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「‘進歩政治’のため最後の役目を果たす」正義党の沈相奵候補が韓国大統領選に復帰

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
5日ぶりに大統領選に復帰した正義党の沈相奵(シム・サンジョン)候補。同党提供。

大統領選まで50日となる中、韓国の「進歩政治」が揺れている。

度重なる労働者の死亡事故を防ぐための法律制定を粘り強く続け、韓国政治の改革に声を上げてきた正義党の大統領候補・沈相奵候補の支持率が2〜3%と低迷し、大苦戦を強いられている。ショックから一時は活動中断を表明していた沈氏が、ようやく復帰した。

●5日ぶりに選挙活動再開

17日、正義党の沈相奵(シム・サンジョン、62)候補が選挙活動の再開を宣言した。同候補は5日前の12日晩から「現在の選挙の状況を深刻に受け止め、今後すべての日程を中断し熟考に入る」というメッセージと共に、蟄居生活に入っていた。

沈相奵氏といえば、韓国では知らない人がいない政治家だ。名門・ソウル大学時代から民主化運動を積極的に行い、80年代からは労働運動に深く関わった。以降、約20年にわたって韓国の労働運動の中心人物として活躍し、2004年からは政治家に転身した。

前回2017年の大統領選挙では僅差の5位となる6.2%の得票率を記録した。全国区の知名度を生かし、労働災害や労働運動の現場、外国人やLGBTといったマイノリティが声を上げる場にかけつけスピーカーの役割も果たしてきた、韓国社会の良心とも言える人物だ。

だが今回の大統領選で、沈候補の支持率は2〜3%の間で低迷したままだ。

沈候補はこれについて18日朝に出演したラジオで「四方が壁で囲まれた断絶した空間で選挙活動をしていた感じだった。国民の間に思いが広がらず、私と正義党が代弁しようとし共にしようとする人々が遠くにいる感覚」と表現した。

1月17日に発表された『リアルメーター』社の世論調査結果。次期大統領選の支持度を表す。黄色が沈相奵候補で、2.0%にとどまっている。同社サイトより引用。
1月17日に発表された『リアルメーター』社の世論調査結果。次期大統領選の支持度を表す。黄色が沈相奵候補で、2.0%にとどまっている。同社サイトより引用。

やはり1月17日に発表された韓国テレビ局『SBS(調査はネクストリサーチ社)』による大統領選世論調査。黄色が沈相奵候補で、直近では2.7%となっている。同社ニュースをキャプチャ。
やはり1月17日に発表された韓国テレビ局『SBS(調査はネクストリサーチ社)』による大統領選世論調査。黄色が沈相奵候補で、直近では2.7%となっている。同社ニュースをキャプチャ。

●「巨大両党のせいにしない」

沈候補は17日午後に国会で行った会見の冒頭で「不平等はよりひどくなり、市民の生活はさらに悪化している。私と正義党が阻止できなかった」と過去20年の政治生活を振り返った。

さらに、「人のせいにしない、巨大両党の横暴のせいだとは言わない」と続けた。これは非常に印象的な言及だった。

巨大両党とは、与党・共に民主党と最大野党・国民の力を指す。議員定数300の韓国の国会(現在在籍は295人)で前者は169議席、後者は106議席を占める。合わせて9割以上を占め、事実上、この二政党により国会が主導されている。

過去20年の政権交替も両党(前身を含む)間で行われており、この両党政治を沈候補は一貫して「既得権カルテル」と批判してきた。権力のやり取りを通じ両党に権益が集中することで、結果として女性や下請け労働者といった弱者の議題が後回しにされてきた、という指摘だ。

沈候補はこの部分に関し、「社会的弱者の暮らしを改善するために政治をしてきたが成功しなかった」という要旨の発言を続け、その具体的な例として「選挙制度の改革」を挙げた。

これは選挙における有権者の意志反映の度合いを高める目的で2020年4月の総選挙から導入された「準連動型(準併用型)比例代表制」のことを指す。

だが実際には当初の目的に反し、議席減少を恐れた二大政党(与党・共に民主党、最大野党・未来統合党[現・国民の力])が「抜け道」の比例専門政党を作ることで(先に作ったのは未来統合党)骨抜きとなった。

