シリアの「空」(Sama)は誰のものか?:執拗に爆撃を続ける諸外国のドローン
平和と安定を謳歌していない「空」
映画「娘は戦場で生まれた」(For Sama、2019年)は「空」がキーワードになっている。シリア軍とロシア軍による爆撃で奪われた自由や尊厳を象徴するのが「空」であり、自らカメラを手にして惨状を記録しようとした監督が、平和への願いを込めて、授かった娘につけた名もアラビア語で「空」を意味する「サマー」だった。
映画の舞台となったシリア第2の都市であるアレッポ市は、シリア軍とロシア軍の激しい攻勢を前にアレッポ軍の名で糾合していた武装勢力(シリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(当時の呼称はシャーム・ファトフ戦線)と自由シリア軍を自称する武装集団の連合体)と、その武力の傘のもとで革命の成就を夢想していた活動家らが退去し、大きな犠牲と破壊という代償を払いながらも、2016年12月に静かな空を取り戻した。
だが、シリア全土を見渡すと、その空は平和や安定を謳歌していない。11月を振り返っただけでも、1カ月のうち24日も爆撃が確認されたからだ。
ロシア軍とシリア軍の爆撃
「娘は戦場で生まれた」のシーンからの類推で、シリア軍とロシア軍の戦闘機・ヘリコプターが無垢な市民に対して爆撃を続けていると考えるかもしれない。むろん、こうしたイメージに合致する爆撃が行われたことも事実ではある。
英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、ロシア軍は、この1カ月で実に17日も爆撃を実施した。
このうち16日(11月2、4、11、14、15、16、17、19、22、23、24、25、26、27、29、30日)は、ダイル・ザウル県、ラッカ県、ハマー県、ヒムス県、アレッポ県の砂漠地帯で潜伏を続けるイスラーム国の残党を標的とした爆撃で、5日(11月6、15、17、22、25日)がシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する反体制派が支配するイドリブ県中北部やその周辺地域に対する爆撃で、反体制系サイトのMMCなどによると、反体制派支配地への爆撃で市民9人が死亡した。これに対して、シリア軍は1回も爆撃を実施しなかった。
だが、注目すべきはシリア軍とロシア軍ではない。「娘は戦場で生まれた」からは想像もつかない国々が、血の通っていない無人航空機(ドローン)を多用して、執拗に爆撃を続けているのだ。
タンフ国境通行所への攻撃に対する報復
その筆頭に挙げられるのが米国だとされる。
シリア人権監視団によると、シリア南東部のダイル・ザウル県では11月9日、イラクとの国境に近いバーグーズ村に面するユーフラテス川西岸のシリア政府支配地上空に所属不明のドローンが飛来し、爆撃を実施した。
バーグーズ村というと、シリア国内におけるイスラーム国最後の支配地で、2019年3月末に、米主導の有志連合の支援を受けるシリア民主軍がこれを制圧、現在はダイル・ザウル民政評議会を名乗る組織の支配下に置かれている。
シリア民主軍はクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする武装連合体、ダイル・ザウル民政評議会はPYDが主導する自治政体である北・東シリア自治局の傘下組織である。
なお、バーグーズ村をめぐっては、『ニューヨーク・タイムズ』紙(11月13日付)が、2019年3月18日の米軍による同地への爆撃で、女性と子供を含む70人以上が死亡していたにもかかわらず、国防総省がこれを隠蔽していると伝え、話題となっていた。
所属不明のドローンはまた、11月9日深夜から翌10日未明にかけてイラクとの国境通行所が設置されているシリア政府支配下のブーカマール市上空に飛来し、「イランの民兵」の拠点複数カ所と武器弾薬庫複数棟を爆撃した。シリア人権監視団が複数の消息筋から得た情報によると、この爆撃でシリア人3人と国籍不明の4人が死亡した。
「イラクの民兵」とは、イラン・イスラーム革命防衛隊(そしてその精鋭部隊であるゴドス軍団)、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラク人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団、パレスチナ人民兵組織のクドス旅団などを指す。ダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸や県南部の砂漠地帯などで活動しているとされている。
11月15日にも、所属不明のドローン1機が2度にわたり飛来し爆撃を行い、8回の爆発が発生した。
この爆撃を行ったドローンの所属は特定されていない。だが『ニューヨーク・タイムズ』(11月18日付)は、これらの爆撃に関して、10月20日にヒムス県南東部のタンフ国境通行所に設置されている米軍基地が「イランの民兵」所属とされるドローンの爆撃を受けたことへの報復だと伝えた。
参考記事
■シリアで暴力の連鎖が再発か?:ダマスカスでテロ、シリア軍とトルコ軍の攻撃激化、米軍基地にドローン攻撃
■「イランの民兵」と思われるドローンが米軍が違法に駐留するシリア南東部のタンフ国境通行所を再び攻撃
爆撃の応酬
しかし、こうした報復が奏功したようには思えない。11月17日深夜から18日未明にかけて、タンフ国境通行所に設置されている米軍基地が再び所属不明のドローンの攻撃を受けたからだ。
2度目の攻撃を受けて、所属不明のドローンによる爆撃も続いた。11月19日にはブーカマール市近郊にドローンが飛来し、同地で複数回にわたる大きな爆発が発生した。
