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シリアのイドリブ県でロシア・トルコ両軍を狙う新たな武装グループとは何者なのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
Sham Times、2020年8月29日

ロシアとトルコがイドリブ県で初の合同軍事演習

シリア北西部のイドリブ県中北部、ラタキア県東部、ハマー県北部、アレッポ県西部から緊張緩和地帯(第1ゾーン)で、ロシア・トルコが停戦合意(3月5日)を交わしてから178日目となる8月31日、両軍が同地で初となる合同軍事演習を行った。

ラタキア県フマイミーム航空基地のシリア駐留ロシア軍司令部に設置された当事者和解調整センターのアレキサンデル・グリンキェヴィチセンター長(海軍少将)が9月1日に発表した声明によると、合同軍事演習は、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路の沿線に位置するイドリブ県タルナバ村一帯で実施され、ロシア軍憲兵隊とトルコ軍部隊が参加した。

演習の内容は、「和解を拒否する武装集団に所属する破壊分子に対する合同射撃作戦、被害を受けた軍事装備の撤去、負傷者への医療支援」など多岐に及んだという。

「和解を拒否する武装集団」とは、シリア内戦の解決を目指す停戦・和平プロセスの枠組みに沿って分類される反体制派のこと。

ロシアと米国を共同議長国とした国連主催のジュネーブ会議、ロシア、トルコ、イランが保証国となったアスタナ会議、そしてロシアのイニシアチブのもとに会議を融合した現行のソチ会議(ないしはソチ・プロセス)では、国連安保理決議第2254号(2015年12月18日)に基づいて、反体制派を「合法的な反体制派」と「テロリスト」に峻別し、前者とシリア政府を和解させ、移行期を推し進める一方、後者を「テロとの戦い」で撲滅することがめざされている。

「和解を拒否する武装集団」とは、停戦・和平プロセスの当事者が「テロリスト」とみなす勢力を指している。

M4高速道路沿線で頻発するロシア・トルコ軍を狙った攻撃

当事者和解調整センターのグリンキェヴィチ・センター長は、「演習はイドリブ県のM4高速道路でロシア・トルコ両軍が緊張緩和のために実施している合同パトロールの安全を確保する」と付言し、声明を締めくくっている。

このことは、ロシアとトルコが最近になってM4高速道路で頻発するようになった爆破や攻撃に苦慮していることを示すものだ。

両国は3月5日の停戦に際して、M4高速道路の安全を確保することを合意、タルナバ村からラタキア県のアイン・フール村にいたる区間で合同パトロールを実施してきた。また、M4高速道路沿線を支配下に置く反体制派に対しては、トルコがロシアとの合意に従うよう説得した。

反体制派を主導するのは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャーム解放戦線)だ。彼らは当初、M4高速道路にロシア軍が入ることに異議を唱えた。だが、トルコの要請に応じて、沿線から部隊を撤退させた。

最近になって、無名の新たな武装グループが、ロシア軍だけでなく、トルコ軍を標的とするようになっている。

8月17日にロシア・トルコ軍合同パトロール部隊が、アリーハー市とムサイビーン村を結ぶ区間で、RPG弾による攻撃を受けて、トルコ軍装甲車1輌が大破した(「シリアで続くドローン戦争:ロシア、トルコ、米国、反体制派の乱戦」を参照)。

また、8月25日には、アウラム・ジャウズ村近くで合同部隊がRPG弾の攻撃を受け、ロシア軍装甲車1輌が大破、兵士2人が負傷した(「シリアのイドリブ県で「ハッターブ・シーシャーニー大隊」を名乗るグループがロシア軍を襲撃」を参照)。

さらに、8月28日には、ジスル・シュグール市の南に位置するサッラト・ズフール村で、トルコ軍の拠点を狙った攻撃が行われ、拠点の警備にあたっていた国民解放戦線(国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)所属のシャーム軍団の戦闘員や住民多数が負傷した(「「シリア革命」継続を訴えるデモが誰の目にも触れず続けられる中、イドリブ県でトルコ軍拠点が襲撃を受ける」を参照)。

自由シリア軍、アル=カーイダに代わる新たな看板

17日と25日の攻撃は「ハッターブ・シーシャーニー大隊」を名乗るグループが関与を認める声明を出す一方、28日の攻撃への犯行声明は出されていなかった。

だが、9月1日、「アンサール・アビー・バクル・スィッディーク中隊」を名乗るグループがSNSを通じて声明を出し、トルコ軍拠点襲撃への関与を認めた。

Step News、2020年9月1日
Step News、2020年9月1日

このグループは声明のなかで、「サッラト・ズフール・アーシューラー作戦」と銘打って襲撃を敢行し、アブー・スライマーン・アンサーリーなる人物が爆弾を積んだ車を運転して特攻し、「NATOのトルコ軍と護衛をしていた偶像崇拝者軍の兵士数十人を殺傷した」と主張した。

「ハッターブ・シーシャーニー大隊」も「アンサール・アビー・バクル・スィッディーク中隊」も、その正体は謎である。だが、声明文のアラビア語を読む限り、文法的なミスは散見されず、またコーランの引用以外の宗教的な修辞も控え目であることから、比較的世俗的なシリア人を主体としているものと思われる。

「アーシューラー作戦」という作戦名ゆえに、シーア派(12イマーム派)とのつながりを感じさせ、シリア軍、あるいは「イランの民兵」に嫌疑の目が向けられるかもしれない。

だが、イドリブ県において、トルコ(そしてロシア)にもっとも強い反感を抱いているのは、梯子を外されようとしている反体制派内の主戦派であり、彼らの一部が、「自由シリア軍」や「アル=カーイダ」といった看板を捨て、元の主であるトルコに反旗を翻そうとしていると見ることができる。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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