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学校に「あれやれ、これやれ」と細かく注文を付ける文科省の矛盾【前半】

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
家にいるのがつらい子をケアすることは大事だが(写真:アフロ)

 昨日(4/21)、文部科学省は、休校(臨時休業)中に教科書に基づく家庭学習を課すことや、児童生徒の健康状態を確認することなどを求める通知を出した。新型コロナウイルスの影響で休校が続く地域が多いなか、子どもたちの学習を守ることがねらいだ。

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(筆者撮影)

※通知の本文はこちら

https://www.mext.go.jp/content/20200421-mxt_kouhou01-000004520_6.pdf

 この通知には、従来よりも踏み込んだ対応を教育委員会等に求めるなど、一定の評価ができるところもある。たとえば、次の点だ。

学校設置者や各学校の平常時の一律の各種ICT利用のルールにとらわれることなく、学校の端末を持ち帰ったり、家庭の端末を利用したりして、各教職員が情報管理に十分配慮しつつ、ICT環境を最大限活用すること。その際には、一般に広く普及しているオンラインストレージなどのクラウドサービスや、ソフトウェアのインストールが不要なブラウザ上で使えるサービスを適正かつ積極的に活用することで、成績情報等の機微情報を物理的に持ち運ぶ必要もなくなる。

 前回のわたしの記事で書いたように、ICTやクラウド活用に消極的な教育委員会等も多いなか、(セキュティはもちろん重要なのだが)幅広い方法、選択肢を考えて、前進させていこうという姿勢だ。

 中原淳先生(立教大学教授)はTwitterでこう述べている(4/21)。

今は緊急時。平時の常識にとらわれるな。あらゆる手を尽くして、子どもの学力や生命保障せよと、個人的には拡大解釈した。100年に一度の惨事。今、動かずして、いつ動く。学びをとめるな、学びを復活せよ、子どもの生命を守れ!未来をつくれ!

 こういう見方に共感できるところも多い。だが、今回の通知は、大きな問題を抱えている、と思う箇所もある。以下、3点に分けて、私見を述べたい。

※なお、本件について妹尾は文科省から情報を得ているわけでなく、公開情報をもとに整理している。

■問題1 細かく「あれしろ、これしろ」と指示している

 通知では次のことを求めている。

学級担任等を中心として、電話等を通じ、臨時休業に伴い自宅で過ごす児童生徒及びその保護者との連絡を密にし、休校期間中において必ず定期的に児童生徒の心身の健康状態を把握すること(概ね2週間に1回程度)。その際、保護者だけではなく、児童生徒本人とも直接電話等で会話するなどして、児童生徒の状況を的確に把握すること。

(以下、特に注記しない限り、文科省通知「新型コロナウイルス感染症対策のための臨時休業等に伴い学校に登校できない児童生徒の学習指導について」から引用。)

 わたしが違和感をもったのは2点。ひとつは、児童生徒の心身の健康を把握するのは、学校の責務なのだろうか、という点。それは家庭の役割ではないだろうか。もうひとつは、学校の関与が必要なシーンがあるとしても、概ね2週に一度程度やれとか、細かく指定する必要性はあるのだろうか、という点だ。

 確かに、家庭任せだけにしていては、しんどいままの児童生徒もいる。「困ったときには学校、または、24 時間子供SOSダイヤルなどに相談してくださいね」などと、子どもたちに伝えても、自分からは相談してこないケースも多い。

 そういう意味では、休校が長引くなか、先生たちが子どものSOSをキャッチしやすいようにすることは急務だ。とはいえ、日常的な子どもの健康観察やケアは、家庭の役割が大きいことを書いておくべきではないか。

 また、学校が子どもたちの健康を確認するとしても、方法はいろいろある。文科省の通知にも「電話等」と書いているように「等」が重要である。たとえば、分散登校できる地域では、たまに登校日を設定して子どもたちの話を聴くもよし、Web会議を使える家庭とはオンライン朝の会などをやって様子を確認するのもよいだろう。それらが難しい家庭や特に心配な児童生徒には、電話等をするという方法がよいかもしれない。

 だが、教育委員会や学校現場は、とても忙しい。この通知をざっとしか読まない人もいる。「ともかく2週に一度以上は電話連絡をせねば!」という学校が増えてくるのではないか。

■問題2 教職員の負担をまた増やし、現場のモチベーションを下げる

 

 わたしは、学校の先生たちからは、こんなコメントを聞いた。

2週間に一回電話をするだけでも、大きな学校の電話はずっと朝から電話をかける先生で埋まり、外からはかからなくなります。

学校には電話回線は2本あっても1本は緊急連絡用に空けておく必要がありますので、結局、家庭連絡用の回線は1本。

一人の担任が学校から一人の児童生徒について6分間(不在かけ直し等を入れて)電話するとして、10人で1時間、40人で4時間。1日2学級できたとして、2週間(10日間)で20学級。計算上、大規模校の先生達は土日や夜も電話しなければならなくなります。

文科省のキャリアの皆さんは児童生徒の近況と健康チェックと学習相談を一人1〜2分でやれると思われているのでしょうか?

