父の足はちぎれ、母は脳挫傷… 遺族が語る「蛇行で逆走の末、正面衝突の加害者が初公判で主張したこと」
そのメールが私のもとに届いたのは、2022年12月15日のことでした。
『突然のメールにて失礼いたします。本日、第一回公判期日でした。加害者とは保釈後、一切接触がありませんので、今日は反省と謝罪の言葉くらい聞けるのかと思っていたのですが、信じられないことに、供述の内容を完全に変えてきました。どうか、私の話を聞いていただけないでしょうか』
差出人は埼玉県に住む星野亜季さん(35)。初公判の3か月前、センターラインオーバーのトラックによる正面衝突で、お父さんを亡くされた遺族です。
同乗していたお母さんも脳挫傷の重体で一時意識不明の重体となり、命は取り留めたものの、今も退院の目処は立っておらず、どのような後遺症が残るのかわからないと言います。
私はその日のうちに亜季さんと連絡を取り合い、直接お話を伺いました。
彼女は堰を切ったように、こう訴えました。
「加害者は事故直後、警察での取り調べで、『この辺から眠たくて記憶がないです』『眠気を催していたことは分かっていた』『やばい運転をした』などと、居眠り運転だったことをはっきり供述していました。それは調書にも明記されています。ところが、刑事裁判が始まると、急に、『何故事故が起きたか記憶にない。居眠りの事実は否認する』と主張し始めたのです。なんの落ち度もない両親がこのような事故に巻き込まれながら、こんなことがまかり通るのでしょうか......。あまりの理不尽さに悔しさが抑えきれず、すぐに柳原様に連絡を取らせていただいた次第です」
■対向の逆走トラックが、両親の車を正面衝突で直撃
事故は、2022年9月21日午後1時半ごろ、京都府笠置町の国道163号で発生しました。
大阪府交野市倉治の運転手・Ⅰ 被告(41)のトラックが、センターラインを大幅にオーバーし、亜季さんの父・山本隆雄さん(65)と、母・倫代さん(65)が乗る軽自動車に正面衝突したのです。
以下の写真は、大破した山本さんの車です。
車体の前部が原形をとどめないほど激しく損傷しているのがわかります。
亜季さんは語ります。
「父は両足ともに膝から下がほとんどちぎれていました。骨盤骨折、多発内臓破裂もあったそうで、胸の形も完全に変形していました。目撃者の話によると、父はしばらくうめき声をあげていたそうで、即死でなかったのだと思うと、戦慄を覚えました。しかし、車の損壊が激しく、救出までに相当な時間がかかり、父は苦しみながら死に至りました。そのときの父と母の絶望感をどのように表現すればよいのか......。さぞ無念であったと思います」
■干しっぱなしの洗濯もの。突然断ち切られた家族の時間
事故現場の国道は片側1車線の緩やかなカーブが続く山道です。私自身、22歳まで奈良市内に住んでいたため、この道はバイクや車でよく走りました。
路肩にはほとんど逃げ場がなく、ここでセンターラインオーバーをするということは、即、正面衝突という大事故につながります。本来なら大変な緊張感が伴う道路です。
以下の写真は、事故車のすぐ後ろを走っていたドライバーが撮影し、YouTube にアップされている動画(https://youtu.be/atPUEGKwEns)のワンシーンです。これを見れば現場の道路状況がよくわかると思います。
また、この動画には、レスキュー隊による救出がいかに困難を極めたかについても記録されています。
亜季さんが動画制作者に直接連絡をし、転載許可を取られましたので、ここで紹介させていただきました。
「両親が事故に遭ったという知らせを受けたのは、当日の夜のことでした。すぐさま夫の運転する車に乗って埼玉から奈良市内の実家に向かい、辿り着いたのは翌朝のことでした。誰もいない部屋の冷蔵庫には、当日食べるつもりだったのでしょう、焼肉用の肉が解凍されており、洗濯物も干しっ放しでした。それを見たとき、両親に起こったことが突然現実味を帯び、私は初めて泣きました。体の震えも止まりませんでした」
亜季さんは、父・隆雄さんの葬儀の準備をする傍ら、母・倫代さんの病院にも駆け付けなければなりませんでした。
「救急搬送された京都の病院から奈良の大学病院に移送される際、私が救急車に同乗し、そこで初めて母の姿を見ました。意識も自発呼吸もなく、脳に極めて重いダメージを受けているとのこと、あまりに痛々しい姿に涙と嗚咽が止まらず、過呼吸のような状態に陥りましたが、看護師さんが何も言わず背中をさすってくださったことを覚えています」
■衝突の10分前から蛇行を繰り返していた加害者
