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本音トーク:地球規模の気候変動リスク管理を、どう考えるか(1/2)

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

今週まで気候変動枠組条約第20回締約国会議(COP20)がペルーのリマで開催されており、来年のパリでのCOP21に向けて、地球温暖化対策の新しい国際枠組づくりが大詰めを迎えている。これに対応して、国内でも経済産業省と環境省合同の専門家委員会により、日本の排出削減目標の議論が(欧米中よりも遅れて)行われている。

これらの議論の背景となる重要な認識は、国際社会が「産業化以前を基準に世界平均気温上昇を2℃以内に抑制する」という目標を掲げていることと、その達成のためには今世紀末までに世界のCO2排出量をほぼゼロにする必要があるというIPCC報告書の結論である。我々はこの壮大な課題にどう向き合ったらよいのだろうか。

筆者が代表を務める研究プロジェクト(ICA-RUS)の活動として、今年9月に4名の識者に集まって頂き、この問題についての座談会を開いた。元環境省地球環境審議官の小島敏郎さん、元東京大学教授(現国立環境研究所理事長で筆者のボス)の住明正さん、元国際エネルギー機関事務局長の田中伸男さん、元外務省地球環境問題担当特命全権大使の西村六善さんという、経験豊富な面々である。筆者は進行役を務めた。

以下に、2回に分けてその内容をICA-RUSのホームページより転載させて頂く。メンバーの略歴は、転載元をご覧頂きたい。

江守:地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究というプロジェクトをやっています。

気候変動枠組条約の下、2009 年コペンハーゲンで開催されたCOP15 では、産業革命以降の気温上昇を2℃以内に抑えるために温室効果ガス削減の必要性が述べられましたが、その達成は容易ではありません。一つの視点としてリスクのトレードオフがあります。気候変動のリスクと対策に伴うリスク、それを両方0にするのは無理なので、その中で何かを選んでいかなければならないということです。

本日の狙いは、たとえばこの2℃目標を、達成不可能だとする立場もあれば、破局を避けるために達成しなければならないとする立場もある。こうした二極化が生じているのはなぜなのか、対立の背景には何があるのか、利害なのか価値観なのか、といったことを論じていただきたいと思います。

まず自己紹介を兼ねて、これまで取り組まれてきたこと、現在のお考えなどをお話ください。

温暖化問題に向き合ったきっかけ

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住:東京大学のサステイナビリティ学連携研究機構を経て国立環境研究所の理事長をしています。大学を出てから気象庁で数値予報モデルの開発や天気予報を行い、ハワイに留学してアジアモンスーンの研究を行ってきました。帰国後、エルニーニョが大きなテーマとなり、熱帯地域の太平洋の海水温データをもとにした季節予報の研究をしているうちに、気候変動にも興味を持つようになりました。

なぜサステイナビリティ学連携研究機構を立ち上げたかというと、現在の地球環境問題はサイエンスだけの問題では済まない、どうしても人間の話、社会との関連で考えなければならないと思って、幅広い専門分野のメンバーを組織する試みを始めました。しかし、なかなか難しい話でした。サステイナビリティ学をやってわかったのは、地球上には温暖化だけでなくいろいろ問題があり、解決策にも長期的なもの、短期的なものがあるので、情緒的ではなく、なによりもリアリズムが大切だということです。正しいか正しくないかだけを問う原理主義に陥ると、行き詰まってしまう、どこかで折り合いをつけることを考えなければならないのです。

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西村:外務省にいた1999 年にOECD大使となった時、気候変動問題に取り組みました。その後、地球環境問題担当の交渉大使に任命されたので、COP の会合にも何度も出席しましたが、参加するたびに巨大なフラストレーションが溜まるんです。要するに、「こういうやり方でこの問題は解決するのか?」という疑問ですね。COP の開催期間に180 ヵ国近い地域の人達と議論をして、国別の削減量を決めていく、本当にこれが巨大な問題を解決する仕組みなのかというのが原点でした。

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田中:経済産業省の出身で、京都で開催されたCOP3 に通商関係の担当者として関与したのが最初です。その後、OECD の事務局に出向し、さらにIEA という国際エネルギー機関の事務局長になって、その頃からは違う視点から見るようになりました。

