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年間死者2000人超…韓国で労働災害防ぐ「重大災害企業処罰法」制定なるか、遺族は断食闘争

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
国会前で断食闘争を行うキム・ミスク氏(中央)。20日、筆者撮影。

毎日平均6人が労働災害で亡くなる韓国。企業の経営効率化により繰り返される犠牲を食い止めるための法案をめぐり、激しい運動が起きている。韓国社会の「闇」とも言える部分をまとめた。

●国会前で断食闘争中

「労働者を軽くあしらうような、人間の価値がお金より低い世の中にならないよう、国は責任を果たすべきだ」

今月13日、ソウル市内の国会議事堂玄関前でキム・ミスクさんは筆者にこう語った。

この日はキムさんを含む産業災害(日本における労働災害)の遺族と市民運動家、そして第二野党・正義党の姜恩美(カン・ウンミ)議員を含む数人が『重大災害企業処罰法』の制定を求める断食闘争を始めて、4日目となる日だった。

ちょうど2年前の12月11日、キムさんの息子で当時24歳だったキム・ヨンギュンさんがテアン火力発電所で石炭運送用のベルトコンベアに挟まれ命を落とした。見回り作業の途中の出来事で発見されるまでの約4時間のあいだ、遺体は放置されたままだった。

この発電所は韓国西部発電という公共機関が管理する国の施設であるにもかかわらず、守られるべき安全規則が無視されていた。ヨンギュンさんは本来ならば二人一組でやるべき作業を1人で任され、夜6時から翌朝7時半まで休憩時間もなかった。事故が起きたのは午前3時20分過ぎだった。

本来ならば同僚が緊急停止スイッチを作動させ防げたはずのヨンギュンさんの死。現実では誰にも気づかれないまま、発電所は稼働し続けていた。その後明らかになったところによると、テアン火力発電所では2010年から8年間、12人の労働者が墜落など様々な事故で亡くなっていた。

さらに驚くことに、今年9月にも同発電所では貨物車の運転手が圧死している。雇用労働部が同じ時期に同発電所の労働環境を監督したところ、10日間で377件の産業安全保健法違反が見つかっていた。

2年前の死は、その凄惨さに加えキム・ヨンギュンさんが生前に非正規雇用者の待遇改善を求め文在寅大統領に面会を求めるキャンペーンに参加していたことで、社会的に大きな関心を呼んだ。

2018年12月に亡くなったキム・ヨンギュンさん。「文在寅大統領、非正規雇用労働者と会って下さい」と書かれたプラカードを持っている。亡くなる2週間程前に撮影されたもの。公共運輸労組提供。
2018年12月に亡くなったキム・ヨンギュンさん。「文在寅大統領、非正規雇用労働者と会って下さい」と書かれたプラカードを持っている。亡くなる2週間程前に撮影されたもの。公共運輸労組提供。

死者1571人。新型コロナウイルス感染症によるものではなく、今年1月から9月まで、韓国で産業災害(日本における労働災害。死亡者には事故と疾病を含む)により亡くなった労働者の数だ。

韓国の労働者は、2017年1952人・18年2142人・19年2020人(事故855人、疾病1165人)と、毎日平均6人が亡くなる異常な環境に置かれ続けている。OECD(経済協力開発機構)諸国のうち、韓国の産業災害死亡率はトルコ、メキシコと並び世界最悪の水準だ。リベラルを謳う文在寅政権下でもこの大問題は放置され続けてきた。

これこそが、キム・ミスク氏が断食闘争を行ってまで『重大災害企業処罰法』の制定を求める理由だ。「毎日『行ってきます』と仕事に出かけたまま、帰ってこられない人がいる」という切実な訴えを支持する人々は増え続けている。

そして昨日、断食闘争は10日目を迎えた。国会のある汝矣島は中州であるため冷たい風が吹くので有名だ。20日、キム氏は体調を尋ねる筆者に「力が入らない」としながらも、記者会見では「こんな心が国会議員の皆さんに伝わっているのか、とてももどかしい」と声を張り上げた。

