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【気候変動】左右の対立を超えて

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
イタリアのメローニ首相とフォン・デア・ライエン欧州委員長(2023年1月)(写真:ロイター/アフロ)

【注意:今年のイタリアG7の記事ではありません。2023年11月に書かれた記事の転載です。】

転載にあたって:しばらくネットには公開せず寝かせてしまっていた記事なのですが、出すタイミングはイタリアG7が行われた今しかないと思ったので転載します。各国の政治状況は初出時といくらか変わっていますが、欧州議会選挙での右派の躍進などを経て、本稿で提示した見方は意義を増していると感じます。

今回のテーマはいつもにも増して筆者の専門外ですが、どうしても気になっているので書きます。それは、世界の気候政策と、「左右」(リベラル―保守)の政治勢力の関係についてです。

G7で来日した「極右」の首相

これを書こうと思った直接のきっかけは、少し前のことですが、2023年5月に広島で行われたG7サミットで来日した首脳の中でイタリアのメローニ首相が「極右」であるという解説が目に留まったことです。

数年前の対談記事で(『ホモ・デウス』の著者である)ユヴァル・ノア・ハラリが指摘していたことですが、ナショナリズムの信奉者と気候変動否定論者には、強い相関関係があります。気候変動問題はグローバルな協力がないと解決することができないので、ナショナリストは気候変動の問題は存在しないと否定するしかないというのです。米国のトランプ前大統領を思い出せば、簡単にそのイメージが湧くでしょう。

ところが、G7の議論でイタリアの極右の首相が気候政策で足並みを乱したという話は一向に聞かれませんでした。不思議に思って少し調べてみたのですが、その結果は後で述べます。

各国の政権交代と気候政策

極右とまでいかなくても、経済活動の規制を嫌い、旧来の産業勢力と結びつきやすい保守的な政権は、リベラルな政権に比べて一般的に気候政策に消極的になりがちです。

2009-12年の民主党政権の挫折を経て、再び自民党中心の政権の長期安定状態に入っている日本にいると感じにくいですが、多くの国で左右の政権交代が起こり気候政策もめまぐるしく変化しています。(転載時註:初出時には自民党が今のように不人気になるとは想像できていませんでした)

たとえば、2022年5月の選挙で保守政権から労働党のリベラル政権への交代が起きたオーストラリアでは、気候政策が一気に前進しました。

ブラジルでもボルソナーロからルラに大統領が変わったことで気候や環境の政策が転換され、アマゾンの熱帯雨林の破壊が激減しました。

逆にニュージーランドの選挙では2023年1月までアーダーンが率いていたリベラル政権が敗北し、発足した保守政権は気候政策を後退させると予想されています。

もちろんこの種の話で一番インパクトがあったのは、2016年に誕生したトランプ大統領によってパリ協定離脱を宣言し、2020年にバイデン大統領になって戻ってきた米国の事例ですが、それは本稿のメインディッシュなので最後に論じます。

気候政策に取り組む英国保守政権

英国では2010年以来保守政権が続いていますが、気候政策の優先度は比較的高いままです。2008年に制定された気候変動法が効いていることに加えて、気候変動対策を経済成長の原動力と捉える「グリーン成長」のパラダイムが保守政権に動機付けを与えているようにみえます。(日本の自民党政権も同様にグリーン成長に動機づけられています。付け加えるならば、日本の場合は国際的な「外圧」も効いているでしょう)。

2021年のCOP26で世界の気候政策の旗を振ったジョンソン元首相は、元々はいかにも保守派らしく気候変動問題に懐疑的でした。英国気象局の科学者が気候科学の説明をして納得させたとか、環境活動に熱心な夫人の影響を受けたといったこともありますが、グリーン成長の考え方が彼の「転向」を後押ししたことは間違いないでしょう。

グリーン成長は過剰消費と格差拡大を許容するため、筆者はこの考え方のみに基づいて気候政策を進めることには疑問があります。しかし、保守勢力を気候政策につなぎ留めるロジックとして、グリーン成長が重要な役割を果たしていることは評価したいです。

ただし、現在のスナク英首相は内燃機関自動車の新車販売禁止を2030年から35年に遅らせるなど、気候政策を後退させることを最近表明しました。これは選挙対策だと言われています。グリーン成長への信奉に英国保守党内で陰りが見えてきたのか、行方が注目されます。

なぜ社会は左と右にわかれるのか

しかし、そもそもなぜ多くの国で左右の勢力はこれほど拮抗するのでしょうか。『社会はなぜ左と右にわかれるのか(原題:The Righteous Mind)』を著した社会心理学者のジョナサン・ハイトによれば、各個人の左右の価値観の「下書き」は脳にあらかじめプログラムされているといいます。

ハイトが提唱する道徳基盤理論は、人の道徳感情には「ケア」、「公正」、「忠誠」、「権威」、「神聖」の五つ(または「自由」を加えた六つ)の基盤があることを、実証的なデータに基づいて主張するものです。これはちょうど、人の味覚が「甘味」、「塩味」、「酸味」、「苦味」、「旨味」の五味を基盤にすることと似ています。

