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効果が出ない緊急事態宣言。新型コロナ感染拡大を防ぐ手立てのない政府が、感染抑制の責任を負えるのか?

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
緊急事態宣言発令に際し、記者会見に臨む菅義偉首相と尾身茂新型コロナ対策分科会長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

8月2日から31日まで、大阪府、埼玉県、千葉県、神奈川県に緊急事態宣言が発令され、これに合わせて既に発令されている東京都と沖縄県の緊急事態宣言を8月31日まで期間を延長することとなった。

政府は、世論や感染症専門家に迫られたこともあって、感染が拡大する都府県に緊急事態宣言を発令した。菅義偉首相として、率先して発令したかったわけではなかったのは明らかだろう。

もちろん、この発令が感染抑制に功を奏せばよいのだが、今のところ、先に発令されていた東京都と沖縄県では、緊急事態宣言が発令された後も、新型コロナの新規感染者数が過去最高を記録している。

政府には、緊急事態宣言を発令する以上に、感染抑制に効果的な手立てを持っていない。宣言発令地域で、休業要請などの規制を行う権限を持っているのは、政府ではなく、都道府県知事である。

それでいて、尾身茂新型コロナ対策分科会長は、「今の危機感がまだ共有されていない」というが、危機感を共有してもらう強力な手段を、政府は持っていないのだから、のれんに腕押しである。政府が呼びかけるだけで、感染「第5波」で新規感染者の多数を占める30代以下の人たちが危機感を共有してくれているなら、今頃こんなに新規感染者は増えていないだろう。

緊急事態宣言を巡っては、政府(菅政権)と感染症専門家をはじめとする医療界と都道府県知事との間に、それぞれ異なった思惑が交錯しており、事態を悪化させている。

政権・医療界・知事の思惑

政府(菅政権)と医療界と都道府県知事の、現時点での思惑の違いをまとめると、次の表のようになろう。

菅政権と医療界と知事の思惑の違い
菅政権と医療界と知事の思惑の違い

政府(菅政権)は、ワクチン接種が進んでいることから、感染が多少拡大しても重症者や死亡者が増えなければ、経済活動の制限はできるだけ緩和したいと考えている。

もちろん、感染者が多少増えても医療が逼迫しないようにするためには、新型コロナ患者に対応ができる病床(コロナ病床)を十分に確保することが必要だから、コロナ病床の確保を支援している(そのために、相当な予算を確保している)。

感染症専門家をはじめとする医療界は、緊急事態宣言を早めに出して人流抑制を徹底することで、新規感染者を徹底的に減らすべきと考えている。そのためなら、経済活動が抑えられてもやむを得ない。

他方で、コロナ病床の確保に非協力な医療機関があることは事実で、非協力な医療機関に対して国民からの批判の矛先が向くことを恐れている。

緊急事態宣言の発令を強く主張する背景に、人流が抑制できれば、コロナ病床の数が多くなくとも支障がないと思われるように仕向けたいという本音があることは、隠すことはできない。

新型コロナ患者が増えると医療に負荷がかかるから、感染抑止に注力すべきという医療界の主張は、至極当然だ。ただ、もし患者が増えてもそれに応じられる医療提供体制があるなら、「危機感」は生じない。なぜなら、新型コロナ以外の既存の疾病で患者が急増しても、「危機感」という言葉は用いないからである。

にもかかわらず、「危機感」と言うのは、患者が増えたらそれに応じられる医療提供体制が構えられない実態がある。つまり、人口当たり世界最多の病床がわが国にありながら、コロナ病床を増やそうにも十分に増やせないのが実態である。そこには、コロナ病床を増やすよう協力を求めてもそれに応じない医療機関がある。

医療提供体制に権限を持つ都道府県知事は、コロナ病床が確保できなければ、第一義的にはその責を負わなければならないが、その批判の矛先が知事に来ないように腐心している。

ただ、知事は、医療機関、特に民間病院にコロナ病床を増やすよう強制できなくはないが、強制する権限という「伝家の宝刀」を行使すると、後々地元の医療界との関係でしこりを残すことを心配している。

だから、コロナ病床確保のためには、依然として、医療機関に(強制ではなく)協力を要請する姿勢を維持している。そうなると、コロナ病床の確保は、不十分にしかできない(感染が拡大したら、コロナ病床に余裕がある状態を維持できない)。

コロナ病床を確保するために、強制力を行使せず協力の要請しかしないなら、緊急事態宣言の発令が必要になる。緊急事態宣言の発令は、政府にしかできない。政府が緊急事態宣言を発令したのだから、それに従って、都道府県は、コロナ病床確保に協力して欲しいと医療機関に要請しやすくなるという構図である。

このような思惑の違いがあっては、感染拡大を防ぐのも容易ではない。

政府は、感染抑制に効果的な手立てを、実は持っていない

加えて、政府には、宣言を発令した以上に、感染抑制のために残された手立ては外出自粛などを呼びかけるぐらいしかない。

東京オリンピックの開催が、新規感染者を増やすのを助長しているから、東京オリンピックを中止すればよいとの見方もあるが、それを裏付ける科学的根拠は、本稿執筆時点では存在しない。むやみに、感染拡大を東京オリンピックのせいにしても、問題の解決にはならない。

宣言発令までは政府の権限だが、発令地域での感染抑制に実効性のある手段を持つのは都道府県知事である。こうした国と都道府県が持つ権限のミスマッチも、感染拡大が防ぎ切れていない一因にもなっている。

7月30日の記者会見で、菅義偉首相は、感染の波が止められなかったら総理の職を辞する覚悟はあるかとの旨記者から問われたが、宣言発令以上に、そもそも感染抑制に実効性のある手段を政府は持っていないのだから、責任を負いようがない。

それなのに、なぜ政府は、緊急事態宣言を発令して、活動自粛を要請することに舵を切ったのか。

それは、

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慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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