 電話連絡ひとつとっても、現場にはいろいろな悩みがあり、限られた環境のなかでということだ。先ほども述べたとおり、文科省の通知でも電話「等」となっているので、電話以外の方法も考えられるが。

 また、この通知には別紙(次の写真)がついており、教育委員会は状況確認せよ、国に報告せよ、となっている。また、文科省は書類仕事を増やすのか。

(文科省通知の別紙)
(文科省通知の別紙)

 さらに、児童虐待防止関連では、次の記述にも注目したい。

要保護児童対策地域協議会に登録されている支援対象の児童生徒に関しては、在宅時間が大幅に増加することに伴う児童虐待のリスクも踏まえ、電話等で定期的に児童生徒の状況を把握すること(概ね1週間に1回以上)。

 児童虐待の防止等に関する法律では、学校等は「児童虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、児童虐待の早期発見に努めなければならない」(第5条)とある。しかし、だからといって、週1回以上は連絡せよとまでは、もちろん書いていない。

 今回の通知は、「学校が臨時休業中であっても最低限取り組むべき事項等についてまとめました」とある。最低限やるべきことについて、法が求める以上に細かく指示するのが、文科省の仕事なのだろうか。

 さらに申し上げると、新型コロナの感染は職員室でも起こり、広がるリスクもある。在宅勤務等を進めている自治体もある。今回の通知では「児童生徒への学習指導や児童生徒の心のケア等の最低限取り組むべき事項については、出勤しているか在宅勤務であるかを問わず、積極的かつ速やかに取り組むこと」と書いている。在宅勤務でうまく進められるのだろうか。個人の私用携帯を使えと言っているようにも聞こえるが、それでいいのだろうか。また、在宅勤務を躊躇する教育委員会、学校が増えないだろうか。

■オンラインでの連絡をのぞいて、かなりの学校ができることを進めている

 文科省調査によると、4月16日時点で休校中の自治体では、以下の取り組みを行っている(「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」)

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 「同時双方向型のオンラインシステムを通じた連絡」は5%と低調だが、家庭訪問、電話、一斉メール配信などはかなり比率は高い。もちろん、まだまだできることや工夫の余地はあるだろうし、時間対効果や優先順位をしっかり考えることが肝要だとは思うが、国からとやかく言われなくても、あるいは進行管理されなくても、すでに多くの学校等は、子どもたちの学びやケアを放置しているわけではない

 今回の文科省の通知は、たとえるなら、勉強しているのに、親から「勉強しなさい」としつこく言われる子どものようだ。この通知が最前線で頑張っている先生たちのモチベーションを下げないか、心配だ。

 もっとも、公立学校に対する保護者や生徒のニーズ、苛立ちも、深刻に受け止める必要があると思う。

 私立学校の一部では、オンラインでの授業や交流が既に盛んに行われているところもある。宿題プリントをわたすだけといった動きでは、授業料を返せという声が大きくなるからだろう。これに対して、公立の動きは鈍いところがあるのは確かだ。わたしも保護者のひとりとしても実感している。

 だが、国からあれやれ、これやれという通知文が出たところで、事態がすぐに改善するものではない。国の役割は、自治体や学校が直面している障壁を取り除けるように、制度や環境を整えることではないだろうか。このことは文科省の方もよく認識されてはいると思うが。

■緊急時だからこそ、現場の裁量を大きくせよ

 学校の働き方改革についての中教審(国の審議会)の答申では、こう書いている。

文部科学省内においては,今後学校へ新たな業務を付加するような制度改正等を行う際には,教育委員会の意向を踏まえつつ,学校の業務を増やさない,又は減らすようスクラップ・アンド・ビルドを原則とし,財務課との相談を経て実施する体制を徹底

 このことは、今回どうなっているのだろうか。教員の仕事や書類をまた増やすばかりで、ビルド&ビルドではないか。

 緊急時だから仕方がない?働き方とか言っている場合じゃないだろう?

 こういう意見もあると思う。だが、わたしの考えは逆だ。緊急時だからこそ、なおさら、必要な時間と人手は真に重要なところに割くべきである。だから、あまり重要ではないかもしれないことに、全国一律にあれやれ、これやれと細かく国が指定、指示することは、最低限であるべきで、抑制的であるべきと考える。

 これは、子どもたちに近いほうが優先順位の高いことを敏感に、的確に感じ取れているはず、というロジックから来ている。文科省のやるべきことは、to do リストを押しつけることではなく、現場の先生や行政職員が生き生きと工夫しやすくできるように、さまざまな事例を紹介したり、財政的な支援をして環境を整えたりすることだろう。

 あまりにもふがいない教育委員会や学校があるなら、そこは個別に文科省が調査するなり、助言をするなりすればよい話であって、全国一律に「最低限取り組むべき」などと通知を出せばよい、ということではない。

 わたしはこの記事を文科省憎しで書いているのではない。逆だ。期待しているからこそ、あまり重要性が高くないことに、貴重な時間と頭脳を使わないでほしいと思う。

 この通知の重大な問題点(矛盾と言ったほうがよいかもしれない)は、もうひとつある。長くなったので別の記事(後半)にしたい。

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◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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