11月26日深夜から27日未明には、ブーカマール市上空に所属不明のドローン1機が飛来し、その直後同市各所で激しい爆発が発生した。シリア人権監視団によると、爆撃は、ブーカマール市内のサルビー地区にあるイラク人民動員隊の拠点複数カ所に対して行われ、ヒズブッラー大隊、サイイド・シュハダー大隊の戦闘員多数が死傷した。
また11月27日には、所属不明の別のドローン1機がブーカマール市近郊のスワイイーヤ村、スッカリーヤ村を5回にわたって爆撃し、パキスタン人1人とイラク人1人を含む4人が死亡した。
さらに11月28日には、ブーカマール市近郊にドローン複数機が飛来し、「イランの民兵」の車列を爆撃した。シリア人権監視団によると、爆撃時に、「イランの民兵」の車列がラッカ県からダイル・ザウル県マヤーディーン市近郊のシャラビー遺跡群一帯方面に、中距離ミサイルなどの武器、弾薬を輸送していたという。
なお、米軍は11月24日、タンフ国境通行所の基地から基地西方から長距離ミサイル4発を発射した。だが、ミサイルの着弾地点は不明で、「イランの民兵」を狙ったのか、イスラーム国を狙ったのかも不明である。
続くイスラエルの侵犯行為
イスラエル軍もシリアの空を蹂躙し続けた。
11月8日午後7時16分、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルート北の領空を侵犯し、同上空から、シリア沿岸部および中部に対してミサイル攻撃を発射した。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、シリア軍防空部隊が迎撃し、そのほとんどを撃破するも、兵士2人が負傷、若干の物的被害が出た。
11月24日には、イスラエル軍が再びレバノン領空を侵犯し、レバノンの首都ベイルート北東方面からシリア中部各所に対してミサイル多数を発射した。SANAによると、シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、そのほとんどを撃破したものの、民間人2人が死亡、兵士6人と民間人1人が負傷した。シリア人権監視団によると、レバノンのヒズブッラーを支持する民兵2人(国籍は不明)、シリア軍兵士3人(うち2人は私服組)が死亡したという。
トルコ軍による爆撃
トルコ軍もまた、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあり、シリア民主軍が各地に展開するシリア北部でドローンによる爆撃を敢行した。
SANAによると、トルコ軍は11月1日、トルコの占領下にあるタッル・アブヤド市の西に位置するビール・アラブ村の住宅地に向かってドローンで複数回の爆撃を行った。
また11月9日には、カーミシュリー市西のハラーリーヤ地区で民生用のピックアップ・トラック1台を爆撃した。PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、この爆撃で車は大破し、乗っていた住民3人が死亡した。シリア人権監視団によると、攻撃はシリア民主軍司令部の顧問を狙ったものだったが、この顧問は車には乗っておらず、彼の祖父、兄弟、そして親族が犠牲となったという。
トルコ占領地の爆撃
その一方で、トルコの占領地でも爆撃が確認された。
11月7日、「ユーフラテスの盾」地域と呼ばれるトルコ占領地の拠点都市の一つであるアレッポ県のジャラーブルス市で、米主導の有志連合所属と思われるドローンが車1台に対してミサイル攻撃を行い、イスラーム国の司令官1人を殺害、1人を負傷させた。
また、11月11日にもジャラーブルス市に近いマジュルーバ村をドローンが爆撃した。
なお、同様の攻撃は10月22日にも行われていた。米中央軍(CENTCOM)によると、この攻撃では、米軍のMQ-9リーパーがトルコ占領下のラッカ県スルーク町近郊を攻撃し、アル=カーイダの幹部の1人アブドゥルハミード・マタルを殺害していた。
シリア人権監視団によると、マタルは最近になってトルコの支援を受け、トルコ占領地で活動するシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)に所属する東部自由人連合に参加していたという。この組織はダイル・ザウル県出身のイスラーム国の元メンバーを擁していることで知られている。
また、英空軍も11月27日に声明を出し、MQ-9Aリーパー1機が10月25日にトルコ占領下のハサカ県ラアス・アイン市近郊でイスラーム国の司令官を狙って攻撃を実施し、これを殺害したと発表している。
ドキュメンタリーかプロパガンダか?
2021年11月1日から30日までの1カ月のうち24日にわたって爆撃が行われた。冒頭で述べた通り、ロシア軍は17日にわたってイスラーム国や反体制派を爆撃した。シリア軍は1度も爆撃を行わなかった。米主導の有志連合所属の(あるいはそうだと考えられる)ドローンは8日、イスラエル軍は2日、トルコ軍は2日、「イランの民兵」所属とされるドローンは1日、爆撃を行った。
これが、映画「娘は戦場で生まれた」からは想像もつかないシリアの今の「空」である。11月にシリアで実施された爆撃のどれを見ても、そこには自由、尊厳、平和といった大義はない。
映画が焦点を当てているシリア軍とロシア軍の爆撃は筆舌に尽くしがたいものであり、非難を免れない。だが、それだけで話を完結させてはならない。紛争の一部分だけを切り取って理解し、今もシリアの「空」で続けられている一部紛争当事者の過ちから目を逸らすのであれば、それは映画「娘は戦場で生まれた」が観る者に投げかけているメッセージを陳腐なプロパガンダに貶めることに等しい。