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映画のヒットは、ソーシャルメディアが左右する時代へ〜映画興行収入2016発表〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
日本の映画興行推移(2001-2016)日本映画製作者連盟発表データより作成

2016年の興行収入では、日本映画がさらに洋画を突き放した

1月24日に、日本映画製作者連盟が2016年の映画興行収入の集計を発表した。全体で2355億円、そのうち邦画が1486億円で63.1%、洋画が869億円で36.9%。上のグラフからもわかる通り、全体として格段に伸びた上に、邦画が洋画に大きく水をあけている。もちろん、「君の名は。」と「シン・ゴジラ」が牽引役となり市場を引っ張った結果だ。

日本の映画興行市場はこの20年で大きく軸が動いた。90年代、邦画は洋画に押されて弱くなる一方だった。当時はハリウッド映画がデートムービーに選ばれ、邦画は「ダサい」「暗い」と言われて映画通しか見ないマニアックな存在だった。ところが98年に「踊る大捜査線」がドラマから映画化されて驚くべき大ヒットとなった。それ以降、徐々に邦画が浮上し、2000年代半ばに洋画と逆転したのだ。

2010年には「アバター」など3D映画が大ヒットして市場全体を2207億円にまで引き上げた。2011年は東日本大震災で沈んだが、その後は洋画が「アナと雪の女王」などで盛り返していた。2016年は洋画の追撃を、邦画が2作のメガヒットに引っ張られて突き放した年だったと言える。

「テレビ局映画」が興行の主役ではなくなった?

邦画が洋画を突き放した、と書くと、この十数年の傾向の延長線上の話のようだが、よく見るとまったく新しい動きでもあることがわかる。邦画が洋画を逆転した際の立役者は何と言ってもテレビ局だ。「踊る大捜査線」が典型だが、ドラマが映画になってヒットするようになり、また映画の製作委員会でテレビ局がイニシアチブを取ることが増え、そのメディアパワーを最大限に生かすことでヒットが生み出されていった。

決してテレビ局が気軽に映画界に乗り込んで変えたわけではなく、むしろいくつもの試行錯誤の結果だ。「踊る大捜査線」が成功したから一気に変わったわけではない。失敗もありつつ、挑戦を重ねて徐々に成果が出てきた。いつのまにか邦画も「ダサい」などと言われなくなり、洋画よりむしろデートムービーに選ばれるようになったのだ。

一方で2010年代になると「テレビ局映画」の手法が定型化してしまった感もある。今の若い映画ファンの間には「製作委員会方式」を毛嫌いする風潮があるが、それはどうやら「製作委員会方式=テレビ局映画」との思い込みから来たもののようだ。(実際にはテレビ局が関与しない製作委員会も多い)映画の公開日に出演者たちが一つの局の番組に朝から晩まで出てプロモーションするのに嫌気がさしているのだ。

2016年の大ヒット2作は、テレビ局が関与していない作品だった。「シン・ゴジラ」はゴジラ・シリーズの伝統として東宝の単独出資で製作されたし、「君の名は。」も東宝が幹事会社となって製作委員会が組まれ、テレビ局は参加していない。長年邦画の浮上をリードして来たテレビ局が、2016年にトップの座を明け渡した、と言えそうだ。

この2作の背景は、私の過去の記事で関係者にインタビューしているので、参照されたい。

東宝取締役・市川南氏へのインタビュー

「君の名は。」制作会社・川口典孝氏インタビュー

ツイッターが興行を牽引する時代になった?

2016年のヒットの傾向で重要なのが、ソーシャルメディアだ。もちろん、これまでも映画興行にとってソーシャルメディアは重要なコミュニケーションツールで、だからこそ各社はツイッターアカウントを立ち上げ、Facebookページの運営に血道を上げて来た。熱く濃いファンがいるアニメ作品やアイドル映画では、すでにツイッターによる動員が成功して来ただろう。

ただ、記録を塗り替えるような大きなヒットをもたらせる手法ではなかった。映画のツイッターアカウントに数千人のフォロワーがついたり、それによってバズったりしても、メジャー作品のヒットに必要な100万人単位の人間は動かせないと言われていた。興行収入10億円をめざすにしても、テレビスポットの力が必要だし、製作委員会にはテレビ局が参加して、番組を役者たちが回って宣伝してもらわないとならなかった。