●背景に「危険の外注化」

なぜ国会で断食闘争を行っているのかについては後段に譲るとして、産業災害事故が大きい背景をもう少し説明してみたい。キーワードは「危険の外注化」だ。公企業が下請け会社に仕事を丸投げし、その現場で事故が起きている。

2018年に亡くなったキム・ヨンギュン氏も、下請け会社に所属していた。大元の韓国発電公社は、過去5年間に同社の仕事中の労働災害で亡くなった労働者33人のうち、32人が下請け会社だったと明かしている。

2016年5月28日、午後6時頃にはソウルの地下鉄2号線九宜(クイ)駅で故障したホームドアを修理していたキム某氏(19歳、韓国メディアでは金君と呼ばれる)がホームドアと列車の間に挟まれ死亡する事件が起きた。

やはり二人一組で行うべき作業を、人数不足のため一人で行っていたことが死後に明らかになった。地下鉄2号線を管理する「ソウルメトロ」はソウル市傘下の公共企業だ。

いずれのケースも、犠牲となった二人が安全規則をわざと破っていた訳ではない。共通しているのは二人とも下請け会社に所属する非正規雇用者で、安全規則が守られるような勤務条件の下にいなかったことだ。

市民社会も「重大災害企業処罰法」制定を後押しする。今月9日には「参与連帯」が国会に文字を投影するパフォーマンスを行った。「人が死んでも処罰は綿のよう。重大災害企業処罰法制定せよ」とある。参与連帯提供。
市民社会も「重大災害企業処罰法」制定を後押しする。今月9日には「参与連帯」が国会に文字を投影するパフォーマンスを行った。「人が死んでも処罰は綿のよう。重大災害企業処罰法制定せよ」とある。参与連帯提供。

さらに危険な状況を発注元たる公企業がコスト削減などを理由に、普段から何ら問題視していなかったことが分かっている。キム・ヨンギュンさんが亡くなった現場でも過去28度、労働者たちが環境の改善を求めてきたが費用の問題で先延ばしにされてきた。「企業による明確な殺人だ」(産業災害犠牲者遺族)との指摘は的外れではない。

危険な作業を下請けに任せることで起きる産業災害は、現代、ハンファといった韓国屈指の財閥企業でも同様に存在する。今や世界一の半導体企業となったサムスン電子でも、政府が認めた産業災害の死亡ケースは27件にのぼり、その数倍の死亡事例が関連市民団体に寄せられている。

今年4月には、京畿道利川(イチョン)市の物流倉庫で起きた爆発により38人が亡くなったが、同じ利川市では2008年1月に冷凍倉庫火災で40人が亡くなっている。いずれも燃えやすいウレタン素材に火がついたことが大被害の原因だった。ニュースに接した多くの韓国市民は「またか」と思っただろう。災害の教訓は何も生かされていなかった。

●重大災害企業処罰法とは

「繰り返される産業災害の悪循環を断つためには、企業への罰則を強化すべき」という世論は今や大勢を占めている。死亡事故が起きた際、罰金の平均は一人あたり450万ウォン(約40万円)であるため、企業にとっては安全規則を守る方が「安くつく」からだ。

前身の民主労働党の頃から、産業災害問題に関心が高かった第二野党・正義党は今年6月、『重大災害企業処罰法』を発議した。4月の総選挙により始まった新たな4年間の国会の第一号法案だった。

主な内容としては、「事業主または経営責任者は従事者や利用者の有害・危害防止義務を負担する」、「第三者に賃貸、用役、都給(いわゆる下請け)の際には事業主は第三者と共に有害・危害防止義務を負担する」とトップに責任を求める点が明記されている。

