「サマータイムやめて」スーパーとコンビニの悲鳴の裏側
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催時のサマータイム導入案に対し、新日本スーパーマーケット協会と日本加工食品卸協会(日食協)は、農林水産省に提出した影響調査報告で実施取りやめを求めた、と、2018年8月29日付の食品新聞が報じている。
「サマータイムやめて」 食品流通業界、実施案に悲鳴(食品新聞2018年8月29日付、Yahoo!ニュース掲載)
システムや生鮮食品管理などへの支障が大きい、というのが主な理由だ。
また、食品事故の可能性についても指摘している。
筆者も、前述の記事に対してオーサーコメントを書いた。
スーパー・コンビニでは時間単位で弁当などの消費期限を管理している
スーパーやコンビニで販売している弁当やおにぎりはデイリーと呼ばれ、時間単位で消費期限が表示されている。そしてそのさらに2時間手前に「販売期限」が設定され、いくら消費期限が2時間残っていても、それらは捨てられる。客が「いいよ」と言っても、レジを通らない設定になっている(大手コンビニではそのような設定がほとんど。スーパーは違う)。
たとえ短期間でもサマータイムを導入するということは、その、時間単位で管理している食のシステムを壊すことだ。
システム管理者、配送者、パート・アルバイト・・・負担をかぶるのはすべて現場の人
サマータイムを導入し、時計の針を1〜2時間進めるということは、全国で、時間単位で管理しているデイリー食品の設定を、オリンピック・パラリンピックの時期だけ変えて、また後に戻すということだ。設定の変更にどれだけの労力と手間がかかるのか、そして混乱が起きるのか。
システム管理者だけではない。配送の人たちも、すべてこの時間単位で動いている。コンビニに配送されてくるトラックの便数は店舗によって違うが、1日3便から6便、運ばれてくる。彼らの労働時間もまた、サマータイムによって変更を余儀無くされることになる。定期的な睡眠のサイクルも乱される。
全国のスーパーの店舗数は20,555店舗(統計・データで見るスーパーマーケット、2018年8月3日現在)、コンビニの店舗数は55,431店舗(日本フランチャイズチェーン協会、2018年8月20日現在)。合わせて76,000店舗におよぶ。
その店頭を支えているのは、社員はもちろん、パートやアルバイトの人たちだ。大手スーパーでは、働く人の総数のうち、70%程度がパート・アルバイトで、まさに店舗の屋台骨だ。彼らが、時間単位で弁当やおにぎりなどの消費期限の2時間前(企業による)に設定された、販売期限を管理している。サマータイムで時間を早めたり、また戻したりしたら、彼らを指導する立場の社員の労力も増えるし、覚える立場のパート・アルバイトの負担も増える。
今でさえ「働き方改革」と言って効率化をはかろうとしているのに、この上、さらに負担を増やすのか。
食のサプライチェーンの流れが乱される
スーパー・コンビニにとっては、食品が届かないと商売にならないし、届いたものを保管・管理しなければ売り物にならない。
原材料が調達され、製造加工工程を通り、商品が消費者に届くまでの生産・流通プロセスのことをサプライチェーンと呼ぶ。サマータイム導入は、そのサプライチェーンのマネジメントが崩されることになり、おそらく数百億円以上の膨大なコストがかかると予想する人もいる。
食を支える市場・・・朝5時の時計を早めたら開店は夜中の3時
サマータイム導入は、食を支える市場にも及ぶ。朝5時には市場の店が開店していくが、もし時計の針を2時間早めたら、夜中の3時が「朝5時」なので、真夜中の3時に開店ということになる。働く人の睡眠や体調、健康状態はどうなるのだろう。
賞味期限が3年ある食品にすら日にちを入れている日本
前述の消費期限は、5日以内の日持ちのものに表示される。たとえば弁当、おにぎり、サンドウィッチ、生クリームのケーキなどだ。
一方、それ以上の日持ちのものには、美味しさの目安である「賞味期限」が表示される。賞味期限は、品質が劣化するピンポイントの日にちではない。美味しく食べられる目安だ。
目安だから、3ヶ月以上の賞味期間があるものについては、「年月」、つまり、日にちは省略できる決まりになっている。
たとえば缶詰であれば3年間の賞味期間がある。パスタなども2年以上の賞味期間がある。レトルト食品は1年以上、備蓄用では5年持つものも出てきている。ペットボトル飲料も1年以上のものが多い。
だが、実際の賞味期限表示を見ると、日にちが入っているものが圧倒的に多い。これは、製造者がトレーサビリティ(追跡可能性)を担保するためや、生産管理・在庫管理のためでもあるが、日にちでなくとも、記号でもそれは可能である。実際、大手食品メーカーの菓子の多くは、日付を省略してきている。
ペットボトル飲料も、まだ全てではないが、日にちを省略することで、食品ロス削減や、日付単位で管理することによる現場(配送車など)の負担を軽減し、労働の効率化に務めている。
イギリスやトルコは18ヶ月以上の賞味期間のものは「年」だけでOK
筆者が2017年に視察したイギリスや、2018年8月に渡航したトルコでは、賞味期間が18ヶ月以上あるものは「年」表示だけでよいことになっている。賞味期限は美味しさの目安なのだから、それくらいでいいのだ。
実際、イギリスやイタリアなどヨーロッパの製品は、日付が入っておらず、年月表示がほとんどだ。
18ヶ月以上の日持ちの食品は「年」表示でOKとするくらいの度量は、日本にあるのだろうか。
すでにサマータイムを導入しているEU圏ですら、調査の結果、80%以上が「廃止」を求めているという。
サマータイム、EU圏の8割以上が「廃止」望む(TBS News 2018年8月30日午前6時16分)
分刻みで支えている現場で一度も働いたことのない人が言い出した絵空事
今、この朝のラッシュの時間帯にも、首都圏の電車では人身事故が発生し、運転見合わせが発生している(2018年8月30日午前6時51分、横浜駅で人身事故発生)。復旧させるため、多くの人が動いている。
サマータイムを言い出した人たちは、電車など使わず車で移動するだろうから、分刻みで管理している現場の苦労など、知ったことではないのだろう。
メリットとデメリットを天秤にかけてデメリットが多ければ中止すべき
物事を判断する時、メリットとデメリットを比較し、デメリットが多ければ中止するのが妥当だろう。
2018年8月28日付の朝日新聞「声」(読者の声)欄には、熊本県在住の93歳の方から、サマータイム導入への意見が投書された。 日本では、1948年から1951年の間、占領軍の指示でサマータイムが導入されたことがあり、その時の実体験だ。
1時間どころか分単位、秒単位で時間を管理している日本の現場で働いている人の立場を少しでも慮り、熟慮して判断して欲しい。たとえそこで働いたことがなくても。
参考記事: