大スターにも愛されたアップルパイがある有名ホテルで、製菓コンテストが初めて行われた背景
ペストリーコンテスト
2017年11月下旬にホテルオークラ東京の地下2階にある宴会場「アスコットホール」で、グループで初めてとなる製菓の競技大会「2017オークラニッコーホテルズ ペストリーコンテスト」が開催されました。
ホテルオークラは、日本において帝国ホテルと並んでフランス料理の発展に大きく寄与してきたホテルであり、フランス料理はもちろん、フランス菓子にも定評があります。野球界の大スターである長嶋茂雄氏の大好物が、ホテルオークラのアップルパイであることはよく知られていることです。
私はこれまでに以下のように、ホテルの料理コンテストの記事を書いてきましたが、今回のコンテストも注目に値します。
料理コンテストは2009年から行われており、料理人の腕を磨いてきました。しかし、フランス菓子で定評があるにも関わらず、これまでペストリーコンテストが行われておらず、今回の「オークラニッコーホテルズ ペストリーコンテスト」が初めての試みだったのです。
テーマ
まずは、「オークラニッコーホテルズ ペストリーコンテスト」がどういったコンテストであったのか、紹介していきましょう。
大会のテーマは以下の通りでした。
「ガトー・ド・ヴォヤージュ」
旅に携える、日持ちのするペストリー商品
日持ちする商品と具体的なテーマが設けられているのは興味深いところです。値段は3000円くらいを想定していると説明がありました。
流れ
大会の流れは次のようになっています。
最初にレシピ審査、次に実技審査となっているのはオーソドックスな流れでしょう。それぞれに1ヶ月のインターバルが置かれているので、準備期間が短いということもありません。
審査概要
審査項目は以下の通りでした。
- 味覚 20点
美味しいと感じる味の度合。持続する美味しさや味の広がりを有している
- 風味 20点
食した時に口の中から鼻腔に抜ける嗅覚で食材の醸し出す香りが味覚を際立たせている
- 見栄え・独創性・デザイン性 30点
作品の形、色合いなどが美味しさを印象付けて興味を沸かせる
- 再現性 30点
グループホテルで、同一製品が繰り返し製造できるようなレシピ、製造工程になっている
合計100点満点で競い合い、点数順に順位が決められます。大きな項目が4つというのはほぼ標準的であり、審査項目に「再現性」があるのは珍しいです。
審査員
最終審査の審査員は以下の7名でした。
- 株式会社藤井商事 代表取締役社長 藤井克昭氏
- 株式会社JALUX リテール事業部 フーズ・ビバレッジ事業本部 事業企画室長 永井英和氏
- 学校法人食糧学院 東京調理製菓専門学校 教育部 製菓課 実習講師 高橋やよい氏
- 株式会社文藝春秋 CREA編集部 編集長 井戸川恵子氏
- 株式会社リクルートマーケティングパートナーズ マリッジ&ファミリー事業本部 メディアプロデュース統括部 ゼクシィ編集部 小山伸子氏
- 株式会社ホテルオークラ 代表取締役社長 荻田敏宏氏
- 株式会社ホテルオークラ東京 運営本部 洋食調理部 製菓課 課長 中村和史氏
ホテルオークラの関係者だけではなく、関連会社やメディアの方も加わっています。
結果
審査員によって作品が採点された結果、以下の通りとなりました。
- 銅賞
ガトーバスク 浜松天竜抹茶/オークラアクトシティホテル浜松 鈴木勝之氏
- 銅賞(同点)
ガトー・ド・マリアージュ/ホテル日航姫路 藤原直也氏
- 銀賞
マロンフォレスト/ホテル日航大阪 大石貢一氏
- 金賞
トリロジ/ホテルオークラ東京 畑知与司氏
銅賞は同点だったということで2名が選ばれています。どれもテーマ通り、旅行に携えたくなるものばかりでした。
開催の背景
魅力的なスイーツが入賞し、初めてのペストリーコンテストは成功したと思いますが、どうしてオークラニッコーホテルズはペストリーコンテストを開催することにしたのでしょうか。
その理由とは、シグネチャーとなるような、グループで統一した製菓を開発したいと考えたからでした。ペストリーコンテストのテーマとも非常に関係しています。
オークラニッコーホテルズの関連会社である「ホテルオークラエンタープライズ」は、レストラン事業に加えて、高島屋、三越、伊勢丹、東急百貨店といったデパートの地下で食品を販売する事業も手掛けています。
他のホテルに先駆けてデパ地下に進出したり、物販に力を入れたりしていたので、グループホテルで共通したシグネチャースイーツを販売したいと考えていたことは納得できます。
ペストリーコンテストの企画は2017年の夏頃に持ち上がり、グループホテルへ募集をかけたところ、当初は10ホテル程度が参加すると予想されていましたが、実際にはそれをはるかに上回る25ホテルが参加しました。
