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「化石燃料からの脱却」のためにすべきこと(昨年の気候変動COP28おさらい)

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
COP29議長、COP28議長、英国王、COP30開催国ブラジル気候変動相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

【注意:今年アゼルバイジャンで開催されるCOP29の記事ではありません。2024年1月に書かれた記事の転載です。】

転載にあたって:昨年のCOP28の結果についての記事です。しばらくネットには公開せず寝かせてしまっていたのですが、今年のCOP29が11月11日から開催される直前ということで、振り返りの意味で転載します。

COP29で議論の焦点となる、先進国から途上国への「気候資金」の必要性を理解するための補助線にもなるかと思います。

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催されていた国連気候変動枠組条約第二八回締約国会議(COP28)は、例によって徹夜の交渉にもつれ込んだ末、二〇二三年一二月一三日に閉幕しました。

筆者は今年のCOPも、報道等を通じて日本から見守っていただけです。現地に行かれていた高村ゆかりさん(転載時註:岩波「世界」で僕と隔月交代で執筆しています)の報告をこのタイミングで伺えたらよいに決まっていますが、間が悪いことに筆者の当番なので、今回は筆者なりの受け止めを書かせていただきます。

パリ協定の進捗確認

今回のCOPの目玉は、グローバル・ストックテイク(GST)とよばれる、パリ協定の進捗確認でした。すなわち、パリ協定では、各国が自主目標を設定して対策に取り組むという建付けであるため、各国の対策の総和が世界全体の長期目標に整合しているかを五年に一度点検し、足りなければ各国に対策強化を促すという仕組みです。

第一回のGSTは二年前のCOP26から情報収集と技術的評価が始まり、評価結果はCOP28に先立って九月に公表されていました。その内容は、緩和策に関していえば、IPCCが既に明らかにしていたように、現在の各国の対策ペースは、地球温暖化を産業革命前から一・五度で止めるという長期目標に対して、まったく足りていないというものです。COP28では、各国がこの評価を受け止めた上で、どんな政治的メッセージに合意できるかが注目されていました。

COP28の成果

最も焦点になったのは、「化石燃料の段階的廃止(phase out)」に合意できるか否かでしたが、二転三転の末に「化石燃料からの脱却(transition away)」を含む表現で決着しました。

GSTの主な合意内容を以下にいくつかピックアップします。

  • 一・五度目標実現には、二〇一九年比で二〇三〇年までに四三%、二〇三五年までに六〇%の温室効果ガス削減と二〇五〇年までのCO2排出ネットゼロが必要であるというIPCCの知見を認識
  • 二〇三〇年までに世界で再生可能エネルギーの設備容量を三倍、エネルギー効率の改善速度を二倍に
  • エネルギーシステムにおける化石燃料から、公正で秩序ある公平な方法で脱却し、二〇五〇年ネットゼロに向けてこの十年で行動を加速
  • 二〇三〇年までにCO2以外の温室効果ガス、特にメタンの排出削減も加速
  • エネルギー貧困や公正な移行に対処しない非効率な化石燃料補助金をできるだけ早く廃止

他にも、会議初日に「損失と損害」基金の運用について決定がなされたことなど、COP28全体としては、いくつかの重要な進展がありました。

全体的には、産油国UAEで開催され、国営石油会社のCEOでもあるジャベル氏が議長を務め、交渉の影に石油輸出国機構OPECの影響力が見え隠れする中で「化石燃料の段階的廃止」が争点となったことで、今回のCOPは「産油国VSそれ以外の国々」という構図を強く印象付けたように感じます。

しかし、当然ながら産油国の抵抗は問題の全部ではなく、一部に過ぎません。本稿の最後にそのことを述べますが、その前に、COPから聞こえてきた報道で印象に残ったいくつかのことについて触れさせてください。

化石燃料廃止の科学的根拠

COP28に先立って行われたオンラインシンポジウムで、COP28議長のジャベル氏が「化石燃料の段階的廃止が一・五度目標の達成のために必要という科学的根拠は存在しない」と発言していたことを英紙ガーディアンがCOP期間中に報道しました。

これに対しては環境団体のみならず、科学者たちが反応しました。IPCCの知見に基づいてこれに反論する声明のドラフトが筆者にも夜中にメールで回ってきたので、内容に賛同して署名をしました。

IPCCのジム・スキー議長はジャベル氏と気候変動の科学について話し合ったそうです。ジャベル氏はスキー氏の同席した会見で、「気候変動の科学を理解し、尊重する」と発言しました。

この件はこれで収まったということでよいと思うのですが、気候変動の科学に関わる者としては感慨深い出来事であったと同時に、「化石燃料の段階的廃止」という表現が持つ科学的な意味と政治的な意味について、筆者は考え込まざるを得なくなりました。それは最後に述べることに関わります。

