加害トラックはなぜ10kmも蛇行を続けたのか… 両親死傷の長女が公判でぶつけた怒りと疑念
■裁判官が下す「相応の重い罪」とは?
「先日公開された記事『交通事故で命奪われた娘は、亡き妻の忘れ形見… 「ながらスマホ」で信号無視がなぜ過失なのか』(2023.4.12)を読ませていただきました。私自身、業務中のトラックによって引き起こされた暴走事故の被害者遺族として、ご家族のお気持ちをお察しするとともに、加害者、そして加害者を雇用する運送会社の対応には筆舌に尽くしがたい怒りがこみ上げます」
そう語るのは、埼玉県に住む星野亜季さん(35)です。
上記記事は2020年、「ながらスマホ」による赤信号無視、速度超過のトラックが青信号で右折中だったタクシーに突っ込み、大学生の重田玲菜さん(当時22)が死亡、タクシー運転手が重傷を負うという事故を取材したものでした。
亜季さんは、納得できない様子でこう続けます。
「判決文には『相応の重い刑が相当』と書かれていても、たかだか禁錮3年6ヵ月……。交通犯罪に対しての刑罰があまりに軽いことも本当にむなしく思います。殺意こそなかったにせよ、業務中に常識では考えられないような運転を継続し、まったく非のない人間を『殺害』しているのに、過失、つまり不注意とされるのは到底納得いきません。お亡くなりになった玲菜さんのご冥福をお祈りするとともに、ご家族には、お心、お身体をご自愛いただきたいと思わずにはいられません」
■相次ぐ業務中のトラックによる重大事故
亜季さん自身も、業務中のトラック暴走事故による被害者家族です。
2022年9月、京都府笠置町の国道163号で発生したセンターラインオーバーのトラックによる正面衝突でご両親が死傷しました。
本件事故については、今年1月、以下の記事で2回にわたってレポートしました。
<父の足はちぎれ、母は脳挫傷… 遺族が語る「蛇行で逆走の末、正面衝突の加害者が初公判で主張したこと」(2023.1.20)>
<両親死傷の瞬間とらえたドライブレコーダー 法廷で蛇行・逆走シーン流れるも、被告は「記憶にない(2023.1.31)>
この事故で、対向の軽自動車を運転していた父親の山本隆雄さん(65)が死亡。助手席に同乗していた母親の倫代さん(65)は脳挫傷の重体で一時意識不明となり、半年以上の入院が必要となりました。この先どのような後遺症が残るのかわからないといいます。
2023年3月8日、過失運転致死傷の罪に問われた被告人(事故当時41)の第3回公判が京都地裁で開かれ、被告人を雇用する運送会社の社長と被告人の妻への尋問、そして、被害者の長女である亜季さんの意見陳述等が行われました。
結審となったこの日、私は三重県津市で2018年に起こった「一般道で時速146km5人死傷事故」のご遺族と共に公判を傍聴しました。
判決を目前にした法廷での様子をレポートします。
■「居眠りの記憶ない」と、供述を一転させた被告
まず、裁判官から罪状の認否を問われた被告は、うつむきながらこう述べました。
「事故が起きたのは間違いありませんが、眠気を催した覚えも、前方注視困難になった覚えもないので否認します」
被告の弁護人も、以下のように補足します。
「被告は記憶に従って認否している。謝罪文も送り、三井住友海上を通して賠償も行う予定だ」
次に被告側の情状証人として証言台に立った運送会社の社長は、被告の普段の態度について「真面目で勤勉だった」と答えましたが、事故の9か月前に被告の危険な運転に対して第三者からクレームが入っていたことについて聞かれると、
「後方を走る車の運転手から『蛇行運転をしている』と会社にクレームの連絡がありました。それを受け、当社の運行管理責任者より本人に指導をおこない、それ以降はクレーム、交通違反はありません」
こう答えました。しかし、被告はこの指導を受けた後も再び蛇行運転をしてセンターラインをオーバーし、結果的に「対向車と正面衝突」という重大事故を引き起こしたのです。
この事実について社長は、「重く受け止めている」「再発防止のため週一回のミーティングを行うようにしている」「被告人には、2週間の謹慎と減給1割の懲罰を与えた」などと答えましたが、蛇行運転へのクレームが入った時点で、会社として「絶対に同じことを繰り返させない」という徹底した対策が実行されていれば、この事故は防げたのではないか……。
