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「西園寺さん」と「海のはじまり」子育ての孤独、シングルの生き方、優しいつながりを教えてくれる物語①

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
公式サイトより

9月までに放映されたテレビドラマ「西園寺さんは家事をしない」と「海のはじまり」は、いずれもシングルファーザーの奮闘を描き注目された。現実にはない設定だったとしても、子を育てるとはどういうことか。それがシングル父だったらどうしたらいいのか。仕事は?教育や生活や食事や、放課後の過ごし方は?その大変さや孤立を描くことで、女性の生き方、妊娠、子育て全般の課題や、家族のあり方、あったらいいコミュニティを浮かび上がらせた。これまで取材してきた親たちの声や、筆者の子育てで体験したこと、コミュニティや居場所の研究をふまえ、これらの物語を振り返る。

松本若菜さんの真摯な姿勢

 まず、西園寺さん。主演した松本若菜さんにインタビューしたことがある。「やんごとなき一族」の振り切った演技が強烈で、様々な作品に出演してきた。お話しすると、真摯で真面目な姿勢が印象的だった。アラフォーになってのブレイク。キャリアについて詳しく聞いた。鳥取から上京し、飲食店でアルバイトをしながら、芸能界での仕事に一つ一つ向き合ってきた。一方で、縫い物や消しゴムハンコなどもの作りが得意で、ペットの愛猫もおなじみ。

 その時の若菜さんは、骨髄バンクのドナーになる役だった。若菜さんが出てくるだけで、スクリーンが明るくなり、かつ真面目な人柄が溢れていた。西園寺さんもそうだが、医療や福祉がテーマである作品こそ、多くの人に関心を持ってもらうためには、エンターテインメントとしての明るさと、プロの演者が必要なのではないかと思う。

松村北斗パパの孤独

 西園寺さんでは、社会課題もしっかり描かれた。SixTONESの松村北斗さん演じる、西園寺さんの同僚でシングルファーザーの楠見パパの真摯さに、胸が締め付けられた。仕事に保育園の送り迎え、洗濯、食事と、幼い娘の世話に奮闘する。楠見パパが周りの人に甘えない、と繰り返すたびに、「甘えて!無理だから!」と真剣に突っ込んでしまった。

 子育ては、それぞれの年代において初体験の連続だ。保育園に預けながら仕事する時期は、物理的に大変だ。安全に預かってくれて、子どもも楽しく過ごせる保育園はありがたい反面、病気をもらってきたり、怪我をしたり。ルールも多い。責任ある仕事でいっぱいいっぱいなのに、迎えに間に合わない。そのプレッシャーがよく伝わってきた。

 例えば、預けっぱなしにする家庭もある。保育園なら朝の7時半から夜の7時半まで、延長保育を利用して、お昼、おやつ、夜の補食と全て食べさせてもらう。民間の融通が利く学童保育やシッターなどを利用すれば、夜ご飯を食べさせてもらい、夜10時までとか、泊まりの利用もできる。医師やメディアの仕事をする親もいるから。楠見パパは、努力して親子の時間を作っていた。

親子を包み込むコミュニティ

 あとは身内と分担したり、ファミリーサポートやママ友に迎えに行ってもらったり、預かってもらったりという方法はある。ただ楠見パパの奥さんは、亡くなっている。娘もお母さんを知っているから、心の中の一番はお母さんだ。

 楠見パパこそ、本来は大事な人を亡くしたら、否定したり、悲しんだりしながら時間をかけてグリーフワークをする必要がある。だが、小さな子がいる日常では、そうやって悲しんで少しずつ受け止めていく余裕はない。ご飯を食べさせたり、保育園の持ち物を用意したり、お風呂に入れて添い寝して、子育ては待ったなし。さらに楠見パパは、技術を生かして仕事もしなければならない。

ハイスペックシングルの生き方

 シングルでなかったとして、夫婦で分担して、子育てと家事を完璧に?無理無理。女性も高学歴でバリバリ仕事して、子どもの心身もケアして、輝いてほしい?やっぱり、身内の支援やフレキシブルな仕事形態がなければ、無理そう。

 仕事を抱えて、ギリギリの子育てをしている人は少なくない。祖父母や身内が快く手を差し伸べ、寄り添ってくれる恵まれた人もいるが、様々な理由で、孤独に頑張っている人もいる。家庭環境や労働条件で、仕事と子育ての大変さが全く違ってくることを、改めて西園寺さんは教えてくれた。

 若菜さん演じる西園寺さんも、独身を謳歌して、合理的に生きているように見える。家事をしないのだし、明るい人柄と魅力、能力があり、いい友達や恋人候補もいる。だけど、結婚や出産をしなくていいだろうか?とアラフォー女性は多かれ少なかれ揺れる。父母も、年を重ねる。そして、目の前に現れた愛すべき親子は、単純に一緒にはなれず回り道。

 そんな状況で、孤独だった楠見親子を、西園寺さんが「偽家族」となり支える。少しずつ、職場の同僚も親子を受け入れ、保育園の保護者と本音で話せるようになる。しだいに、この親子を包み込むコミュニティが、浮かび上がってくる。

身内でない人の優しさ

 筆者は、新聞社に20年勤めた。高齢出産をして、子育てと仕事の両立に悩み、早期退職した経緯がある。身内は高齢で遠方、コロナ禍に父は亡くなり、頼ることができなかった。産後からあらゆる助成を使い、人間関係を築き、学童保育や民間の預かりも利用した。修羅場は、数知れない。知人もそれぞれに忙しいし、緊張感を持って生きるしかないと思っているところがある。

 子どもからコロナがうつった時、筆者は近くの医療機関で断られ、少し離れた内科クリニックに行く途中に文字通り、行き倒れた。助けてくれたのは、居合わせた見知らぬ女性と、内科の皆さんだった。ディスタンスのある見知らぬ人のほうが近く、優しく、ありがたかった。自分も、ワンオペで困っている友人がいたらできる方法で、寄り添いたいと思っている。

 だから、楠見親子の「周りに頼ってはいけない」と必死に頑張る姿がリアルだった。イケメンのパパと、かわいらしい娘ちゃんが、つらくなりすぎずつらい現実を伝えてくれた。

 子を育てるのは本当に大変で、幼子をちょっと置いて仕事に出かけるとか、ありえない。ご飯もなく、洗濯もせずということが続けばネグレクトである。病気やケガで、すぐ保育園や学校から呼ばれる。365日24時間、命を預かっている。信頼できる人が、困った時だけでも迎えに行ってくれたり、そばにいてくれたり、職場に連れて行ってもよかったり、選択肢があると助かるし、ほっとする。

 いろいろな人がいろいろな立場で、優しいつながりを築けたら。偽家族って、応用すると良さそうな概念だ。西園寺さんの物語は、時間をかけてお互いの困りごとを知り、できる範囲で助け合うという理想のコミュニティを見せてくれた。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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