今年も話題の「化石賞」

COP28の一週目に岸田首相がスピーチをした後、日本は国際環境NGOから、不名誉な「化石賞」を今年も受賞しました。

受賞の理由は、石炭火力発電の早期廃止に後ろ向きであり、アンモニア混焼技術によって石炭火力の延命を図っていると受け取られたことです。

アンモニア混焼は、最終的に「グリーンアンモニア専焼」を目指すことで脱炭素の戦略として一理あるのですが、その達成が二〇五〇年頃であるとすると一・五度目標に整合するスピード感とは言い難く、日本は厳しい立場に立たされています。

ところで、日本での化石賞の報道には背景説明が少ないため、毎年受賞する日本は世界一不名誉であると思っている人が多そうです。実際には、化石賞はCOP期間中に毎日のように発表され、他の多くの国も受賞しています。だから受賞しても問題ないということでは決してないのですが、認識の偏りを減らす上で、このことはもっと知られてよいように思います。

また、化石賞の報道に対して、「中国が受賞すべきだ」というコメントをよく見ますが、これはあながち的外れではないと感じます。実際のところ、直近の数年で石炭の消費を大幅に増やしている国は、中国、インド、インドネシアくらいです。

しかし、中国に化石賞が贈られない理由として、中国国内のNGO弾圧につながる可能性があるからではないかという説明に最近ふれ、なるほど民主主義が制限された国にNGOが何か言うのは難しいのだなと思いました。

気候正義とガザの停戦

その化石賞が、今回はイスラエルにも贈られました。理由は、ガザへの攻撃が人権侵害であることです。

気候変動の原因に責任のない人々が深刻な被害を受けるのは人権侵害であり、これを是正すべきという気候正義の立場からは、気候変動問題とは人権問題です。ガザの人権侵害がまかり通るような国際社会では、気候正義の実現もあり得ないということで、批判はイスラエルの攻撃を黙認する米国等にも向けられます。

COPの会場では、ガザの停戦を要求するマーチも行われたようです。また、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリ氏も、早くからパレスチナへの連帯を表明しています。

気候正義問題に取り組む人々、特に若者の間では、このように複数の人権問題をつなげて考えることが浸透してきているようです。一方で、現状の日本社会では、この感覚はなかなか響きそうにないところがもどかしいです。

化石燃料からどう脱却するか

さて、最後に本題に入ります。「化石燃料からの脱却」を含む今回のGSTの成果文書に対する評価は様々です。初めて(石炭だけでなく)化石燃料全体が問題であることを明示したのは意義深いという評価もあれば、抜け穴だらけで酷いものだという声もあります。どちらももっともだと思います。

筆者としては、まず、産油国が「化石燃料廃止」に抵抗するのは、ある意味当然だと思います。彼らも国家運営がかかっているわけなので、気候変動の科学や深刻な影響をいくら理解していたとしても、まだ売れる資源を自主的に諦めることはないでしょう。

「化石燃料廃止」は、産油国を説得することによって実現するのではなく、化石燃料の需要が世界で実際にどんどん減っていく状況が作られることで実現せねばならないのだと思います。

もちろん、世界で太陽光発電も風力発電も電気自動車もすごい勢いで増えています。先進国の多くでは、それが化石燃料の需要を置き換えていっています。しかし、発展途上国、新興国の多くでは、その勢いは十分ではなく、経済発展に伴い増加するエネルギー需要を満たすため、化石燃料の消費が増えざるを得ない状況が続いています。

もしもこのまま、再エネ等の伸びが不十分な状況で「化石燃料廃止」が実現したら、世界で深刻なエネルギー不足が起きるとともに、事実上、途上国、新興国の経済発展が抑制されることを意味してしまいます。

何が言いたいのかというと、日本を含む先進諸国は、本当に「化石燃料廃止」を実現したいのであれば、産油国に「化石燃料を売るな」と言うよりも、自国の脱炭素化を確実に進めるとともに、途上国を今まで以上に資金的、技術的に支援して、一緒に「化石燃料を買わずに済む」状態に向かうことが重要ではないかと思うのです。

もちろんそれだけではだめで、化石燃料ロビーが再エネ等の普及を邪魔しているならば対処せねばならないですし、中国のような新興国には自力でもっと脱炭素の方を向いてもらうように協調せねばならないですし、あるいは、産油国が産業を多角化して「化石燃料を売らずに済む」ようになるための国際協力も重要かもしれません。

当然のことですが、産油国を批判する以外にも、我々にはやるべき仕事がたくさんありそうです。

(初出:岩波『世界』2024年2月号「気候再生のために」)

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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