傍聴席でこのやり取りを聞きながら、そんな疑念を抱かざるを得ませんでした。
続いて証言台に立った被告の妻は、夫の加害行為を詫び、「今後免許は取らせない。しっかり監督していく」と答えました。そして、小中学校に通う3人の子どもがいること、自分の収入だけで育てるのは大変であること、子供の教育のためにも、夫が刑務所に服役したら困るという趣旨の証言を行い、執行猶予を求めたのです。
■長女・亜季さんによる被害者家族としての意見陳述
その後、被害者参加人として証言台に立ったのは、長女の亜季さんでした。
事故直後の捜査では「居眠り運転」を認めながらも、刑事裁判が始まると一転、「記憶にない」と否認した被告の態度、また、事故前にも蛇行運転を行っていたことを会社が知りながら、今回の事故を未然に防げなかった悔しさ……。
こみ上げる怒りを押し殺しながら、切々と陳述書を読み上げる亜季さん、その一言一言が心に響きました。
当日の意見陳述から一部を抜粋します。
<星野亜季さんの意見陳述より>
●両親の無念について
私は山本隆雄、山本倫代の長女の星野亜季と申します。
父と母は令和4年9月21日、被告人の運転するトラックに正面衝突されました。父は亡くなり、母は脳に極めて大きなダメージを負い今も入院中です。
事件から今日まで、幸せな気持ちを感じることは一切なくなりました。
一般的にはいつか親は先に亡くなってしまうものですが、普通にお互いに年をとり、普通に両親の晩年を看取るという未来を疑ったことはありませんでした。ずっと心配させていた分、私が事故の2か月前に入籍したことをとても喜んでくれており、もしかしたらいいおじいちゃん、おばあちゃんになってくれていた未来もあったかもしれません。
悲しみや憎しみの中、仕事をしたり、普通に暮らすことさえ苦痛を感じるようになり、その上こうして裁判にて戦わなければいけないこと、実家関連でいろいろ整理や手続きをしなければならないことで、精神的にも体力的にもあの事故以降ずっと追い込まれ続けています。
今の私の気持ちを、言葉にすることは到底できません。これから一生涯、この事件によって暗い気持ちを背負うことになると思います。
両親は、これまでずっと苦労してきた分、これからは自由に好きなことを楽しもうとしていました。長年営んできた新聞店を引退し、自由な時間がやっとできたことで、これからの人生をめいっぱい楽しもうとしていました。それなのに、父は体をめちゃくちゃにされ命を奪われ、母は全治不詳の大けがを負わされ、二人が感じた痛みや恐怖は計り知れないと思います。
特に父は、事故直後、うめき声をあげていたと聞いています。しかし車の損壊が激しく、救出には2時間近くかかっています。両足がちぎれ、骨盤が砕け、内臓が破裂し、もがき苦しみながら死に至りました。その時の絶望感をどのように表現すれば良いのか、私では言葉にできません。二人とも、無念という言葉には到底納まりませんが、さぞ無念であったと思います。
<亜季さんと父・隆雄さんとの最後のLINE>
●「記憶にない」のに「居眠り」否定の不誠実な主張について
第一回公判において、被告人は「居眠りをしていないが、なぜ事故を起こしたかは記憶にはない」「居眠り運転の過失はない」と主張しました。そして第二回公判にて、事故現場から約10kmの距離がある南山城の道の駅を通過して、少ししてからの記憶は一切なく、あくまで記憶があるのは衝突の寸前であると主張し、改めて居眠り運転を否認しました。
しかし、後続車や被告人のトラックのドライブレコーダー映像によると、事故前の少なくとも10分間、被告人は明らかに危険な蛇行運転をしております。私が数えた限りではありますが、映像では10回はセンターラインをオーバーし、その度に元の車線に戻るという行為を繰り返し行っています。それは確実に事故が起きるであろう危険な運転であり、大変悪質な行為であったと考えられます。