ところが、「君の名は。」と「シン・ゴジラ」はどうやらソーシャルメディアがヒットをもたらしたといって良さそうなのだ。角川アスキー総研による、映画興行とツイート数の相関性を研究したデータがあるので、それをグラフ化したものをもらった。ここでみなさんに見てもらおう。

まず、「君の名は。」のグラフだ。青い線がツイート数、黄色いのが興行収入だ。それぞれ週間で集計して対比してある。

グラフ提供:角川アスキー総研
グラフ提供:角川アスキー総研

かなりはっきりと、連動しているのがわかる。今度は「シン・ゴジラ」のグラフも見てみよう。

グラフ提供:角川アスキー総研
グラフ提供:角川アスキー総研

ツイート数が増えると興行収入も伸びている。ツイッターが観客を劇場に呼ぶのに作用したと見てよさそうだ。

ただしこれはあくまで「状況証拠」である点には留意してほしい。興行収入が伸びて作品を見た人の数が増えたからツイート数も増えたのだと言われれば、元も子もないからだ。

ただ、どちらの作品も、1週目より2週目の方が興行収入が高い。この点は大きなポイントだ。映画興行は基本的に、公開週がピークでその後は下がっていく。だが2作ともその常識が当てはまらない。これは、1週目の口コミがあまりにスゴかったから、みんなそう言ってるのなら見にいこう、となったからだと考えられる。その口コミの場が、ソーシャルメディアだった。

これは実感としてもある。ツイッターやFacebookでこれほど多くの人が話題にした映画もなかった。ソーシャルメディアがビッグヒットを生み出すこともある、明らかな事例だと思う。それが、テレビ局映画がトップの座を明け渡した要因になっている点に、時代性を感じる。2016年は映画界にとって特別な年だったのだ。

ソーシャルメディアが興行を動かす時代になったことを、より鮮明に印象づけた映画がある。「この世界の片隅に」だ。これもグラフを見てもらいたい。

グラフ提供:角川アスキー総研
グラフ提供:角川アスキー総研

この作品はテレビスポットを打っていない。そしてテレビ番組でほとんど取り上げられていないのだ。規模は小さいが、この映画はヒットしてロングランが続き、公開館数が増えている。テレビの力はまったく抜きで、興行が大成功した。しかも、明らかにツイート数の盛り上がりの一週後で興行成績がぐんと伸びている。ツイッターが10億円以上の興行収入をもたらした、明らかな事例となった。

この映画についてもインタビューがあるので参照されたい。

プロデューサー・真木太郎氏へのインタビュー

映画館に人が戻ったのは、若者の動員?

日本映画製作者連盟のデータによると、興行収入とともに入場者の人数も1億6600万人から1億8000万人へと大きく増えている。「君の名は。」を公開翌週に見に行った時、劇場が若い人たちで埋め尽くされていて圧倒された。そんな光景はなかなかない。

「壁ドン映画」と、揶揄されて呼ばれるジャンルの映画がある。少女漫画を原作にした、イケメン男優と旬の女優との恋愛を描いたもので、ステロタイプ化されている。ほんの数名の役者の組み合わせ違いのようなキャスティングで、設定も「記憶を失う」「時間を繰り返す」など似たものが多い。イケメン男優が必ず壁ドンする、というイメージがある。映画が好きなファンほど露骨にバカにしており、私も注目外だった。だが「君の名は。」を上映する映画館で私は、「ああ、壁ドン映画はこの子たちに必要だったんだ」と痛感した。

何しろ、今のテレビでは若者の恋愛が描かれない。恋愛するのは中年の女性であり、夫のいる女性の不倫だったりする。ごくごく普通の女の子が自己同一化できる恋愛ドラマをテレビは作らなくなってしまった。唯一、フジテレビの月9だけだ。

「君の名は。」は、そして一連の壁ドン映画は、若者たちに「映画っていいもんだね」との実感をもたらしたのではないだろうか。

このテーマについては、現状何のデータもなく書いている、「なんとなく思うこと」でしかないので、そのうちデータを調べてきちんと書きたいと思う。だがとにかく、映画はターニングポイントなのだと思う。いま映画館で、新しい何かが起こっているのだ。その奥にあるものを、見極めたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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