「海のはじまり」と「西園寺さん」が描く妊娠・中絶・子育ての孤独、シングルの迷い②
9月までに放映されたテレビドラマ「海のはじまり」と、「西園寺さんは家事をしない」は、いずれもシングルファーザーの奮闘を描き注目された。
現実にはない設定だったとしても、子供を育てるとはどういうことか。それがシングル父だったらどうしたらいいのか。仕事は?教育や生活や食事や、放課後の過ごし方は?その大変さや孤立を描くことで、女性の生き方、妊娠、子育て全般の課題や、あったらいいコミュニティを浮かび上がらせた。これまで取材してきた親たちの声や、筆者が子育てで体験したこと、コミュニティや居場所の研究をふまえ、これらの物語を振り返る。
後編は、海のはじまりが伝えたことについて。前編はこちら 西園寺さん
目黒蓮さん演じた辛すぎる運命に涙
「海のはじまり」は、シングルファーザーになった夏と、娘の海をめぐる物語。不妊治療、妊娠、中絶、女性の生き方、キャリア、がん、緩和ケア、グリーフケア、子育て、恋愛、結婚、離婚、ステップファミリー、仕事、教育、シングルの貧困、コミュニティの支え合い…。あらゆる社会課題が盛り込まれている。
ライブチケットが高額転売されて社会問題となるなど、今一番の勢いがあるアイドルグループSnow Manの目黒蓮さんがシングルファーザーを演じるということで、注目も高まっていた。
手話で熱演した「silent」と全く違う役柄だが、ダンスも演技もコツコツ努力して自分のものにする目黒さん。大学時代の彼女が自分の知らないうちに出産していて、がんで若くして亡くなってしまうー。辛すぎる物語において目黒さんは、言葉で説明するのが苦手だけれど真面目で優しい会社員の役に、入り込んでいた。
夏が現在、付き合っている弥生(有村架純さん)のことも、突如現れた娘のことも、大事なのに。社会人として軌道に乗ってきた20代、娘との生活を選び、弥生との別れを決意して夏が号泣するところでは、リアルすぎて「好きなんだよね!」と涙した。目を背けたくなる辛さだが、どうにもできない別れは誰しもあるものだ。
中絶の痛みを伝える有村架純さん
父の視線だけでなく、女性の生き方や、妊娠・出産・中絶についても、踏み込んでいた。有村架純さんが演じる弥生は、かつて恋人の子を中絶した過去がある。仕事は後輩に頼られるぐらいに成長して、夏との交際も支えになる。でも突然、7歳の女の子の親になれるのか。3人で一緒に生活していけるの?
親になりたいと思ったけれども、自分を犠牲にしてまでは選べない道なんだと揺れる。中絶や、がん検診をめぐる描写は、たくさんの人に見ていただきたいと思った。中絶や流産の処置は、女性の心身にとてつもないダメージがある。思い出しては涙が止まらない、その繰り返しで乗り越えて行くしかない。
娘の海は、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしていたのだから、大きくなるまでその暮らしを維持して衣食住のケアをしてもらい、週末だけ夏と弥生と会うとか、別居婚や週末婚も珍しくないのにと思った。
だがハイスペックな女性は、自分だけで完結することに慣れてしまっている。仕事があり暮らしに困らず、ご飯はテイクアウトをしても後輩と外食してもOK。ヘアサロンに行ったら、お金や時間をそれほど気にせずにケアできる。子育て中だと、誰かに預けて、罪悪感を持ちながらヘアサロンに駆け込んで、費用も考えて、急いで帰る母親も少なくない。では、シングル暮らしがベストと思っているかというと、複雑なのだ。
シングルマザーの苦悩と周りの愛情
一方で、亡くなった海の母・水季は、シングルマザーの苦労や、セイフティネットの必要性について伝えている。現実に、若年者が望まない妊娠をして、中絶したり、産み捨ててしまって犯罪者となるケースも後を断たない。この物語では、アパートの大家さんが見守ってくれたり、同僚の津野くんが海を預かったり、図書館がいつ行ってもいい居場所だったり、孤立した子育てに必要なセイフティネットを提示していた。
