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FRBのインフレ抑制は失敗する可能性が高い ~物価上昇率2%台への低下が極めて難しい理由とは

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
昨年からFRBは、インフレに対する見通しや対応策を失敗し続けている。(写真:ロイター/アフロ)

米国が高インフレに陥ったのは、様々な要因が複雑に絡み合っています。主たる要因としては、①モノの供給不足、②ヒトの供給不足、③エネルギー価格の高止まり、④グローバル経済の分断、の4つが挙げられます。

過剰な給付金と金融緩和が高インフレを招いた

まず、①の「モノの供給不足」については、新型コロナ禍によって世界中の工場が停止し、モノの生産の供給網(サプライチェーン)がズタズタに寸断された一方で、各国の財政出動によって家計に過剰な給付金が支給されたことが大きかったといえます。

とりわけ輸入品が多い米国では、世界中でモノの生産が急激に減少したことで、他国よりもモノ不足が深刻になりました。そういった局面にあったにもかかわらず、トランプ・バイデン両政権の巨額の給付金によって米家計には2~3兆ドルの過剰貯蓄が生まれ、モノへの需要が大いに高まったのです。

それに加えて、FRBの未曽有の金融緩和によって金利が急低下し、「コロナバブル」といえる株価や住宅価格の上昇が演出されたことで、米家計の資産が急激に増加する状況となりました。その結果として、米家計による消費がいっそう刺激され、モノへの供給と需要のバランスが大きく崩れてしまったというわけです。

「コロナバブル」が人手不足の最大の原因

次に、②の「ヒトの供給不足」については、これも各国共通のことですが、コロナ禍をきっかけに働き手が大幅に減った一方で、経済の再開を受けて企業が求人を急激に増やしたため起こりました。とくにホテル・レストラン・小売業など、平均時給が低いサービス業での人手不足が混迷を深めています。

米国で働き手が減った理由の主な内訳は、新型コロナでの死亡が約50万人、その後遺症による退職が約50万人、コロナバブルの恩恵による早期退職が約400万人です。これだけでも全労働者の約5%を占めるのですが、米国の人手不足の最大の原因はやはり、コロナバブルの影響がもっとも大きかったといえそうです。

そのほかにも、育児で約480万人、親の介護で約160万人が職場に復帰できていないので、米国でヒトの供給不足が問題になるのは当然です。労働需給がもっとも逼迫した2022年3月には、失業者1人に対して2倍の求人件数があったほどなのです。足元の8月でも1.7倍の求人件数があり、人手不足で賃金が大幅に上がる構造に未だ変化はみられません。

「温暖化対策」がエネルギー価格の高止まりの原因

続いて、③の「エネルギー価格の高止まり」に関しては、経済再開にともない外出する人々が増え、原油に対する需要が拡大したことが背景にあります。原油価格が上昇すると、あらゆるモノやサービスの価格に上昇圧力がかかるようになります。(2022年1月21日の記事『原油と天然ガスの価格が上がると、なぜインフレになるのか』参照)

ここで問題なのは、原油の需要が拡大しても、先進国のエネルギー企業が原油を思うように増産できないということです。世界的な温暖化対策の流れのなかで、温暖化ガスの排出量が多い原油を増産すると、社会や株主から厳しい批判を浴びるようになったため、多くのエネルギー企業が油田開発における投資を削減し続けてきたのです。

そのようなわけで、原油価格の高止まりは続きそうです。その帰結として、インフレ抑制と温暖化対策の両立が非常に難しいという現実が、浮き彫りになったかたちです。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発したことで、原油以上に天然ガスの価格が高騰し、いっそう広範にモノやサービスの価格上昇に拍車をかけています。

米中の覇権争いもインフレの要因に

最後に、④の「グローバル経済の分断」に関しては、これもインフレが長期化する要因になりえます。米中の貿易戦争、ロシアのウクライナ侵攻を経験したことで、グローバル経済は大きな転換点を迎えているからです。すなわち、先進国の企業を中心に、世界に張り巡らされた供給網が見直しを迫られているのです。

