【COP21直前】本音トーク:地球規模の気候変動リスクと向き合う(第3回)エネルギー編(1/2)
来週からパリで行われる国連気候変動枠組条約COP21に向けて、地球温暖化対策の新しい国際枠組づくりが大詰めを迎えている。
そこでの議論の背景となる重要な認識は、国際社会が「産業化以前を基準に世界平均気温上昇を2℃以内に抑制する」という目標を掲げていることと、その達成のためには今世紀末までに世界のCO2排出量をほぼゼロにする必要があるというIPCC報告書の結論である。我々はこの壮大な課題にどう向き合ったらよいのだろうか。
この問題で鍵を握るのはエネルギー分野の変革の可能性である。筆者が代表を務める研究プロジェクト(ICA-RUS)の活動として、今年9月にエネルギー関係の識者5名に集まって頂き、この問題についての座談会を開いた。
エネルギーの供給側から、昭和シェル石油株式会社の伊藤 智明氏、電源開発株式会社の中山 寿美枝氏、SBエナジー株式会社の真野 秀太氏、エネルギーの需要側として積水ハウス株式会社の石田 建一氏、そしてエネルギー関係の投資・金融に詳しい三井物産戦略研究所の本郷 尚氏をお招きした。
筆者は進行役を務めた。
以下に、2回に分けてその内容をICA-RUSのホームページより転載させて頂く。メンバーの略歴は、転載元をご覧頂きたい。
また、シリーズのバックナンバーもぜひご覧頂きたい。
江守:温暖化問題は地球規模で長期のスケールにわたるテーマですが、いろいろな分野の方々の意見を聞く機会がなかなかありません。ICA-RUSは、これまでもステークホルダー対話会合を開催してきましたが、今回はエネルギー関連企業のみなさんに、お話をうかがいます。
まず自己紹介を兼ねて、取り組んでいらっしゃることをお話しください。
企業の中から温暖化を考える
石田:エネルギー需要側の代表ということになるでしょう。積水ハウスの石田です。
個人的なことからお話しますと、大学院で建物のシミュレーションの計算をしていたときに、弊社でパッシブソーラーハウスの開発が始まり、共同研究が縁で入社しました。10年ほど研究職をやっていましたが、自分の研究が世の中に活かされていないことに気づき、普及させることを考えるようになりました。
住宅は社会の中心だと思っています。住宅が変われば社会も変わる。その住宅で使われるエネルギーをどう減らすか。やはり企業ですから、儲からない環境対策は長続きしない。だから、いいものを売って事業が発展すれば、CO2が減って社会にも貢献できるということを目指しています。
伊藤:昭和シェル石油の伊藤です。2007年から東京大学サステイナビリティ学連携研究機構を通して、大学の先生方と、従来の石油や石炭、あるいは原子力以外の、いわゆる再生可能エネルギーに関する研究・開発について、また併せて、今後のエネルギー政策のあり方にまで発展するような議論を続けてまいりました。社名には「石油」と入っていますが、広い意味でのエネルギー供給の総合会社だと思っておりますので、石油等の化石燃料だけにこだわらず、企業がサステイナブルな成長を遂げる、環境負荷を上げないという2つの大前提のもとで、どのような形であってもエネルギーの供給だけは続けることが社会への貢献であると考えております。
私の社歴を申しますと、入社後30年間石油精製を中心とした製造・技術部門に在籍したあと、5年前からソーラーフロンティアという太陽光発電パネルの製造販売を行う別会社にも在籍しています。我々の大株主であるシェルは、もともとはCO2の元となる化石燃料の掘削をビジネスの柱としてきましたが、今後にむけ石油以外のどんなエネルギー供給ができるか、本当に何が環境にとってよいのかという点からも研究を進めています。企業ですから、利益が出ないと続きません。ソーラーは、ようやく環境にも貢献できる事業としてビジネスとしても独り立ちできるところまでまいりました。
中山:電源開発の中山です。私自身の話をしますと、子供の頃から電気の使えない途上国の人達に電気を届けたいとずっと考えていて、大学の研究室もそういう観点で選び、電源開発という会社は国際的な技術協力も行なっているということで、就職しました。
電気という商品の特殊性は、その瞬間、瞬間に求められる量を必ず供給しなければならないという点です。安定供給が求められますから、電源ポートフォリオも重要になります。弊社も現在は石炭火力と水力がベースになっていますが、社内でもカーボンリスクマネジメントは重要な課題と認識されるようになって、大間原子力発電プロジェクト、そしてバイオマス利用や風力発電によって、低炭素化にアプローチしているところです。