子育て中は、いつもマルチタスクで時間に追われている。朝は毎日、早く起きて子どものご飯、髪の毛を結ぶなど身支度、話も聞いて、こぼした牛乳を拭いて、保育園や学校に送り出し、自分も出勤する。病気や怪我をすれば、通院に仕事の調整に看病に、何役もこなす。今日は休んじゃおうと言える日はない。親が具合が悪くても、はうようにして迎えに行き、ご飯を食べさせる。
シングル親ならば、なおさら。水季はいつも、お金のことを考えていて余裕がない。実家には頼ろうとしなかったが、最期は甘えられたのはよかった。親との確執を抱える人も、多いものだ。
ちなみに、海を支えてきた津野くんを演じる池松壮亮さん。7月に、映画「ぼくのお日さま」のイベントで日大芸術学部を訪れ、学生と交流した際、筆者は取材して、池松さんの話を聞いた。クリエイターを目指す学生を応援したり、若い監督をたてたり、客観的な目線とキャリアがありながら、子ども好きで優しい人柄が伝わってきた。
シングルファーザーが笑顔になるまで
最終回近くまで、目黒さん演じる夏パパがあまりに辛そうで、見ていられないという声も聞いた。だから、最終回で夏パパの笑顔が見られたときには、物語であるのにほっとしてしまった。
働いて金銭に困らないとしても、新米シングルファーザーは「要支援」なのだ。セキュリティもない自宅に、一年生の女子を帰しちゃダメ。シングルなんだから、学童保育も利用できますよ!宿題も見てあげなきゃ!急いで会社から帰って、慣れないご飯作りも片付けもなんて、無理無理!せめて、夏の実家でみてもらおうよ!と突っ込んだ親は、たくさんいたと思う。
最後には、夏パパも、頼ることができるようになった。職場で、話せる先輩がいる。亡くなったママの実家に、気負わず立ち寄れる。津野君や元彼女や実家や、困ったら対応してくれる人がいて、海への愛を楽しんでいる。実際は恵まれた人間関係や、職場は少ないかもしれないが、逆に現状の支援が足りないところ、こうすれば特別なことをしなくてもつながりができる、という具体例を伝えてくれた。
例えば、コロナの対応が厳しかった頃、傘地蔵のように玄関先に差し入れを置いたり、オンラインでコミュニケーションを取ったり。ちょっとしたサポートがどれだけありがたいか、わかっただろう。子連れ出勤についても賛否両論が起きるが、筆者は子連れ取材を何度かしたことがある。子どもが苦手な人もいるので場合によるが、別の部屋で待たせてもらうとか、お互いに疲れないやり方があると思う。
小学生女子のこれからに必要なこと
さて、夏パパの娘・海は小学一年生の設定だ。最後に、彼女の成長に思いを馳せてみる。これぐらいの女子は、自分で何でもできるように見えて、揺れる年頃だ。思春期にも入ってくるし、体の変化も大きい。友達との関係や、心身の様子に気を使う必要がある。かといって、大人がべったりすると嫌がられるから、さりげなく、目を離さないで。特に、スマホ依存やSNSルールに気配りを。
女子は、下着や生理やプライバシーのケアも出てくる。ママがいなかったら、おばあちゃんや保健の先生にサポートしてもらって。リアルに、ママが亡くなってしまった女子のパパや、貧困家庭でママに相談できなかった方にお話を聞いたことがある。
そして、家族は大事だけれど、話せないこともある。その場合は、第三の居場所があったら、親も子も駆け込める。保育園や学童保育は、安全に預かる場所。10代の居場所は、勉強を見てくれて、お腹が満たされて、話を聞いてくれる大人がいる、そんなつながりが求められている。できれば、場所や枠組みがあったほうが、いろいろな人が参加しやすい。子ども食堂や街の保健室、児童館など民間・公共にかかわらず、駆け込み寺をチェックしておきたい。
家族でもシングルでもコミュニティを
輝くアイドルの松村北斗さんと目黒蓮さんが、ダメなところもあるシングルファーザーを真摯に演じる。そのエンターテインメントを通して、現代の子育てがいかに孤独であるか伝えた。とりまく人たちの優しさが少しずつ集まり、笑顔になれることも。
ステップファミリーも簡単ではないが、シングルで自由に生きるのか、家族とドタバタしながら生きていく道を選ぶのか。弥生のこれからが、気になる。
ひとりで生きていく、子育てをする、働く、介護をする、どの道を選んでも大変さはあると思う。環境や状況が違うからと分断されずに、自分を犠牲にせず、ほどよい距離で関わり合っていくコミュニティが増えてほしい。