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「保育士の待遇は良くならないまま」ベテラン保育士と本音対談①

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
(写真:アフロ)

4月、保育園に通い始める家庭や、新年度を迎える保育士も多いのではないだろうか。2日にはフジテレビ系でドラマ「お迎え渋谷くん」(京本大我、田辺桃子)が始まり、保育士の体当たりの仕事ぶりや持ち帰り仕事についても、リアルに描かれる。筆者は2023年、Yahoo!ニュース特集にて、保育士の働き方や再就職支援について取材した。
その中で出会ったベテラン保育士のAさんは45年あまり保育士として働いた。筆者も保育園に5年間、お世話になり、いま思い出しても涙が出るほどありがたい。食事や散歩、季節の行事、友達や保護者との関わりなど、財産がたくさんある。一方で保育士が足りない、仕事がきつい、置き去りなどのニュースを見るたび、苦しくなる。厚生労働省の資料では、2020年の保育士登録者は約167万人で、働いている従事者約64万人を差し引くと、潜在保育士はおよそ100万人いる。令和4年版「厚生労働白書」を見ると、退職理由としては、「人間関係」「給料が安い」「仕事量が多い」「労働時間が長い」が多い。再就業する場合の希望条件としては「通勤時間」「勤務日数」「勤務時間」が多く、柔軟な働き方を希望している。保育士の働き方の歴史や現状について、Aさんと本音で語り合った対談を、連載で紹介する。

 公立の保育園で45年あまり働いた保育士のAさん。公務員だったので60で退職し、再任用で5年間働いた。

(以下、「」内はAさん、【】内はなかの)

 「今から45年前は、女性が働くこと自体がまだまだ一般的でなかった。私自身も田舎育ちなので、女性が一生涯働く環境でなくて、ずっと働き続けたくて保育士を選びました。東北の学校で保育を勉強して、その当時、はるばる東京の自治体から直々に職員が来て、学校からの推薦で、就職を決めました。当時はそういう人たちがたくさんいましたね、保育士も」

【地方から呼ばれて東京で働く、非常に活気ある職種ではあった。きついとか、辞めたいとか、もう復職したくないみたいな声が目立ってきたのはいつごろで、どんな理由だと思われますか】

 「やっぱり小泉構造改革と、あと、介護保険の措置制度がなくなりましたよね。そういう時代から、福祉が福祉でなくなってきた。国が変えましたよね、自治体が責任を持たなくていいよと。1990年ごろかな。福祉全般、自分たちの責任で自分たちが負担をするようになった。

 そこからの大きな転換がありまして、保育園も、民営化の流れに変わってきた。昔は、ポストの数ほど保育所をっていうことで、増やすために国も財政負担をなくしてきた。国鉄も郵便局も終わったでしょう?今度は保育の市場化の流れの中で、大きく転換期になりました」

【保育園の民営化が進みら企業が参入するようになったのがこの10年ぐらいですよね】

 「昔は社会福祉法人だったけれど、株式会社参入も多くなって。先日、ある保育園の会社が、人件費を水増しして事件にもなっている。そういう意味では、何でもありの制度に変わってきた。この20年、30年ぐらいの間で制度が変わったことも背景にあって、働く人がきついとか、賃金が安いとか、負担が大きくなってきました」

【保育士の人数は、減っているんですか】

 「保育士は、短大とか大学で保育士のコースとか、昔からいっぱいあるので、資格を持っている人はたくさんいると思いますよ」

【決して足りないわけではないのですね】

 「足りないのではなく、働かないんですね。現場がものすごいきついから。保育所と幼稚園の違いもある。こども園っていう、内閣府直属の国が制度としてつくってきた経過もありますよね。特に私が働いた自治体は、こども園の先駆けなんですよね。ある区は、全園こども園化って言ったけれど、それも棚上げにしちゃったんです、区が。うまくいかないんですよ。

 もともと保育園と幼稚園って、文科省と厚労省でその違いもあるんですけども、親の仕事の関係で、施設自体が分かれている。子どもの保育教育の一貫性が保てない。保育園はゼロ歳から、それこそ昔は産休明け57日からで、私も産休明けの子どもを見てきました。幼稚園は3歳からですよね。だからこども園も認定の問題で、ゼロから2歳までは保育園にいて、3から5までは幼稚園と、そこに保育園認定の子も入れるとか、複雑な制度になっていたんですね。今はもう、待機児童はゼロになっていますよ、ほとんどの区で。出生率が、コロナもあって下がってきています」

【保育園には、入れるようになってきたんですか】

 「はい。入れないっていうよりも、今は、地域によってですが、ゼロ歳の定員割れです。育休制度も発展してきて、大手はパパにも育休制度もつくられていますよね。保育所が余って、ゼロ歳の定員割れが、地域によって深刻になっている。様変わりですね」

【潜在保育士の問題はどんなことでしょう】

 「一番は賃金、やっぱり処遇の問題です。配置基準とか満たすためにはそれなりの人数は必要なわけですよね。その配置基準についても、戦後につくった児童福祉法の最低基準は、75年変わっていない。一昨年、国会で何回も何回も追及し、やっと4~5歳クラスを今までの35から30にする、あと1~2歳が6対1だったけど、1歳を5対1にする話に。東京都は40年前、革新都政の時代にお母さんたちが保育士たちと運動して、都基準をつくったから。

 石原都政になって、都基準をなくすって言った。でも実際、各区が運営しているのはその都基準で、都からの補助金もある。昔、その都基準の中で、保育士の賃金の公私格差是正制度があったんです。公立で働く保育士も民間保育園で働く保育士も、経験年数を重ねたら同じ給料を出すってことで東京都が補助していたんです。民間の保育園でも働き続けられたんだけれど、それを石原さんが切っちゃったんですよ」

【公私保育園の是正制度があったのに…】

 「そうなんです。公私格差是正制度を切ったら、民間の運営実態は厳しいわけですよね。納得がいかない。今も良くなっていないです」

【待遇は良くならないまま】

 「良くならないから、いろんな研修制度を設けて、民間で年数が上がったら給料をプラスする制度をつくったりとか、東京都が民間保育士の家賃補助もしますとかっていうことはやっているんです。でも、よほど熱意があって頑張ろうっていう人じゃないと、きつくなりますよね」

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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