となった。だが、都構想は分かりにくいという声がある。筆者は大阪出身で大阪府と大阪市の特別顧問を務める。今回は主にビジネスパーソン向けにM&Aになぞらえ解説したい。

1.府市統合は「経営統合⇒上場廃止⇒事業部再編」になぞらえ理解しよう

 大阪都構想は大企業の戦略的M&Aに準えると分かりやすくなる。大阪府庁を中核企業、大阪市役所をグループ企業と捉えよう。大阪市役所は1956年に国に掛け合って政令指定都市に認定され、府から都市計画などの権限を譲り受けた。だが90年代から中核企業とグループ企業の業務のカニバリゼーション(二重行政)や分散投資(二元行政)の弊害が目立ってきた。

 そこで中核企業(大阪府)とグループ企業(大阪市)の経営陣(府市の両議会と知事・市長)は両者を経営統合し、同時にグループ再編(府と市の行政機構の再編)をすると決めた。具体的な内容は協定書に書き込まれ府議会と市議会で審議され、賛成多数で議決された。

 

 合併後の組織再編の内容だが、第1に古くからあるグループ企業(市役所)を上場廃止(政令指定都市からの離脱)する。第2にグループ企業が今までやっていた業務を中核企業(大阪府庁)と4つの新たな非上場グループ企業(4つの特別区役所)に分けて再編する。例えば都市計画やインフラ整備などは大阪府庁に一元管理させ、教育や福祉など身近な住民サービスは4つの特別区役所に専念させる。

 実はこれに似たグループ再編の動きは民間でもしばしばある。典型がNTT持ち株会社によるNTTドコモの子会社化である。この場合は、前者がTOB(株式公開買い付け)を経て後者の株式を取得する(TOB期間は本年11月16日まで)。最終的にドコモの上場廃止も予定されている。ドコモの子会社化の背景には「5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが始まり、モバイルだけでなく5Gを使ったソリューションの領域を広げないと競争に打ち勝てない」という共通認識があった。そこでNTTグループ全体としての最適投資ができるよう経営統合に至ったようだ。このほか前田道路と前田建設工業、アスクルとZホールディングス(ソフトバンクグループ)など上場している子会社の事業や経営の中身、あるいは経営者の人事を親会社が調整する動きがビジネス界で相次いでいる。

2.市役所と府庁の二元行政のため戦略投資で遅れをとる

 NTTグループは戦略上の都合から経営統合に至ったが、大阪都構想も同じだ。都構想は大阪の都市戦略の必要からでてきた。世界の大都市は企業や人材誘致で競い合う。そんな中、過去64年間、大阪市と大阪府は連携がうまくいかず、インフラ投資で圧倒的に出遅れてきた。たとえば財界も資金を出して関西空港を作ったが、府と市の対立でアクセス鉄道が整備できない。また淀川左岸線(高速)の建設に大阪市が乗り気でなく、環状道路が未完のままである(ミッシングリンク問題)。いずれも最近、知事と市長がともに大阪維新の会となって協議が整ったが、失われた20年超の損失は計り知れない。

〇明治以降は国土軸から外れるという不幸

 都市の発展は道路、鉄道、港湾、空港など交通ネットワークと共にある。このような交通網の整備の遅れは大都市・大阪の競争力維持にとって致命的な問題である。しかも、大阪は明治以降、国土軸から外れて位置する街というハンディを負ってきた。その中での二元行政問題は極めて深刻である。

 歴史を紐解くと大阪は、京都の玄関口だったことに始まる。古代は中国や朝鮮への航路の玄関口かつ外交拠点だった(副都・難波の宮)。江戸時代には新潟から北前船が入り、米相場がたち、天下の台所として栄えた。要するに大阪は瀬戸内海と太平洋を結び、かつ淀川で京都にもつながる好立地を活かした内航海運の結節点として栄えた。ところが明治に入って鉄道と道路の時代になると、九州、中国、東海、関東を貫く東海・山陽道が国土軸になる。だが大阪はその国土軸から南にずれて位置した。例えば大阪駅、国道一号線、二号線は全て大阪市の北の端、かつては辺鄙だった梅田に位置する。戦後できた新幹線はもっと北を、名神高速道路はさらにもっと北を走り、伊丹空港はそのまた北に位置し、新名神はもっと北を走る。

 

 やがて国土軸は国内から国際に重点を変え、モードも陸路から空路に変わった。そこで大阪財界はお金を出しあい、政府に協力して1994年に関西国際空港を作った。だが場所は和歌山近くの南の端に立地し、大阪市内からはとても遠い。そこで成田エクスプレスのような空港アクセス鉄道を作る計画ができた(なにわ筋線)が、府市の対立で長らく計画が立たなかった。