本郷:三井物産戦略研究所で気候変動とエネルギーに関する分析や投資戦略を担当している本郷です。親会社の三井物産は商社ですから、エネルギーについても、開発する/売る/消費する/輸送すると多様な関わりです。そこに長期の政策や企業動向の見通しなどの情報を提供していますが、企業活動を通じて社会に貢献できるのではないかと思っています。私自身の前職は、国際協力銀行で国際金融に携わっていました。環境問題に関わりだしたのは2000年頃からで、それまではインフラやエネルギー多消費プロジェクト向けのファインナスをし、CO2をたくさん排出してきましたので、それ以降は罪滅ぼしか、とからかわれることもあります。
IPCCのレポートで、(気温上昇をあるレベルに抑えようとすると、)温室効果ガスの累積排出量には際限がある、別の言葉でいうとカーボンバジェットが提示されましたが、制限があるということは、経済学的に見れば所有権が発生するわけで、配分の仕組みが必要になります。炭素制約時代に入り、低炭素社会に移行する膨大なコストを考えれば地球規模でコストの最適化が必要になるので、経済的な手法に取り組んでいます。技術については今日のテーマにもあるCCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素の地中貯留)も手がけており、ISOのCCSの標準化作業に参加しています。
真野:ソフトバンクで再生可能エネルギーの発電事業をやっているSB エナジーの真野です。大学院のときから温暖化問題に興味があったのですが、民間のシンクタンクに10年ほどいて、環境税だとか排出量取引といった制度づくりのお手伝いをしていました。そこに3.11が起きまして、これからは再生可能エネルギーがビジネスフェーズになってくるのではないかと思って、事業会社に入りました。
当社の再生可能エネルギーは太陽光が中心ですが、風力や地熱もやっており、私は渉外部門で国との交渉などを担当しております。
化石燃料産業に対抗するムーブメントをどう見るか?
江守:ありがとうございました。それでは個別のテーマについてお伺いしたいと思います。まず、欧米に見られる石炭への規制や化石燃料産業に対抗する社会運動を、どうご覧になるでしょうか?
伊藤:日本ではあまり知られていませんが、悪い面だけを取り上げて反対するような運動は世界的にはよく起きていますので、それらと同等なものだとしか捉えておりません。化石燃料は使うな、しかし今の生活は変えたくない、というのは現状では答えのない活動です。ただ、化石燃料に対する規制は必要です。安価でエネルギー密度が高いので最も多く利用されていますが、単に使うなというだけではなく、値段を大幅に上げるなどの規制をしないと消費量は減らないと考えています。前提としては、CCSの費用を盛り込んだ価格設定などが有力ではないでしょうか。
中山:オバマ大統領は米国内で石炭火力にCO2原単位規制をかけていますが、国内に豊富なシェールガスがあり、安価・安定な電力供給に支障がないので、そういった規制が可能なのだと思います。一方、入手できるエネルギーが限られている多くの国では安価な石炭を使わざるをえません。火力発電の効率に対する規制は技術的なオプションがあるからいいとして、燃料に対する規制は持てる国のエゴという気がします。
本郷:石炭規制については、問題のすり替えである可能性も感じています。CO2削減が必要なのは自明であり、石炭火力は他のエネルギー源に比べてCO2が多く排出されます。しかしイコール石炭が悪いわけではない。問題はCO2なのです。そこは分けて考えなければならない。一次エネルギー間での競争も念頭に置く必要があるという気がします。
エネルギーは国によって偏在しています。石炭はガスよりも安くて使いやすいですから、中国やインドといったエネルギー需要が伸びる国では、どうしても必要になってきます。エネルギー供給とCO2を減らすことを分けて考えてはどうでしょうか。どうしたらいいかというと価格による調整です。CO2削減対策のコストがかさんでも石炭が依然安いのかどうか、場所によっても、炭素排出コストでも違ってきますが、そうした情報から企業が投資判断します。将来リスクの判断は、人によって違いますから、結果も異なるかと思います。化石燃料に対抗するキャンペーンは、CO2を減らすという方向性は共有しますが、世界のエネルギー需給や技術開発の時間軸・リスクを踏まえた全体のデザインを考えることが改善の課題ではないかと思っています。
