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安倍前総理が原発新増設の旗振り役になったという「お笑い」

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(578)

卯月某日

 菅総理が日米首脳会談を終えて帰国した翌日、自民党では原発の必要性を訴える「最新型原子力リプレース推進議員連盟」が会合を開き、安倍前総理を最高顧問にして発信力を高めていく方針を確認した。

 この議連は菅総理が訪米する3日前の4月12日に設立された。東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故後、原発再稼働が困難な状況にある中、原発の新増設や新型の原子炉への建て替え(リプレース)を推進する議員の集まりである。

 会長には「安倍チルドレン」と呼ばれた稲田朋美元政調会長が就任し、顧問には安倍前総理の他、甘利明、細田博之、額賀福志郎衆議院議員ら自民党の重鎮が顔を並べた。その議連が日米首脳会談後に素早く動いたのは、菅総理とバイデン大統領との間で交わされた日米共同声明の内容と無関係ではない。

 日米首脳会談のニュースでは「台湾」ばかりが取り上げられるが、バイデン政権が力を入れる気候変動問題で、日米両国は「日米気候パートナーシップ」を創設することで一致した。その中に「クリーンエネルギーの技術及びイノベーション」として、再生可能エネルギーや蓄電池技術などと並び「革新的原子力分野での協力を強化する」方針が謳われたのである。

 革新的原子力分野とは「小型原子炉」のことを言う。小型原子炉はこれまでの大型原子炉と違い、体積に比べて表面積が大きいため冷めやすい。これまでは水で冷やさなければならなかった原子炉が自然に冷めてくれるという。

 福島第一原子力発電所の事故は、電源が喪失したため水で冷やせなくなり、メルトダウンが起きた。しかし小型原子炉にはその恐れがなく、自然冷却が可能なので安全だという。また小型になればメンテナンスしやすく経済コストもかからない。

 さらに大型原子炉は現地で建設しなければならないが、小型原子炉だとある程度のところまで工場で生産し、それを組み立てて現地に輸送し、設置することが可能になる。それも経済コストを下げるため、安全で安上がりな原子炉が実現するというのだ。

 米国では2027年までに小型原子炉を運転できるようにする予定で、その支援策が準備されていると言われる。問題は再生可能エネルギーとのコスト競争だ。風力や太陽光の再生エネルギーによる発電コストは急速に低下しつつあると言われ、その競争に勝てなければ小型原子炉が実現する道はなくなる。

 バイデン大統領は昨年の大統領予備選挙で、民主党左派が支援するバーニー・サンダース候補と熾烈な選挙戦を演じた。サンダースの気候変動問題に対する姿勢は極めて大胆である。16兆ドル以上を投資して、10年以内に米国の電力部門や運輸部門から、温室効果ガスの排出をすべてなくす「グリーン・ニューディール」を掲げている。

 1929年の大恐慌から米国社会を救うため、フランクリン・ルーズベルト大統領が実施した「ニュー・ディール」政策は、政府が道路やダムの建設など公共事業に資金を投入することで、労働者の雇用を作り出し、経済の活性化を図ったが、サンダースはそれを真似てグリーン部門に巨額の資金を投入し、それによって2000万人の雇用を確保できると主張する。

 しかし同じく「グリーン・ニューディール」を掲げたオバマ政権は、太陽光パネルメーカーなどに巨額の金融支援を行い、500万人の雇用を実現すると主張したが、中国製の安価な製品に敗れ、悲惨な失敗に終わった。再生可能エネルギーの分野で中国はすでに米国より優位に立っているのである。

 そのためバイデン政権はより現実的な路線を採り、サンダースの主張に接近はするものの、反原発を主張するサンダースとは異なり、革新的原子力技術を活用した原発の建設を重要な選択肢と位置付けている。

 菅総理は昨年9月に就任したが、米国の大統領選挙が決着する前の10月に、所信表明演説で「2050年カーボン・ニュートラル」を政権の重要課題に掲げた。それは大統領選挙をバイデンの勝利と読み、バイデンより先に「脱炭素」の方針を打ち出すことで、日米関係の強化を狙ったものとフーテンには思えた。

 米国は1979年のスリーマイル島原発事故以来、国民の反対運動で新規原発の建設はできなくなった。それを変えたのはブッシュ(子)大統領である。「2005年エネルギー政策法」で原発再開への道を拓き、次のオバマ政権もその方針を踏襲した。

 ところが2011年の福島原発事故で目算が狂う。米国の原発建設計画は次々に中止に追い込まれた。一方で中国は原発の分野でも新たな技術を獲得しようと動いている。それを見過ごせば、世界の覇権を握るために必要なエネルギー分野で、米国は中国に追い抜かれる。バイデン政権が原子力を選択肢にする背景には、そうした思惑があるものとみられる。

 従って菅総理は日米首脳会談で、気候変動問題での日米協力の中に「革新的原子力分野での協力」が盛り込まれることは予想していたはずだ。すると訪米3日前の12日に、安倍前総理の復権を支えるかのような「最新型原子力リプレース議員連盟」が発足した。

 その少し前の4月7日、菅総理は全漁連の岸宏会長と会談し、福島原発から出る「処理水」を海洋放出する方針を明らかにした。岸会長が反対を明言したにもかかわらず、訪米2日前の13日には関係閣僚会議を開き、海への放出処分を正式に決定する。

 すると中国、韓国、ロシアが反発した。中国外務省の報道官は「周辺国との十分な協議の上で、慎重に処理方法を決めるべきだ」と言い、韓国では公共放送KBSが「納得しがたい」と伝え、ロシア外務省の報道官も「近隣諸国との協議が必要と考えなかったことは残念」と述べた。

 一方、米国だけはこの決定を素早く支持した。ブリンケン国務長官は「放出決定のための透明性ある努力に感謝する」とツイートした。まるで米国と事前調整したかのような反応である。日本の国内問題なのに、しかも日本国内では唐突な決定と思われているのに、米国の反応には首を傾げさせるものがあった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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