グローバル経済が終焉すれば、企業や人々に経済的ダメージが大きい
東西冷戦の終結がもたらしたグローバル経済の恩恵
米ソによる東西冷戦が終結した1989年以降、世界経済はグローバル化の方向に突き進んできました。共産主義陣営の東と資本主義陣営の西で区別されていた経済の垣根がなくなり、ヒト、モノ、カネが自由に世界を動き回るようになったのです。
その後、グローバル化のさらなる拡大は、中国が2001年にWTOに加盟したことで訪れます。当時12.7億人もの人口が新たに資本主義社会に組み込まれた意味は、非常に大きかったといえます。教育水準が高く、かつ労働力が安い中国を資本主義陣営が包摂することによって、世界経済は全体の規模を拡大させただけでなく、全体の平均成長率を引き上げることができたからです。
そういった流れと併行して、企業は供給網(サプライチェーン)を世界中で拡大してきました。コストと品質の両面で最も適した国々で生産した部品を、最も適した国々で組み立てるという体制を確立してきたのです。その結果として、中国を筆頭にロシアや東欧諸国などが経済的に高成長を達成することができたというわけです。
先進国で反グローバル化の動きが強まったわけ
しかし、その副作用として、先進国の成長率が低下していくというのは、避けられない状況となりました。グローバル経済が全体で成長するには安い労働力が原動力になっている一方で、安い労働力はかつて良質な雇用といわれた先進国の雇用を次々と奪っていったからです。
そのうえ、中国が投資主導の経済成長を進めるなかで、原油をはじめとしたエネルギー資源の需要が爆発的に増加したために、世界的にあらゆるモノのインフレが定着し、先進国の人々の実質的な所得が伸びづらくなりました。
確かに、米国の住宅バブル崩壊や世界的な金融危機の後遺症もあったのは事実ですが、その後の景気回復の過程で先進国の人々が豊かさを実感できないでいるのは、雇用の問題が深刻化するのに加えて、エネルギー資源の高騰によるインフレが人々の可処分所得を目減りさせている現実があったというわけです。
そういった経緯もあり、先進国では既存の政治に対する不満が高まり、2010年代以降、欧州では極右や極左の政党が伸長し、米国でトランプ政権が誕生しました。反グローバル化の政治を強力に推し進めたトランプ政権は、2018年に中国に対して貿易戦争を仕掛けたのですが、そこで初めて企業はサプライチェーンの維持が危ぶまれる事態を意識するようになったのです。
ロシアへの経済制裁が効かないわけ
そして、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻が、世界的なサプライチェーンの崩壊を決定づけようとしています。米欧を中心とする民主主義国はロシアに対する経済制裁を実施し、国際銀行間通信協会(SWIFT)からのロシア銀行の除外、ロシア要人の資産凍結、ロシアの外貨準備凍結、ロシアへの特定品目の輸出禁止など、様々な対抗策を講じています。
実際に、これらの経済制裁への民主主義国の人々の支持率は高いため、グローバル企業が強権主義的な国での事業リスクを改めて意識するきっかけにもなりました。ロシアで事業を続けることがプーチン政権を助けるという悪評が立つリスクが、ロシアから撤退するリスクよりも大きいと、多くの企業が判断したのです。ロシアに厳しい姿勢をとる企業ほど、株式市場の評価が高いという傾向も表れています。
そうはいっても、経済的な痛みに耐えきれずプーチン政権がすぐにでも崩壊すれば、世界的なサプライチェーンが修復される可能性が少なからず残されていたかもしれません。しかし、経済制裁に中国が加わっていないので、ロシアへの悪影響は大幅に緩和されているといえます。ロシアは中国と貿易することが可能なだけでなく、中国を経由地とした第三国との迂回貿易も可能となるからです。
ロシアの国営ガス会社であるガスプロムは、欧州向けの輸出が減った分を中国への輸出で補填しています。ガスプロムは中国石油天然気集団との長期契約に基づいて、中国への輸出を増やし続けているのです。また、そういった中国との貿易を通じて、ロシアは外貨準備をドルから人民元に大きくシフトしています。中国人民銀行の助けを借りて、外貨準備の凍結を免れています。
世界の政治経済が再び東西に分裂するリスクが拡大
いずれにしても、ロシアに対する経済制裁が拡大するにしたがって、従来のサプライチェーンがばっさりと分断されてしまいました。サプライチェーンは各国の企業によって長い年月をかけて複雑に構築されてきたので、その一部が寸断されただけでも世界経済に悪影響が及びます。ましてやロシアは世界屈指の資源大国、穀物大国であり、半導体の原材料の輸出国でもあります。その悪影響は甚大だといわざるをえません。
ロシアのウクライナ侵攻に対する国連の非難決議の際、棄権をして実質的なロシア支持を示した中国、インド、ブラジル、南アフリカ、サウジアラビアのほか、中国から巨額の援助を受けているアフリカの途上国などは、ロシアと同じく政治的に強い統制を指向しています。外交や安全保障の面では、中国やロシアに依存する国や中立を保ちたい国も多くあるものです。あるいは、米欧の先進国が掲げる民主主義や人権などの価値基準を採用できない国も多く存在します。
その帰結として、世界は東西2つの政治経済ブロックに再び分断されつつあります。この分断が米中冷戦の延長線上にあると考えれば、まだ態度を表明していない国や企業が米国の陣営に属するのか、中国の陣営に属するのか、決めなければならない局面が来るのかもしれません。
米国のイエレン財務長官は、基本的な価値観を共有する国だけで新しいサプライチェーンを構築し自由貿易を推進する「新たなブレトンウッズ体制」が必要だと説いています。それは、1944年に連合国側44か国が世界経済の立て直しのために協定を結び、その協定に基づいて始まった米国中心の資本主義体制を復活させようという声にも聞こえます。
グローバル経済の終焉は大きな痛みを伴う
米国陣営(民主国家)と中国陣営(強権国家)による分断は、中国のロシア支援を機にして加速度的に進んでいます。米国はG7(主要7カ国)を中心として、オーカス(米英豪の3カ国による安全保障枠組み)やクアッド(米日豪印の4カ国による安全保障協力体制)によって対中国包囲網を構築しようとしています。
それに加えて、バイデン大統領は新しい経済圏構想である「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の始動を表明し、中国を排除したサプライチェーンの再構築や貿易のルールづくりで参加国との連携を目指しています。この枠組みには米日韓豪印など13カ国が参加し、世界のGDPの4割を占めるまでになっています。
これに対して中国は、習近平体制が始まって以降、一帯一路政策によってインド太平洋地域での存在感を高めてきました。「地域的な包括的経済連携(RCEP)」(中日韓豪など15カ国で構成)に加盟して主導的な地位を固めたうえで、「環太平洋パートナーシップ(TPP)」(日豪加など11カ国で構成)にも加盟を申請しています。インド太平洋地域での足場固めでは米国にリードしているといえるでしょう。
米欧のメディアでは、ウクライナ危機によって、経済の効率化を求めて30年あまり続いてきたグローバル経済は終焉に向かっているといわれます。しかし、今あるサプライチェーンを見直して、強権国家に依存しない生産体制を再構築することは、非常に大きな痛みが伴います。エネルギーや食糧の供給が厳しくなるなかで、世界中の企業や人々の重荷となるばかりか、政変や暴動によって混乱する国々も出てくることでしょう。