ドライブレコーダーでは対向車線の両親の車にまっすぐ突っ込んで行く様子も確認できました。被告は裁判で「前方不注意になった覚えもない」と主張していましたが、映像ではブレーキをかけている様子もありませんでした。また、約10kmの走行についても『記憶に無い』と繰り返し主張していますが、そもそも『記憶に無い』のに『居眠りはしていない』という記憶はあるというのは矛盾しております。
『記憶に無い』のに『ローソンまで行って休憩するつもりだった』、また 『危険な運転をし続けていた』『路肩に停めて休憩すれば良かった』などの発言もあり、全く筋が通りません。被告人自身も、この主張には無理があると感じているのではないですか。
さらに、事故の9か月前には一般の方から蛇行運転で危険だと会社にクレームが入り、居眠り運転であったことを会社に報告し、管理者に叱責を受けたことも供述しています。運転について会社にクレームが入るなど、よほど危険な運転であったことが想像できます。こういった前歴もあったのに、被告人は再び同様の危険な運転を行い、ついには人を死に至らしめたのです。
これらの映像証拠や供述があるのに、自己保身に満ちた被告人の荒唐無稽な主張には、失望させられました。事故を起こしたことにももちろん怒りはありますが、それ以上の怒りでした。
自分が犯した過ちを真摯に受け止め、心から反省して欲しいという私たち家族の唯一の望みも、被告人は無残に踏みにじりました。親を殺され、損壊がひどい遺体を見せられ、取り返しのつかない大けがを負わされ、更に当の加害者に『記憶に無い』と言われた子供の気持ち、あなたにはきっと分からないのでしょう。
●被告人への処罰について
職業ドライバーという、誰よりも安全運転意識を高くもつべき人でありながら、また重量のあるトラックで事故を起こせばどのような結果になるか、火を見るより明らかでありながら、あなたは眠気を催してそれを自覚しながら運転を続け、ついには居眠り運転に至り、対向車の両親の車に正面衝突させました。眠気を感じた時点で適切に休憩を取る等、眠気対策を行うのが普通のドライバーです。被告人の安全運転に対する意識は、信じられないくらい低く、無責任の極みです。
「もう運転をしない」というのも確かめようのないことです。そんなことを言われるより、自分の過ちに向かい合い、ごまかさずに真実を話していただきたかったというのが遺族としての思いです。
以上を踏まえ、悪質な運転に対する社会の厳しい目も考慮の上、考え得る最大限の実刑判決を強く、強く望みます。厳正なご判断を何卒宜しくお願い申し上げます。
最後に、母から二つだけ、被告人への言葉を預かっています。
「子供たち二人も、大変傷付いているということを理解してほしい」
「時間を無駄にしないで欲しい」
自分の境遇や、人を恨んだりしない、母らしい言葉だと思いました。
「時間」とは、一体誰にとっての時間なのか、どういう意味なのか、あなた自身でしっかり考えて欲と思っています。
■求刑は禁錮4年。被告側は執行猶予を求めて反論
公判の最後に、検察官はこう述べました。
「被告は眠気を催した際、休憩を取るなど適切な対応を怠った。また、記憶にないが否認する、という不誠実な言動により遺族感情を逆なでしている」
そして、第二の人生を謳歌しようとしていた被害者の命を奪ったことなどを挙げ、禁錮4年を求刑しました。
一方、弁護人は、
「被告人は記憶に従って認否をしているのであって、否認していることが反省していないとは言えない。眠気を催した記憶がないのだから、前方注視困難になったこともない。起訴内容について争う」
と述べ、執行猶予を求めています。
前出の尼崎で起こった「ながらスマホ」のトラック事故では、被告が以前にも「ながらスマホ」で運転していたことが明らかになっています。今回のケースも、事故の9か月前に居眠りが強く疑われる「蛇行運転」が目撃されており、遺族らの怒りは峻烈です。
運送業務に携わる大半のドライバーは、厳格にルールを守っています。しかし、こうした安全意識の希薄なドライバーが起こした危険な運転による事故について、裁判官ははたしてどのような判断を下すのでしょうか……。
注目の判決は、4月19日(水)14時~、京都地裁で言い渡される予定です。