それぞれの道徳基盤は、ヒトの進化の過程で、遺伝子にプログラムされてきたと考えられます。つまり、特定の感情を持つヒトの遺伝子が生き残りに有利であったため、自然淘汰を経て、我々の脳にはその感情を引き起こすメカニズムが備わっているのです(たとえば、我が子を保護し世話したいという感情を持つことが遺伝子の生き残りに有利だったため、我々にはケアの感情が備わっているなど)。

そして、保守とリベラルの違いは何かというと、保守は五つ(「自由」を入れると六つ)の道徳基盤のすべてに依存する人、リベラルは主に「ケア」と「公正」(と「自由」)のみに依存する人として特徴づけられます。この感度は経験によっても変化し得ますが、その「下書き」は産まれたときから遺伝的にある程度決まっています。

保守とリベラルがある程度の割合で両方産まれてくることも、進化の過程を経てそうなっているのでしょう。すると、我々の社会は、保守とリベラルが共存するという生物学的な条件から逃れることができません。

気候政策も、それを前提にして進めていくしかないのです

米大統領選の憂鬱

ここまでの準備をして、最後に米国の話をしたいと思います。

大統領選を控える米国ですが、共和党の大統領候補のうち、人気の断トツはトランプ前大統領、離れて二位が「賢いトランプ」の異名を持つフロリダ州のデサンテス知事とのことです(転載時註:デサンテス氏は早々に撤退して、ヘイリー元国連大使との予備選をトランプ氏が制したのはご存じのとおり)。どちらも気候政策には完全に背を向けており、どちらかが大統領になれば米国のみならず世界の気候政策にとって絶望的な状況になるでしょう。

ちなみに、海面上昇やハリケーンの被害が目に見えて深刻化するフロリダ州で、デサンテス知事が気候変動を無視し続けられることは異様に感じます。それを可能にしているのは気候変動懐疑論・否定論を信じることによる認知的不協和の解消でしょうから、改めて気候変動懐疑論・否定論の社会的な有害性を認識せざるをえません。

さて、一方の民主党はバイデン大統領が再選を目指しますが、高齢でもあり、非常に心もとない状況です。(転載時註:ガザの対応をめぐる若者等からの不人気で、心もとなさは増幅しています)

このように気候変動の観点からは極めて心配な今回の米大統領選ですが、よく考えれば、心配なのは今回だけではありません。世界の脱炭素化は今後数十年以上にわたって取り組んでいく必要があります。しかし、我々の社会には保守とリベラルが必ず共存しているのであり、数十年間の米大統領選で民主党が勝ち続けることは極めて考えにくいと思います。

米大統領選で共和党が勝つたびに世界の気候政策が大きく後退していては、パリ協定の目標達成は絶望的です。どうしたらよいのでしょうか。

左右の対立を超える

そこで、冒頭で述べたイタリアのメローニ首相に注目したいと思います。

メローニ首相は極右と呼ばれながら気候政策には前向きです。彼女はそれを「右翼は環境を愛する。なぜなら土地、アイデンティティ、祖国を愛するからだ」と説明したそうです

彼女の真意はわかりませんが、何等かの動機があり環境問題に強い問題意識を持っているのかもしれません。あるいは、気候変動のような国際協力が不可欠なテーマでは協力するという現実的な選択をし、それを保守のロジックで保守の支持者に説明する言葉を持っている、ということかもしれません。

今後、気候変動の影響がさらに深刻化すると、難民の増加などに反応して各国でますますナショナリズムが力を持つことも予想されます。(転載時註:欧州議会選挙の結果を見ると、予想通りです)

そんな中で、メローニ首相のように気候政策に前向きな保守政治家が活躍することは、今後の世界において極めて重要な意味を持つように思います。

米国の場合、それを促す可能性を持っているのは保守派の若者の世論です。最近、毎日新聞の八田浩輔記者が書いていましたが、米国ユタ州の若者が、共和党が気候変動問題に取り組むようになるための熱心な活動をしています。ユタ州は敬虔なモルモン教徒が多く住む保守州ですが、ソルトレイクの水位低下などを受けて気候変動への問題意識は全体的に高いようです。

気候変動への危機感を強く持つ若者の世論が、米大統領選にも影響を及ぼすことを願うばかりです。

保守の変化を期待するだけでなく、リベラルも変わるべきではないでしょうか。政治哲学者のマイケル・サンデルが近年主張しているように、リベラルが愛国などの保守的な価値観に理解を示すことによって、左右が協力して気候変動に立ち向かえる可能性は高まるでしょう。

気候変動を「リベラルのアジェンダ」にしてしまっていたら、決して気候変動を止めることはできない。そんな謙虚さを、リベラルに期待します。

(初出:岩波『世界』2023年12月号「気候再生のために」)

転載時補足:道徳基盤理論に基づいた日本人を対象とした調査が2023年「スマートニュース・メディア価値観全国調査」の一部として行われ、結果が公表されています。それによると、日本では保守とリベラルの価値観の違いは米国ほど顕著ではないようです。

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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