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池松壮亮【フィギュアスケート・同性愛・思春期描く…ぼくのお日さま公開】「海のはじまり」でも光る存在感

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
公式ポスターより

 第77回 カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション「ある視点」部門に正式出品された奥山大史監督の映画「ぼくのお日さま」が全国で公開中だ。奥山監督は大学在学中に監督デビュー、米津玄師さんのミュージックビデオを手がけるなど活躍している。
 吃音や思春期の悩みを抱えつつ、フィギュアスケートに取り組む子たちの成長はもちろん、コーチ役を演じる池松壮亮さんの存在感が光る。池松さんはフジテレビ系のドラマ「海のはじまり」に出演中。目黒蓮さん演じる夏に厳しい言葉をぶつけつつ、夏の娘の海や、亡くなった海の母親を優しく支える津野という、なくてはならないキャラクターだ。
 奥山監督と池松さんが日大芸術学部の学生と対話した際に取材し、クリエイターのキャリアや仕事への向き合い方を考えた。

日大芸術学部で、奥村監督と池松さん(右)なかのかおり撮影
日大芸術学部で、奥村監督と池松さん(右)なかのかおり撮影

 雪深い地方に暮らす小学6年生のタクヤ(越山敬達)は、少し吃音がある。苦手なアイスホッケーでケガをしたタクヤは、フィギュアスケートの練習をする少女・さくら(中西希亜良)と出会う。「月の光」に合わせて滑るさくらの姿に、心を奪われるタクヤ。一方、コーチ荒川(池松壮亮)のもと練習に打ち込むさくらは、荒川のことを意識する。荒川は、選手の夢を諦め東京から恋人・五十嵐(若葉竜也)の住む街に引っ越してきた。タクヤのさくらへの想いに気づき、荒川はスケート靴を貸してタクヤの練習につきあう。 荒川の提案で、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習を始めて……。

日常生活で感じる揺らぎ

 この作品は、子どもたちの成長や、コーチを含めた関係を自然に、丁寧に描いている。きれいで順調な物語ではない。少年タクヤには、吃音がある。でも、さくらにあこがれ、ホッケーからフィギュアに転向する大胆さも持ち合わせる。さくらは、器用に滑りこなすように見えて、思春期ならではの揺れる心がある。そしてコーチのパートナーは同性で、医療ドラマ「アンメット」の演技も評価された若葉竜也さんが演じている。プロの二人が醸し出す世界は、子どもたちの自然さとはまた違い、安定していて、マイノリティのはかなさもある。

 ふと感じる生きづらさや、「だれにでもあることだよ」と言われがちな思春期の揺らぎ。多様な愛の形。向けられる視線をわかっているだろうに、田舎で生きるということ。年上の人に持つあこがれや、家族への甘えと反発する気持ち。日常生活で降りかかる出来事が描かれ、観客は登場人物と一緒に衝撃を受けたり、共感したり。

 それらの悩みや違和感や挫折は、成長とともに、そんなこともあったな、と過去のものになることもあれば、ずっと抱えていくものもある。すっきりと解決するわけではないが、絶望に飲み込まれるわけでもない。

美しい風景、日芸の学生と語る

 子役には脚本を渡さず、自然な演技を引き出したという。多様性や心の問題も描かれるが、全体が重くならないのは、風景や音楽のすべてが美しいからだと思う。

 公開に先立ち、7月に日大芸術学部の学生と池松さん、奥山監督が交流した。映画について学ぶ学生から、感想や質問が相次いだ。

 「草原の緑や、雪の中にポツンとある郵便ポストの赤色など色味が好き」「スケートリンクの照明が綺麗」「円形校舎を舞台にしたワケは」「教室にはられた書道作品の『税金』が気になった」「車中のラジオから流れる音楽の使い方は」といった具体的な視点を持つ学生が多かった。奥山監督は、スケートリンクに照明を何台も持って行った、何年ごろのどんな地方といった設定を決めたなど、貴重な裏話を語った。

日大芸術学部で なかのかおり撮影
日大芸術学部で なかのかおり撮影

ルールは必要ない、新しい時代を

 また「自分の表現の探し方は?」と学生に質問され、奥山監督は「好きな監督の作品を見つける。その人が好きな作品やコンテを見て、その監督にまつわるものを一通り触れて見る。なぜいいと思ったか、何となくよかったじゃなくて、言葉にしていくのを繰り返すと、自分の好きなものがわかって、目指す方向が見える」と具体的にアドバイス。

 クリエイターの仕事という視点で、奥山監督と池松さんの、それぞれのキャリアが興味深い。20代の奥山監督は、会社勤めをしながら映画を作る。子どもの頃にフィギュアスケートをならっていたといい、氷の上を滑りながらの撮影だった。組みたいベテランスタッフに声をかけ、監督もカメラマンもする、そのスタイルが新しい。池松さんは「いい映画を作ることに、ルールは必要ない。皆さんもどんどんやりたいことをやって、新しい時代をつくって」と奥山監督を賞賛し、学生を励ました。

 池松さんの芸歴は長い。子役として活動を始め、2003年にハリウッド映画『ラスト サムライ』で映画に初出演。トム・クルーズ演じる主人公と心を通わす少年を演じた。今回、スケートは初めてだったというが、練習して身につけた。池松さんは、日大芸術学部の出身で、学生との交流も楽しんでいた。豊富なキャリアから生み出される、厳しさも優しさも伝わる池松さんの表情。積み重ねることの価値を再確認した。

 そして、映像作品にふんだんに触れられる奥山監督や学生たち、若い世代の新しい価値観にも、希望を感じた。

出演
越山敬達 中西希亜良 若葉竜也 山田真歩 潤浩 池松壮亮
監督・撮影・脚本・編集:奥山大史 『僕はイエス様が嫌い』
音楽:佐藤良成(ハンバート ハンバート)
主題歌:ハンバート ハンバート「ぼくのお日さま」

提供写真

2024「ぼくのお日さま」製作委員会 / COMME DES CINÉMAS

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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