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シリアのイドリブ県でトルコへの不満が高まるなか、トルコ軍は基地に侵入しようとした女性1人を射殺

青山弘之東京外国語大学 教授
トルコ軍基地前での抗議デモ(Idlib Post、2020年9月11日)

トルコ軍が女性1人を射殺

シリア北西部のイドリブ県では、STEP NewsAlsouriaXeber 24などのニュース・サイトが伝えたところによると、イドリブ市の南に位置するマストゥーマ村で9月17日、トルコ軍が女性1人を射殺した。

女性は40歳代で、爆弾ベルトを装着し、トルコ軍部隊が基地として転用していたバアス前衛基地の正門から施設内に侵入し、カラシニコフ銃を乱射しようとした。だが、これに気づいたトルコ軍兵士が、女性に向けて発砲、女性は正門にたどり着く前に射殺された。即死だったという。

遺体は、トルコ軍が回収し、いったん基地内に運び込んだ後、トルコの支援を受ける国民解放戦線(国民軍)を主導するシャーム軍団によって引き取られた。

募るトルコへの不満

マストゥーマ村のバアス前衛基地は、イドリブ県を中心とする反体制派のいわゆる「解放区」内におけるトルコ軍の最大拠点。イドリブ市とM4高速道路を結ぶ街道沿いに位置し、兵士300人以上が駐留し、重火器数十門が配備されている。

トルコは、停戦監視を名目に「解放区」内の72カ所に監視所や拠点を設置し、シャーム解放機構や国民解放戦線の「盾」となって、これを支援している。

トルコは、3月5日のロシアとの停戦合意に従い、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路の安全を確保するため、ロシア軍と合同パトロールを実施するなどの取り組みを行っている。シャーム解放機構や国民解放戦線はこうした取り組みに理解を示しているとされるが、新興のアル=カーイダであるフッラース・ディーン機構や中国新疆ウィグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党は拒否の姿勢を示している。

また8月に入ると、ハッターブ・シーシャーニー大隊、アンサール・アビー・バクル・スィッディーク中隊を名乗る新たな武装集団が、ロシア軍だけでなく、トルコ軍を狙った攻撃を行うようになっていた(「シリアで続くドローン戦争:ロシア、トルコ、米国、反体制派の乱戦」「シリアのイドリブ県で「ハッターブ・シーシャーニー大隊」を名乗るグループがロシア軍を襲撃」「「シリア革命」継続を訴えるデモが誰の目にも触れず続けられる中、イドリブ県でトルコ軍拠点が襲撃を受ける」「シリアのイドリブ県でロシア・トルコ両軍を狙う新たな武装グループとは何者なのか?」を参照)。両組織の正体は明らかではないが、アンサール・アビー・バクル・スィッディーク中隊は、声明文のアラビア語を読む限り、文法的なミスは散見されず、またコーランの引用以外の宗教的な修辞も控え目であることから、比較的世俗的なシリア人を主体としているものと思われる。

トルコに誓約を守るよう迫るデモ

なお、「解放区」の拠点都市であるイドリブ市やサルマダー市では9月11日、「革命は死なず」と銘打った抗議デモが行われ、体制打倒や逮捕者釈放などが訴えられた。

マストゥーマ村でも、バアス前衛基地前で住民が抗議デモを行い、トルコ軍に対して誓約を守るよう訴えた。誓約とは、2月から3月の戦闘でシリア・ロシア軍が制圧したイドリブ県南部の奪還と、同地からの避難を余儀なくされた住民の帰還である。

こうした要求に対して、トルコが誠意をもって対応しているとは言えず、9月15日夜には、ビンニシュ市に駐留するトルコ軍部隊が、農地で一般車輌に向けて発砲し、乗っていた住民1人を負傷させるといった事件が発生している。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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