石田:ユーザー側も電力の安定供給がされないと、代替案がないので困ります。たとえば原発をやめて石炭も石油もなくなったときにCO2ゼロの答えはあるのか? そこで生き残れるビジョンが、まだ見えてきていません。
真野:世界全体の累積CO2排出限度枠をどう配分するのか。国ごとにそれぞれの事情があり、発展のペースも違いますから、石炭を一切使わないというのは、非現実的だと思います。化石燃料資源の枯渇よりも先に排出量の限度が来ることは明らかですから、カーボンバジェットの国際的なルールをつくり、その中で一定量を使うことができればいいのですが。
しかし、こういった運動にはルールづくりの機運を高めるといった意味もあります。今、日本国内では既存の老朽化火力発電所のリプレースとして、石炭火力発電の建設計画が進められています。これは今後CO2削減をしていかなければならない状況の中で、非常に懸念されます。CCSを付設させるというプランもありますが、CCSは、それ自体では付加価値を生むものではないので、事業として実施できるのかは、大いに疑問です。
本郷:ルールづくりのお話が出ましたが、それが本当に難しい。理由のひとつは、今ルールづくりをしている場の問題ではないかと思います。現場を知らないでルールをつくっても機能しない。たとえば気候変動枠組条約の交渉では、しきりに技術移転ということを言いますが、技術を持っているのは企業であり企業の大事な資産だし、投資をするという形でしか本当の技術は動きません。この当たり前のことが理解されないまま議論されているような気がします。このルールづくりのプロセスを改良する必要がある。
中山:COP21では2020年以降の国際的な枠組みの合意を目指しています。それと、真野さんがおっしゃったようなカーボンバジェットを割り当てて2℃目標達成といった話の間には、大きなギャップがあります。たとえば中国は2030年に排出のピークを迎えようとしていますから、それまでは増え続けるという前提です。先進国による技術移転も進んでいません。途上国は経済成長のために、高価で小規模な新電力ではなく、石炭などのベースになる電源の開発を優先しているのが現状です。COP21では、その国の国情を踏まえた削減目標を積み上げたものと、2℃目標に必要な削減のギャップを埋めていくためのプロセスが、交渉の中心となるでしょう。
真野:弊社は再生可能エネルギーの発電事業を中心に事業を展開していますが、コストのことだけ考えれば、やはり石炭がいちばん安い。電源開発さんなどは長期的なビジョンがあるでしょうが、短期的なコストだけを考える企業は多いですから、規制をかけて適正な判断ができるようにするべきでしょう。
江守:あと数十年、一定のルール内で石炭を使うとして、その間にどんな規制が入るのか見通すのは難しいと思うのですが……。
中山:自分の電源の発電コストが、他電源との競合の中でどれくらい競争力があるのかという経済試算をする際に、カーボン価格を乗せて事業性評価を行って経営判断しています。ただし、排出係数規制のような足切り的な規制が入ると自由な競争を妨げる恐れもあります。
本郷:カーボン価格を付与することで排出にコストがかかるようにし、追加的対策を含めて選択肢を与えるという考え方は賛成です。おっしゃるように、石炭に対する足切りとなると、可能かもしれない選択肢を減らすことになり、根本的に違ってしまいます。
江守:企業がそれぞれ規制を見通しながら判断をするというお話ですが、実際にやっておられる立場からは、いかがですか。
伊藤:来年から電力の自由化が始まると言われていますが、電力会社に自由権を与えるだけで、消費者は自由に選べません。最大の障壁は託送料が高いことです。他の企業が参入して小型発電所ができたとしても、送電コストがかかりますから、電力会社そのもののブロックをはずさないと、そこから買える人は限られてしまう。我々も天然ガスの発電所を持っていますが、託送料がかかってしまうのが問題です。
当社が川崎地区で天然ガスを燃料とした発電所を建設した時には、将来想定されるカーボンクレジットやCO2を排出することによる環境への影響について一定の評価を行った上で、事業化の判断を行いました。再生可能エネルギーは、設備を製造する工程でCO2を排出しますが、発電中はCO2を一切排出しないので、その条件で評価しています。いずれにしても、これから気温の上昇を2℃に抑えるためには、相当なことをやらなければならないということです。
(2/2につづく)
*環境省環境研究総合推進費課題S-10の研究活動として実施した。
アドバイザー:黒沢厚志、杉山昌広、松岡昭彦
執筆:小池晶子
編集:青木えり、江守正多、高橋潔