捜査を担当した警察官は、両親には何の落ち度もなかったことを亜季さんに説明したといいます。
では、トラックはなぜこの道で、極めて危険な「逆走」という行為に至ったのでしょうか。
実は、被告は事故を起こすかなり手前から、蛇行運転を繰り返しており、その様子は、トラックと後続車のドライブレコーダーにはっきりと記録されていました。
亜季さんは警察や検察で一連の記録を閲覧し、驚いたと言います。
「トラックと後続車のドライブレコーダーには、加害者が少なくとも10分間にわたって蛇行運転をしていた映像が残っています。私は加害者のトラックが、対向車線の両親の車にまっすぐ突っ込んで行く様子も確認しました」
加害者の供述調書には、事故現場から約10キロ手前の南山城村の道の駅から眠気を催していたことや、そこからの記憶がないといった内容のほか、事故の 9 ヵ月前にも居眠りで蛇行運転をし、一般の人から会社の方にクレームが入ったために、管理者から叱責を受けたことなども記載されていました。
「ところが、蛇行運転を続ける映像のほかに、こうした具体的な供述があるにもかかわらず、いざ裁判になると『記憶がない』『覚えていないけど居眠りの事実は認めない』などと言うのですから、驚くと同時に失望させられました。事故を起こしたこと自体にももちろん怒りはありますが、それ以上の怒りでした。加害者の勤務する物流会社も、クレームが入った時点で、もっと真剣に再発防止に取り組まなければいけなかったのではないでしょうか」(亜季さん)
■「居眠り」と供述するも、公判では「記憶にない」
本件事故で被害者参加弁護人を務めるベリーベスト法律事務所の伊藤雄亮弁護士も、第1回公判での被告のこの主張は理解に苦しむものだったと言います。
「トラックがセンターラインオーバーをしたことは争いのない事実で、被告はそれについては認めています。ところが、事故後、居眠り運転したことをあれだけ具体的に供述していたにもかかわらず、公判ではその事実に対して、突然『記憶がないので分かりません』と主張してきたのです。私自身、1人の弁護士という立場から見て、被告のこの争い方は理解できませんでした。もし居眠りでなければ、センターオーバーをした原因は一体何だったんだ、と思います」
「居眠り運転は『過労運転』(違反点数25点)とみなされ、道路交通法上は、飲酒や薬物使用時の運転と同じく「危険な行為」として禁止されています。
一方、『わき見運転』は、安全運転義務違反となり、罪の重さは格段と軽くなります。そうした現実も影響しているのでしょうか。
「たしかに、居眠りとわき見では罪の重さが異なってくる可能性があります。これはあくまでも推測ですが、結果的に立証責任は検察官の側にあるので、被告はそこを狙っているのかもしれません。次回公判では、被告が対向車線をまたぎながらふらふらと運転している様子を、写真ではなく、法廷で映像として流す予定となっています」(伊藤弁護士)
刑事裁判が始まってから「記憶がない」と主張した理由について、被告側の代理人弁護士にたずねたところ、
「守秘義務の観点から、個別の質問にはお答えしかねます」
というコメントが返ってきました。
■これからの人生を楽しみにしていた両親
亡くなった隆雄さんは、2021 年の春、長年続けてきた自営業を引退。ようやく自由な時間を持てるようになり、以降、毎月のように夫婦二人で旅を楽しんでいたそうです。
「父の趣味はお城巡りでした。すでに『百名城』を制覇し、あと19箇所で『続百名城』も制覇するところでした。1か月前には立山連峰へ、事故の1週間後には二人で大阪港からのクルーズ観光も計画していたようです。両親ともに元気で、アクティブに旅行を楽しみ、これからの人生を楽しみにしていたのに......」
そう言って亜季さんが見せてくださった写真には、事故前のご両親の楽しそうな姿が映し出されていました。
亜季さんは語ります。
「連日のように悲惨な事故の事例が報道されていますが、それはニュースの中の出来事で、まさか自分たちが当事者になるなど全く想像していませんでした。でも、現実に事故は起こってしまいました。被告は『前を向いて前方を注意して運転する』という、ハンドルを握るドライバーとして当たり前のことをなぜ怠ったのか、そしてその代償を、なぜ両親が払わなければならなかったのか。私は真実を知りたいのです」
次回公判は、 1月24日午後2時30分から、京都地裁で行われる予定です。
<以下続報/第2回公判のレポート>
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