〇南北軸への投資でかろうじて生き残る

 大阪市はこのように大阪の中心部から遠ざかる国土軸と市内中心部を繋ぐため長年努力をしてきた。第一歩が約80年前の御堂筋など南北を通る狭い道路(筋)の拡張工事だった。南北軸を太くして南と北に延伸することで何とか国土軸との接続を保ってきた。しかし1990年代以降は大阪府と大阪市がバブルのあぶく銭を無駄遣いし、一方では両者が対立して広域インフラの整備が滞った。例えば淀川左岸線(高速道)は2006年から11年間にもわたり府と市の協議が整わず、維新の時代の2018年にやっと工事が始まった。また大阪市は関空アクセスのなにわ筋線の鉄道工事よりも市内の東端の今里筋線の地下鉄建設を優先した。こうして府市の二元行政は大阪のインフラを致命的に遅れた状態に陥れてしまった。

 

 二元行政の弊害はインフラ整備の遅れだけではない。あちこちで無駄が目につく。地下鉄御堂筋線は高度成長期に一応延伸されたが、大阪市営の限界から市域の端の江坂駅から以北は第三セクターの別会社となっている(北大阪急行)。この会社はわずか3駅(線路距離5.9キロ)しかない。だが”国境”の江坂駅で乗務員がいちいち交代する。また独自の車両、車庫、整備工場まで持つ。余分なコストは当然運賃に上乗せされる。

 あるいは大阪府立大学と大阪市立大学。学生数がそれぞれ約7700人、8300人と同規模だ。両方合わせると神戸大学(約16,000人)に相当する大きさで、都立大学を凌ぐ日本最大の公立大学となる。しかも府立大学には農学部と獣医学科が、市立大学には医学部と付属病院がある。創薬分野では獣医学、農学と医学のノウハウの結合がとても役に立つ。だがそうした連携は今までほとんどできていなかった。その他にも信用保証協会やコロナ対策などを担う公衆衛生研究所など多くの機関が大阪府と大阪市の二つに分裂して設立・運営されてきた。高度成長期にはゼロからの出発だし小さなものだから二つあって問題はなかった。しかし低成長期に入ると中途半端な古い小さな施設にちまちまと更新投資をする無駄が目に付くようになった。

3.市民の監視の目が届かない大阪市役所の乱脈ぶり

 バブル期の大阪市役所は「局あって市役所なし」というガバナンス欠如状態にあった。本来は財政局が主導してバブル期には資金を貯めるべきところが、グリップが弱かった。そのため各局が市内各所に思い思いの施設を建設し、ほとんどが経営破綻した。やがて90年代後半、市役所は資金が尽きてインフラ投資もできなくなる。同時に生活保護の受給などに追われ、どんどん内向きになっていった。しかし世襲の保守系議員は各種団体や町内会向けの補助金獲得や小さな工事などの口利き案件を市役所に持ち込む。一方で労働組合も歴代市長と癒着し、組合としての利権を築いていった。2005年、全国に知られ渡った職員厚遇問題でそれが明らかになった。例えば、背広を購入して内側にOSAKA CITYという刺繍を入れると公費で買ってもらえたり、カラ残業はもとより闇年金まであった(辞めた OB に市役所が人件費を横流しして年金として支給していた)。そのほかにも市営バスの運転手の年収が1200万円を超えるなど、びっくり仰天の不祥事が明らかになった。

〇橋下時代に負の遺産を一掃

 そうこうしているうちに2011年に橋下徹氏が大阪市長になり抜本改革が始まった。橋下改革では労使の癒着打破、えせ同和の利権撤廃、不良債権の処理という負の遺産の整理が一気に進んだ。これをステップ1とすると、ステップ2は都市の成長戦略である。橋下・松井(後に吉村・松井)の維新のツートップの連携で先述の淀川左岸線の工事やなにわ筋線の建設が決まった。また府市共同の誘致活動を経て、塩漬けになっていた夢洲に万国博や IR を誘致することも決まった。

〇松井・吉村の「バーチャル大阪都」で万博誘致に成功

 大阪の所得は90年代東京に次いで全国2位だった。それがどんどん下がり、最近では全国平均以下まで落ちた(維新改革ですこし持ち直しつつある)。所得が下がり続けると、個人の人生では様々な不幸が起きる。失業、離婚、犯罪などの社会指標を見ると、近年の大阪は全国でも下位をさまよってきた。落ちるところまで落ちたのが2008年頃だ。それから約12年間の維新改革では教育改革に力を入れ、関西空港と伊丹空港の統合合併なども進んだ。そして万博と IR誘致 で将来へのきっかけがようやく見えつつある。かくして大阪は今、ステップ2の真っただ中にある。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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