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自民党全敗とメディアが報ずる選挙結果は菅総理にとって勝利を意味する

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(579)

卯月某日

 菅政権が誕生して初の国政選挙となる衆議院北海道2区と参議院長野選挙区の補欠選挙、そして参議院広島選挙区の再選挙で、いずれも野党の推す候補が当選し、自民党は全てで敗れた。メディアは菅政権に厳しい審判が下されたと報道するが、この結果が本当に菅政権を厳しい状況に追い込んだのか、フーテンは疑問である。

 候補者を擁立しなかった衆議院北海道2区を含め、すべての選挙区で自民党が敗れたことは事実である。だがそれは野党の勝利を意味しない。自民党は敗れたが野党は勝利していない。そして菅総理はまったく傷ついていない。それがフーテンの見方である。

 有権者は「政治とカネ」の問題や相次ぐスキャンダルで自民党にお灸をすえた。だが野党政権の誕生に期待を寄せたわけではない。そして自民党の「政治とカネ」や相次ぐスキャンダルの背景には、菅―二階連合と安倍―麻生連合の自民党内権力闘争があり、政権を打倒する目的で野党が暴露したものではない。

 例えば参議院広島選挙区の結果は、安倍―麻生連合が総裁候補に温存しておきたかった岸田文雄前政調会長に致命的打撃を与えた。菅―二階連合にとっては有力な対抗馬が弱体化したことで、菅総理延命に役立つ結果になった。

 また参議院長野選挙区の選挙では、立憲民主党の羽田次郎候補が共産党と結んだ政策協定に国民民主党が反発するなど、野党共闘が一筋縄ではいかない実態を浮き彫りにした。こうした問題が解決されない限り、次の総選挙で野党が自公政権を過半数割れに追い込むことなどできない。

 コロナ蔓延がある限り、自民党内から「菅おろし」の声を上げることはできないとフーテンは思う。コロナ対策に全力を挙げ、東京五輪を迎えようとしている政権の足を引っ張れば、引っ張った方が糾弾される。だからこの選挙結果で「菅おろし」が始まる気配はない。

 菅総理は次の総選挙で自民党の議席をある程度減らしながら、それでも「菅おろし」を起こさせず、自民党総裁任期を無投票で延長させる可能性を手にしたというのがフーテンの見方である。なぜそう考えるのかを説明する。

 今回の3つの選挙は、まず北海道2区選出の吉川貴盛衆議院議員が広島県の鶏卵業者から大臣在任中に現金を受け取った疑惑から始まる。吉川議員は昨年12月21日に議員辞職し、その6日後に立憲民主党の羽田雄一郎参議院議員が新型コロナウイルスに感染して死亡した。そのため4月25日に2つの補欠選挙が行われることになった。

 自民党は北海道2区の補欠選挙に候補者を立てない方針を打ち出す。立てれば「政治とカネ」の問題に焦点が当たり、落選する可能性が大きいことと、自民党全体の印象を悪くする恐れがあった。それに秋までには再び衆議院選挙が行われるため、ここを不戦敗にして次の衆議院選挙で勝つことにした。

 今回の結果で立憲民主党の松木謙公氏は5万9千票余りを獲得して当選した。一方、落選した保守系2人の候補と維新の候補の票数を足せば6万5千票余りになる。候補を1本化すれば、次の選挙で自民党が勝つ可能性はある。従って不戦敗にしたことは次の選挙で勝利するための戦術とみることができる。

 もう一つの長野県は、「羽田王国」と言っても良いほど、羽田元総理の影響力が残っているところである。だから参議院長野選挙区で負けることは自民党にとって致し方ない。しかも現職議員の急死による選挙に遺族が出馬すれば自民党に勝てる見込みはなく、菅政権に対する批判とは無関係だ。むしろこの選挙で野党共闘のゴタゴタが見えたことが自民党にとってはメリットだった。

 もともとは1敗1不戦敗の結果が予想されていた。そこに河井案里氏を議員辞職させて、同じ4月25日に参議院広島選挙区の再選挙をぶつけたのは自民党である。広島県は池田勇人元総理や宮澤喜一元総理を生んだ自民党宏池会の牙城である。だから必ず勝てるはずだと言われ、自民党は1勝1敗1不戦敗を狙っていると考えられた。

 従って今回の注目選挙区は何と言っても広島だった。そして必勝を託されたのが自民党広島県連会長の岸田文雄氏である。その岸田文雄氏は安倍前総理が政権を禅譲しようとしていた政治家だ。つまり総理の座が確実視されていた人物である。

 それが昨年9月に安倍前総理が病気を理由に退陣するとき、禅譲の矛先は菅氏に向かい、岸田氏に向かわなかった。なぜそうなったか。フーテン流の解説をすれば、菅氏は脛に傷を持つ人物だが、岸田氏には傷がなく、おそらく善人だからである。

 安倍前総理は、歴史に名を残そうとした北方領土交渉や憲法改正で何の成果もあげられず、「モリ・カケ・桜」など掘り下げられれば困る問題を抱え、コロナ対策でも行き詰った。そのため病気を理由にしていったん総理の座を退き、再登板を狙うことにした。

 そうした時に権力者が考えることは、脛に傷を持つ人物に跡目を譲り、その脛の傷に時々塩をすり込めば、自分の身の安全を守れると考えるのである。岸田氏は善人なので操りやすいが、ただ善人ではコロナ禍という修羅場を任せられない。

 その点、菅氏は油断ならないが、脛に傷があるのでそれを脅しに使い、言うことを聞かせることができると安倍前総理は考えた。脛にある傷とは、例えば東京五輪招致の買収資金をセガサミーホールディングス会長に頼んで用立ててくれた件である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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