また、「義務に違反し人を死傷に至らしめた場合には事業主および経営責任者などを刑事処罰し、該当する法人または期間に別途に罰金を付加し、許可の取消などの行政制裁を付加できる」とし死亡事故が起きた際には懲役3年以上または10億ウォン(約1億円)以下の罰金、さらに重大な過失の場合には損害額の3倍以上10倍以下の懲罰的損害賠償を課すなど、厳しい罰則を付け加えた。

実は同様の法案は過去の国会でも発議されたが、小委員会での議論も行われないまま廃棄されていた。だが今年から導入された「国民同意請願」制度により10万人の署名を集め、法案の妥当性を審査する「法制司法委員会」までたどり着いた。ここを通過すれば国会本会議での議決となる…はずだった。

だが、この法案はついに12月9日の通常国会最終日まで本会議に上程されなかった。そればかりか「法制司法委員会」での議論すら行われなかった。これに怒った産業災害遺族が立ち上がり、冒頭の断食闘争を始めた。キム・ヨンギュンさんの2周忌も引き金となった。

キム・ミスク氏は「どれほど大切に育ててきたのか分からない息子が、安全教育も受けられないまま就職してわずか3か月で死んでしまった。政治家も立場を変えて考えてみればよい」と語った。13日、筆者撮影。
キム・ミスク氏は「どれほど大切に育ててきたのか分からない息子が、安全教育も受けられないまま就職してわずか3か月で死んでしまった。政治家も立場を変えて考えてみればよい」と語った。13日、筆者撮影。

●政界は足踏み、財界は反発

背景には与党・共に民主党と第一野党・国民の力の「形だけの賛同」があった。

今年9月、与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)代表は国会演説で「毎年2000人の労働者が産業現場で犠牲となっている。(中略)そんな不幸をこれからは防がなければならない。(中略)重大災害企業処罰法がその始まりだ」と述べた。

しかし、民主党は日本でも大きく報じられたように、党の総力を検察改革法案(高位公職者犯罪捜査所設置)に注ぎ、重大災害企業処罰法には見向きもしなかった。

また、11月には第一野党・国民の力の金鐘仁(キム・ジョンイン)非常対策委員長が「産業安全は政派間の対立の問題ではなく、すべての政派が力を合わせ産業現場で起きる事故を事前に防止せねば」と述べ、期待感が高まった。

だが現実に国会で同法が議論された時間は、わずか15分に過ぎなかった。

一方、進歩紙『ハンギョレ』は今月9日の記事で、ある遺族のこんな声を伝えている。

「ある与党議員は利川市での火災事故のように38人くらい死ぬのが重大災害であって、1人ずつ死ぬのは重大災害ではないとしながら『(法案に)反対はしない』と言った」、「(第一野党)国民の力は私たちに、与党の『高位公職者犯罪捜査所』法案に反対したら『重大災害企業処罰法』を助けると言った」。いずれもひどい認識と言わざるを得ない。

産業界は強く反対している。

今月16日、韓国経営者総協会や全国経済人連合会、大韓商工会議所といった代表的な30の経済団体は連名で会見を開き、「憲法と刑法に重大に背き、経営責任者と元請けに過酷な懲罰を与える法の制定に反対する。立法の推進を中断せよ」と訴えた。

会見ではまた、「すべての死亡事故に対し罰するのは連座制のようなもの」とし、「憲法上の過剰禁止の原則と、刑法上の責任主義、明確性の原則を重大に違反する」とした。つまり、罰則が重すぎる上に基準が曖昧だ、という批判だ。

ここで全てを紹介することはできないが、この他にも法をめぐる議論は少なからず行われている。

安全規則違反に対する労働者の申告制度を整備し、労働監督官には操業停止を命じる権限を与えるなど既存の『産業安全保健法』を改定することで予防効果を高め、死亡事故など大きな違反時には罰則を含む『重大災害企業処罰法』を適用する「二段構え」で行くべきと指摘する専門家も多い。

