サマータイムが愚策である10の理由
サマータイムとは
サマータイムとは、正式にはdaylight saving time(DST)という。夏に時計の針を1、2時間進めて、明るい時間を長くしようという試みだ。明るい時間が長くなれば、生活が明るい時間帯に集中し、人々の社会生活も充実し、電力消費が節約されるという仮説に基づいている。
しかしわたしがアメリカに住んでいたときには、サマータイム開始時は起床時刻が早まってしまい、寝不足気味で一時的に調子が悪くなったことを覚えている。アメリカの世論調査を見ても、サマータイム継続を支持する人はまだ多いようだが、迷惑に思っている人も相当数いると思われる。
わたしが感じるように、サマータイムの有益性を示す研究は実は少ない。むしろ、心身の健康を蝕み、本来の目的である経済活動にまで悪影響が及ぶとする研究が支配的である。戦後の日本やロシアのように、サマータイムを導入してはみたものの、労働時間の延長ないし心筋梗塞など健康被害の増加で廃止してしまった国もある。
医療から社会経済など広範囲に波及する問題であるため、すべて挙げればキリがないのだが、サマータイムが悪い理由を10個にまとめ、簡単な解説を加えてみた。ほとんどは、「日本睡眠学会・サマータイム制度に関する特別委員会」の報告を参考にしている。
サマータイムを導入してはならない10の理由
1. 不眠になる・睡眠時間が減少する
朝型人間か夜型人間かのクロノタイプで異なり、夜型人間では時差変更による不眠は強く出現する。フィンランドでは、春の時刻変更後に睡眠時間が約1時間短縮することや、睡眠効率が10%低下することが明らかにされた。高校生では睡眠時間が32分減少したという。睡眠時間が世界的にもっとも短い日本人にとっては、致命的である。夜型傾向の強いティーンエージャーの男子は、より不眠や睡眠不足の悪影響を被るだろう。
2. 自殺が増加する
オーストラリアの男性グループでは、秋の時刻変更後(南半球なので夏時間への移行時)に、自殺者が増加したという。不眠と自殺との関連性を考えれば当然であろう。
3. サマータイムに慣れるのに意外に時間がかかる
ドイツで行われた5万5千人の調査では、わずか1時間のサマータイムでも体内時計が同調するには、予測を超える約3週間もの期間が必要であった。早い時間での退社は夕方の自然光にあたるため、体内時計の位相後退(寝るのが遅くなる)を来すためと考えられる。
4. 寝室環境が劣化する
特に西日本では(近年では猛暑は全国的な傾向ではあるが)、夏場は昼間の暑さが抜けきらず、太陽の輻射熱で蓄熱した寝室が冷めきらないうちに眠りにつかなければならない。クーラーでガンガン冷却すればいいが、サマータイム本来の目的である電力消費との節減に矛盾する。
5. 交通事故が増加する
サマータイム導入前後で、イギリスでは10.8%増加、ドイツでは6.0%増加している。ニュージーランドは、サマータイムを導入した初日には16%、2日目には12%交通事故が増加したことが報告されている。サマータイム導入直後は、交通事故のリスクが増加することはほぼ間違いないとと考えられる。アメリカでの5年間の調査では、冬時間への変更で午後の交通事故が急激に増加している。午後の光の照度が急激に低下するためと考えられる。
6. 心身の病気が増える
アメリカ・ミシガン州の調査では、サマータイム導入直後の月曜日に心筋梗塞が増加したという報告がある。サマータイムと生活習慣病やうつ病との関係を直接調べた研究はほとんどない。しかし上記のように、サマータイムは不眠を生じやすいことは示されている。不眠が心身の病気のリスクを高めることは数多くの研究で既に実証されており、サマータイムが心身の病気のリスクを高めることは十分にありうる。
7. 不登校が増える
睡眠不足に弱い子どもに、サマータイムの悪影響はより強く現れる。睡眠障害の子を持つ親を対象にしたアメリカの調査では、6割以上がサマータイム開始時に子どもの睡眠に影響が出たという。不登校は、夏休みなど長期休暇が終わった直後から多く見られるが、休み中に後退した生活時間を急に前進させて学校時間に合わせることができず、いろいろな不調が生じることによって生じる。サマータイムは、この悪循環を強化する。
8. 高齢者の日中の活動が制限される
早起き傾向の高齢者にとって、サマータイムは有利に見えるが、実際はそうでもない。暑い日中時間帯に活動すれば、熱中症や脱水など身体への脅威が高まる。暑いからといって部屋の中ばかりにいたら、社会的接触や活動が減ってしまう。孤独や活動度低下は、認知症のリスクだ。
9. 睡眠障害・精神障害がさらに悪化する
サマータイムの影響は、既に睡眠障害や精神障害に悩んでいる人々にとってはさらに強いと考えられる。日本人は世界でももっとも睡眠時間の短い国民であり、現在4~5人に1人が不眠の問題を抱えていると言われる。うつ病やストレスに伴う不眠も多い。メンタルヘルス問題の増加が社会問題化しているところに、サマータイムを導入すればさらにストレス増となることは間違いない。サマータイム開始で睡眠がさらに少しでも減ると、睡眠負債に悩む人たちすべてにとって「ダメ押し」になってしまう可能性大だ。
10. 省エネ効果は意外に低い
エネルギー消費の抑制に貢献するかについても、最近の調査や研究では否定的である。産業総合研究所が東京で行った調査では、午後4時終業のサマータイムでオフィスの電力需要は10%減るが、集合住宅で27%、一戸建てで23%それぞれ増え、全体では4%増となった。アメリカでも暑い時間帯に帰宅することで家庭の冷房使用が増え、電気使用量が1~4%増えたという。
「サマータイム」より「シエスタ」を
これはわたしの専門外なので加えなかったが、ITへの影響はかなり深刻なのではないだろうか。IT化の進んだ現代では、政治経済から国際金融、医療福祉、教育などすべての領域にわたって、日常生活がコンピューターシステムやインターネットを土台としている。時間帯変更、しかも2年限定という場当たり的な変更は、システムの大規模トラブルの可能性を高くする。システム運営・保守に携わる人の労務は、質量ともにわたしたちの経験したことのないレベルになるだろう。
おそらくは経済面でのみ分析をしている識者、もしくは睡眠相が前進(早起き)になっている老齢の政治・経済に携わる人物が、言い出しそうな政策である(高齢者にとってもサマータイムが良くはないのは皮肉だが)。サマータイムを導入しても、政府のもくろむ通り「余暇を楽しむ時間」が増えるわけではない。「明るい時間」が増えるだけである。朝の弱いわたしも、サマータイムは願い下げである。
むしろ温暖化で日本全体が酷暑となっている日本では、暑い日中での健康被害を抑えるためにも、サマータイムよりも、自宅や職場で昼寝「シエスタ」の慣習こそが、夏の望ましい対策だと考える。
*8月12日に一部加筆しました。
参考文献リスト(2018年8月12日追加)
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- 産業技術総合研究所 安全科学研究部門 計画停電と空調節電対策(速報)(9): 行動の変化(サマータイムなど) https://www.aist-riss.jp/column/29731/#case_st