そして、議席増の恩恵を受けるはずだった正義党は現状維持の6議席にとどまるダメージを受けた。沈候補は今回の大統領選挙の期間中、支持率が2〜3%にとどまる自身の不振の原因を、こうした強固な両党体制に求める旨の発言をしたこともあったが、今後は「不振は自分のせい」と向き合うことを改めて表明した形だ。

20年4月15日の総選挙当日、厳しい結果を前に正義党党舎はため息に包まれていた。沈相奵候補は翌16日の党会議で涙を流し結果を悔やんだ。筆者撮影。
20年4月15日の総選挙当日、厳しい結果を前に正義党党舎はため息に包まれていた。沈相奵候補は翌16日の党会議で涙を流し結果を悔やんだ。筆者撮影。

●「聖域に切り込む」

沈候補はその上で、「今回の大統領選挙を通じ、私と正義党に対する国民の再信任を求める」と背水の陣を敷く考えを明かした。そして、▲他人のせいにしない、▲支持率にこだわらない、▲損をしても原則を守る、という選挙運動のルールを述べた。

一見、「当選すること」や「支持率を上げること」という選挙の目的を無視したかのような要素であるが、その背景にある思いについてこう語っている。

深まり続ける不平等と、ますます強固になる既得権という現実の前で、社会的弱者の暮らしを守るための正義党の役割は、より切実になっています。その道がいくら苦しく困難でも、最後まであきらめません。

この険しい道を継承する政治家の後輩たちが、ふたたび絶壁の前で途方に暮れた思いを抱き政治をしなくてもよいように、次世代の「進歩」が沈相奵の20年を乗り越え堂々と未来の政治を切り開いていけるよう、私の最後の役目を、最後まで果たします。

沈候補はこの日、自身の政治活動の目的が「労働が堂々としている国」と「正義が実現した福祉国家」の実現にあることを再度、強調した。

一方で、「進歩の聖域のようにタブー視されている社会的問題について公論化を始める。タブーを乗り越え古い『進歩』の果敢な革新を成し遂げる」と言及した。

意味深な発言だ。会見後に具体的な説明を求められた沈候補は、「『進歩』にも既得権がある。例えば定年延長の問題をはじめ、大企業と中小企業の労働者たち、また正規雇用職と非正規雇用職の連帯を妨げる要因があるが、この部分を公論化するもの」と述べた。

具体的にはいわゆる「既得権となっている労組の問題」に切り込んでいくものと見られる。

17日の会見の様子。背景の「沈相奵」の文字の中にたくさんの同党への批判が書き込まれている。同党提供。
17日の会見の様子。背景の「沈相奵」の文字の中にたくさんの同党への批判が書き込まれている。同党提供。

●韓国政治の今後をうらなう

沈候補そして正義党の低迷については、「与党・共に民主党に抵抗し保守政党と区別がつかない」、「若い女性政治家を押し立て、労働問題を扱う政党からフェミニズム政党になってしまった」、「沈相奵氏でもう限界という市民の冷徹な判断」など様々な分析がある。

17日にあった沈候補の会見の背景には「沈相奵」という3文字が掲げられていたが、その中には「正義のない正義党」「女性だけ保護」「不平等解消には無能」など、その間同党に寄せられた批判が書き込まれていた。敢えて明らかにすることで、すべてに向き合う覚悟を示したかたちだ。

大統領選まで残り50日。「最後の務め」を公言する沈相奵候補の動向が選挙の大勢に影響を及ぼすことはないかもしれないが、韓国政治の今後を占う上で重要であることは間違いない。

以下は沈候補の記者会見全文訳。翻訳は筆者。

「正義党・沈相奵候補、国民への言葉」

敬愛する国民の皆さん、正義党の大統領候補・沈相奵です。

ここ数日間、国民の皆さんにご心配をおかけして本当に申し訳ありません。

また私のせいで日程に支障をきたした全ての方々にお許しを願います。そしてその間、私を励まし、勇気を奮い起こしてくれた党員の皆さんと多くの市民の皆さんに深く感謝を申し上げます。

私が選挙運動の日程を中断したのは、支持率のためだけではありませんでした。選挙運動を行う過程で、私と正義党が掴まなければならない市民の心がとても遠く感じられました。押し寄せる日程をしばらく中断し、何が間違っていたのか、またどこから変えていくべきか、沈黙の中で深く省察しました。

私は国民の皆さんに「労働が堂々としている国」と「正義が実現した福祉国家」を作ると約束しました。この20年間、その約束を守るためにできる限り渾身の努力を傾けてきました。それにもかかわらず、不平等はよりひどくなり、市民の生活はさらに悪化しています。私と正義党が阻止できませんでした。

人のせいにはしません。巨大両党の横暴のせいだとは言いません。党が小さくて仕方ないと言いません。悔しいとは言いません。今、このような状況の中で、本当に悔しいと感じているのは、不平等の谷で一日一日生きていくことさえ大変な方々でしょう。

私、沈相奵は不平等の社会を作ってきた政治の一部です。無限の責任を感じます。それでも大韓民国の政治に、まともな進歩政党が一つでも必要だと考え、これまで多くの声援を送ってくださった市民の期待に応えることができなかったことを、心から申し訳なく思います。

私は社会的弱者の側に立って泣くことを超え、より大きな力で市民の暮らしを実質的に改善する政治をしたいと思っていました。その使命を果たすために選挙制度の改革に全てを注ぎ込みました。成功しませんでした。

さらにその過程で、進歩政治の価値と原則が大きく揺らぎました。手痛い私の誤った判断を謙虚に認めます。この事で傷ついた方々、失望された皆さんに頭を下げてお詫びいたします。

そして、わたくし沈相奵ははっきりと約束します。

深まり続ける不平等と、ますます強固になる既得権という現実の前で、社会的弱者の暮らしを守るための正義党の役割は、より切実になっています。その道がいくら苦しく困難でも、最後まであきらめません。

この険しい道を継承する政治家の後輩たちが、ふたたび絶壁の前で途方に暮れた思いを抱き政治をしなくてもよいように、次世代の「進歩」が沈相奵の20年を乗り越え堂々と未来の政治を切り開いていけるよう、私の最後の役目を、最後まで果たします。

敬愛する国民の皆さん、

しっかりと省察して、しっかりと立ち上がります。

価値と原則はより鮮明に打ち立てます。貧しく切迫した市民たちの生活を守るため、より切実になります。市民と幅広く疎通をし、より正直になり、より謙虚になります。

今回の大統領選挙を通じ、私と正義党に対する国民の再信任を求めます。

そのために何をしなければならず、そして何をすべきでないのか苦心して考えました。

私は(以下の)三つはやりません。

状況が厳しいからといって、他人のせいにはしません。支持率にこだわりません。損をしても原則を守り、難しくても(困難を)避けません。

そして次の三つは必ずやります。

何よりも今回の大統領選挙から消された名前を、沈相奵のマイクを通じより大きく叫びます。労働が消え、女性が攻撃を受け、気候危機が無視されている大統領選挙です。緑(環境)と女性と労働の声が響き渡るよう最善を尽くします。

また、これは早くから討論があるべき問題でしたが、進歩の聖域のようにタブー視されている社会的問題について公論化を始めます。タブーを乗り越え古い「進歩」の果敢な革新を成し遂げます。

そして最後ですが、考えが異なり立場が違う人とも会います。陣営を超えて、この社会の普遍的で共通な価値を復元する大統領選挙になるようにします。

尊敬する国民の皆さん、愛する党員の皆さん。より謙遜に、より堂々と(大統領選に)臨みます。

大転換の時期に、進歩政治の夢を捨てない数多くの方々、進歩政党が堂々と屹立し、時代を変えることを願う市民とともに、進歩政党の集権という未来をコツコツと切り開いていきます。

国民の皆さん、激励し、応援してください。

わたくし、沈相奵を支持してください。

ありがとうございます。

2022年1月17日 沈相奵

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ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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