一方、世論は法案を概ね歓迎している。今年11月、『リアルメーター』社が行った「重大災害企業処罰法をどうすべきか」という調査によると、58.2%の回答者が「法案を処理(採択すべき)」と答え、「処理すべきでない」(27.5%)を大きく上回るなど、支持が多数だ。

正義党の院内代表を務める姜恩美議員は「政治の役割は国民の生命と安全を守ること」と述べた。13日、筆者撮影。
正義党の院内代表を務める姜恩美議員は「政治の役割は国民の生命と安全を守ること」と述べた。13日、筆者撮影。

●全泰壱50周忌の「けじめ」

今や産業災害犠牲者遺族の「顔」となったキム・ミスク氏は13日、「法が制定されるまで断食闘争を止めない」と筆者に明かした。水と酵素だけで断食を続けるキム氏の顔色は日を重ねるにつれ悪くなっている。

今年は折しも、労働運動家の故全泰壱(チョン・テイル)氏の50周忌だった。22歳だった1970年11月13日、東大門の衣服市場「平和市場」ではたらく労働者の権利を求め「勤労基準法を守れ!」「私たちは機械じゃない!」と自らの身体に火をつけながら訴えた同氏は「烈士」と呼ばれ、今なお韓国労働運動の原点そのものだ。

命を投げ出し『重大災害企業処罰法』の制定を訴えるキム・ミスク氏の姿からは、1950年代の世界最貧国から2020年には世界10位圏へと類を見ない圧縮成長を遂げた韓国の「裏の姿」が透けて見える。キム氏は「労働者の犠牲の上に韓国は成り立っている」と述べている。

韓国政府は今年11月、故全泰壱氏に対し「ムグンファ」勲章を授与し、青瓦台(大統領府)はこれを大々的に喧伝したが、この行動からはいかにも「ピントはずれ」という印象を拭えなかった。全泰壱氏は勲章ではなく、労働者が死ななくてもよい世の中を望んだのではなかったか。

筆者が国会に取材に行った20日の早朝も、平澤(ピョンテク)市で労働者3人が墜落死した。断食闘争現場には、正義党が同法案を発議した今年6月11日以降、産業災害のうち事故で亡くなった人を数える看板が立ててある。13日には589人だった数字は、20日には597人になっていた。

毎日、確実に人が亡くなる中で『重大災害企業処罰法』の制定に足踏みする与党・共に民主党(174議席)と第一野党・国民の力(103議席)。韓国国会の議席定数300のうち約92%を占める両党の態度からは、「保守両党制が韓国政治の正体」という識者の指摘が現実味を帯びてくる。

全泰壱氏(左)。劣悪な環境で働く労働者の権利のために生を捧げた。「存在する代価として物質的な価値に転落した人間像を憎悪する」という日記の一節は印象的だ。全泰壱財団提供。
全泰壱氏(左)。劣悪な環境で働く労働者の権利のために生を捧げた。「存在する代価として物質的な価値に転落した人間像を憎悪する」という日記の一節は印象的だ。全泰壱財団提供。

今年もあと10日を残すのみとなった。共に民主党の李洛淵代表は「臨時国会内での処理」を公言しているとはいえ、今後、年内までに同法が議論され国会で採決されるかが、今後の韓国社会の行き先を決める大きな分岐点になるような気がしてならない。

韓国の市民は、政治家が何を考えどう動くのかをよく見ている。事によっては正義党や他の群小リベラル政党が力を増やす、大きな政治的再編につながるきっかけともなり得るからだ。

20日、姜恩美議員は「25日までに常任委員会(法制司法委員会)で議論ができるよう、31日までにワンポイント国会を開けるよう要請する」と述べた。

与野党はまずは向き合って、どんな法案にすべきか議論するところから始めなければならない。企業に自浄努力を望めないことは、亡くなった労働者たちの数が語っている。いずれにせよ、待った無しの状態だ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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