この反響を鑑みると、ペストリーの腕前を試したいという気鋭のパティシエがたくさんいたということでしょう。
今回の入賞作品については、オークラニッコーホテルズでレシピをしっかりと共有し、各地で製造して販売できるようにする予定です。そしてゆくゆくは、ホテルで販売するだけではなく、ホテル以外の場所で外販することも視野に入れています。
気になった点
冒頭で述べたように、ホテルオークラはフランス料理だけではなく、フランス菓子も日本に広めてきたホテルであり、スイーツにも多くのファンがいます。そのホテルオークラが所属するオークラニッコーホテルズで本格的なペストリーのコンテストが行われ、ますますペストリーにも磨きがかかるのは実に好ましいことです。
ただ、今回が初めてということもあり、私は以下の点が気になっています。
- 結果の詳細
- 審査項目
- 審査員の構成
結果の詳細
レセプションでは、銅賞、銀賞、金賞と発表されましたが、それぞれの作品について、何点であったのか、どこがよかったのかなど、話がなかったのは残念です。通常のコンテストでは少なくとも総評があるものですが、それもありません。
最後のレセプションだけ取材できましたが、審査過程は取材できず、競技中の様子は一切分かりませんでした。それだけに、作品の評価や傾向、難しかったところについて説明があればよかったと思います。
せっかくコンテストを行うのであれば、受賞の裏付けや背景をしっかりと伝えた方が、今後のストーリー作りにも必ず役立つはずです。
審査項目
コンテストにおいて、審査項目や点数配分は最も難しいところです。何故ならば、審査項目によってコンテストの方向性が決まりますし、点数配分のさじ加減によって入賞者が違ってくるからです。
審査項目については述べたいことが2点あります。
「風味」
まず「味覚」と「風味」を明確に分けたのは、あまり賛成できません。何故ならば、香りを全く排した味だけの評価は困難だからです。また、「風味」の評価は「香りが味覚を際立たせている」と定義されていますが、香りそのものではなく、「味覚」に影響を与えるとなると、審査項目同士が依存し、審査が複雑になるのでよくありません。
また、包装されて販売される焼菓子なので、香りは購買動機の大きな因子とならないはずです。
そうであれば、「味覚」と「風味」は単独で評価せずに、2つを統合して「食味」とした方がよかったのではないでしょうか。
「再現性」
2点目です。グループホテルでの物販を最終目的としているので「再現性」が審査項目に入っているのだと思いますが、30点と大きな割合を占めています。確かに、他のパティシエや他のホテルが製造できないと困るでしょう。しかし、大きな割合を占めるとなると、独創性よりも汎用性が勝る結果になってしまいます。
そうなると、せっかく腕に覚えのあるパティシエが参加していても、参加者の創造性が十分に発揮されない恐れがあるでしょう。
パティシエ出身でもない限り、再現性を評価することも非常に難しいので、この審査項目に意味があるのかも疑問です。
コンテストではあくまでも作品に対する評価だけを行い、商品化する段階で改めて現実的なオペレーションを鑑みるのがよいと考えます。
審査員の構成
審査員は7名となっており、人数としてはほぼ標準的です。オークラニッコーホテルズ関係者が3名、メディア関係者が2名、パートナー関係者が2名といった構成になっており、このうち洋菓子の技術を評価できる方が3名となっています。
入賞した洋菓子をより多くのグループホテルで販売するという明確な目的があるのならば、マーケティング部門の方やオークラニッコーホテルズの会員など、消費者の側に立つ方を審査員に加えてもよかったのではないでしょうか。
また、他の記事でも述べていますが、特定メディアに偏ることで、他のメディアから取材がこなくなる恐れもあります。
従って、幅広い範囲への周知を考えているのであれば、スイーツや食を専門とするフリーのジャーナリストに参加してもらうのもよいのではないでしょうか。
ますます食を充実させるために
私も審査員として参加させていただいている阪急阪神第一ホテルグループやプリンスホテルグループの料理コンテストでは、料理だけではなくスイーツも同時に審査が行われていますが、同時に開催することはそう多くありません。
オークラニッコーホテルズでは、ペストリーコンテストが料理コンテストから遅れて、新しく始まりましたが、今後も続けられていくということなので、とても楽しみです。これによってますますパティシエのモチベーションが上がり、才能が引き出されていくことになるのではないでしょうか。
ホテルオークラ本館が2019年に新しくオープンするにあたり、これまで以上に食に力を入れていくと聞いていますが、このペストリーコンテストが、オークラニッコーホテルズにおける食のレベルを、さらに高めていくはずだと私は考えています。