グローバルに展開する多くの企業は、すでにロシアを供給網から切り離し、中国も生産拠点から除外する検討を始めています。仮に「世界の工場」といわれる中国を供給網から切り離すとしたら、最適な国・地域で生産を分業するという経済的メリットが損なわれ、ほとんどすべての製品のコストが跳ね上がることになるでしょう。

米国は目下のところ、アジア太平洋地域の国々とは「インド太平洋経済枠組み」、欧州とは「貿易技術評議会」を通じて、中国・ロシアに依存しない供給網の構築を目指しています。現在の供給網を見直して、強権国家に依存しない生産体制を再構築することは、物価上昇圧力が定着するという痛みがともないます。(2022年5月30日の記事『グローバル経済が終焉すれば、企業や人々に経済的ダメージが大きい』参照)

金融政策の限界がすでに露呈している

このようにみてくると米国の高インフレは、バイデン政権やFRBの政策方針がもたらしたものだといえるかもしれません。いずれにしても、バイデン政権にインフレ抑制策を丸投げされたFRBは、物価上昇率を2%台に下げるという目標を掲げ、金融引締めに邁進しているところです。

FRBのインフレ抑制策の眼目は、金融引締めによって景気と消費を冷え込ませると同時に、失業率を高めて賃金上昇を抑えようとしていることです。しかし、この試みは一種の賭けのようなもので、失敗する可能性のほうが高いのではないかとみております。

というのも、FRBが制御できるのは需要サイドのインフレに限られ、供給サイドに働きかけることはできないからです。ですから、供給サイドのインフレ要因である人手不足やエネルギー増産の問題などは根強く残り、FRBの物価目標の達成を妨げることになるでしょう。

労働需給の逼迫がFRBの金融政策を失敗させる

米国の2022年9月の消費者物価指数は前年同月比で8.2%上昇し、同年6月の9.1%からピークを打ったようにみえますが、物価の基調を示すコア指数(エネルギーと食品を除外)は6.6%上昇と40年ぶりの高水準を記録しています。モノの価格上昇は沈静化しつつあるものの、賃金上昇の影響が大きいサービス価格の上昇率は高水準なままなのです。

米国ではコロナ禍を機に、労働力の需要と供給のバランスが大きく崩れてしまいました。資産価格の上昇で早期退職者が劇的に増えたうえに、今までの働き方に矛盾を感じ転職を考える人も増えているからです。働き手はより高い賃金と良好な労働条件を求めて転職を考え、企業は転職を引きとめるため賃金の引上げに応じるようになっています。

FRBが金融引締めを進めているにもかかわらず、9月の失業率は3.5%と50年ぶりの低水準に並びました。9月の平均時給の上昇率は5.0%とコロナ前の3%台前半と比べて高止まりしています。このままでは失業率は思うように上がらず、とくにサービス業を中心に賃金上昇がなかなか収まらないでしょう。

FRBは物価目標を3~4%台に引き上げるべきだ

FRBは多少の景気後退を覚悟してでも高インフレを抑え込もうとしていますが、現実の数字をみて冷静に考えれば、金融政策だけで物価上昇率を2%台に戻すのは極めて困難な作業であると理解することができます。

そういった意味では、FRBは物価上昇率の目標を当初の2%台から3~4%台に修正するのが、現実的な対応策のように思われます。FRBが高い目標を達成するために金融引締めをやり過ぎてしまうと、その目標を達成できないばかりか、深刻な景気後退に陥る可能性が高まっていくからです。

私がそう考えるのは、FRBの過去15年にわたった過剰ともいえる金融緩和によって、世界が低金利を常態とした弱い経済に慣れ切ってしまっているのに加えて、金融市場が金融引締めに対して脆弱な体質へと変貌してしまったからです。今後のFRBの対応によっては、その副作用が想定外に大きくなるというリスクを意識せざるをえません。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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