たとえば2℃以内のシナリオにした場合に、エネルギー面で起きる事態を考えると、このシナリオは、エネルギーの安全保障にとっても悪いことではないとわかってきた。まずピークオイル、つまり石油以後のことを考えなければなりません。地球環境の側面からもですが、石油に頼っている限り、産油国に対価を払い続けなければならない。だとしたら、新しいエネルギーと省エネ技術を先進国が持つのがセキュリティ上、合理的です。2℃がどうだといった前提を疑問視しても仕方がない、その中で何がプライオリティなのか、どのくらいやればいいかというビジョンが必要なのです。

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小島:環境省にずっとおりました。退職して草の根運動や地方自治体に関わるようになって、国っていうのは強いということを実感しました。政策決定の仕組みですね。国と同じ方向を向いている時はそうでもないのですが、「国は間違っているのじゃないか?」ってなると、すごい圧力を国から感じますね。そういったことが、わかってきました。

一方で3.11 以後、原発反対という人達の中には、温暖化なんかもういいという意見が出ています。温暖化自体を認めない人達までいる。そういう状況で、どのような形で意思決定をしていくのか。反対派にしても推進派にしても話が通じない人がたくさんいて、大変なことがいろいろあります。

それでも、少しずつ理解を得ながら、共感してくれる人を増やしていくことが大切です。長年、環境省にいましたが、国内の体制をまとめないと、対外政策はできないということを実感してきました。COPで何を決めても、国内とのズレが出てしまいます。京都議定書は日本の経済界にとってトラウマになってしまいました。対外的な政策と国内的な力をどう結びつけるかということが課題ですね。ただディベートでどちらかが相手を論破して問題が解決するということはほとんどありません。むしろ妥協の技術を身につける必要があります。反対意見は聞きたくもないという人も中にはいますが、寛容性・多様性が求められます。

目標2℃以内のシナリオ

江守:COP の合意では、気候変動対策の長期目標として、産業化以前からの世界の平均気温の上昇を2℃以内に抑えるための大幅な排出削減が必要とされています。何も対策をとらないでいると、今世紀末までに世界の平均気温は4℃ほど上がると考えられています。一方、徹底的に対策をとった場合は今世紀後半には気温上昇が止まるとされ、これが現在目指されているシナリオです。しかし気温の上昇はCO2 の累積排出量に比例し、気温の上限から排出量の上限が決まりますが、単純に言うと、あと30 年ほどで許容排出量を使い尽くしてしまう計算です。上昇を2℃以内に抑えるためには、今世紀末には世界全体のCO2 排出量を0 またはマイナスにしなければなりません。また、気温上昇が何度を越えるとどんなリスクが発現し、深刻化するかが調べられていますが、どんなリスクを避けるべきかは社会の判断です。そこでお聞きしたいのは、次の2 点です。

(1) 2℃以内という目標をどう見るか

(2) この問題を巡る産業界とNGO に代表されるような対立をどう見るか

西村:(1) については、難しいけれども不可能ではないでしょう。不可能ではないとする分析は多くありますが、例えばコロンビア大学のジェフリー・サックス教授が、主要国の専門家を集めて議論した最新のレポートがありますが、そこでも、「我々は不可能という前提で作業はしていない」、「それを可能にする技術は存在している」という前提で分析をしています。

2014 年のIPCC第5次報告書で2℃を達成するシナリオとして描かれているパスは、2050 年の時点で現状より40‐70%削減し、今世紀末までにネットゼロにするというモノです。要するに各国が自分の排出量を5 年とか10 年単位で幾ら幾ら削減するというのではなく、究極のところ約80年かけて、どの国も排出をフェーズアウトするという話ですが、私は、それは可能だと思っています。

(2) についてはいつも思うのですが、この議論に一体どういう意味があるのか?、そしてどこに行こうとしているのか?。日本が「2℃は無理だ」と言い出すと世界から「日本の敗北主義の所為で国際合意は実現しなかった」と言われかねないかとの懸念があります。

再生可能エネルギーの値段は急速に競争力を持ってきています。世界有数の投資銀行などは、大型のエネルギー供給体制はやがて死滅して、太陽光などの再生可能エネルギーの新しい文明がやってくると論じています。もはやCO2 を削減するというレべルではなく、再生可能エネルギーに代替していく、フェーズアウトしていくという時代です。

田中:まず (1) については、IEA の”Energy Technology Perspectives 2014”でも述べられているように、再生可能エネルギーのコストが下がってきていますが、なかなか大変だと思います。少し前までは、2050年までに電力部門を完全にカーボンフリーにするためには、再生可能エネルギーが半分、残りの半分を原子力とCCS(二酸化炭素貯留)でシェアするということだったのが、再生可能エネルギーの割合が増えて65%ぐらい行けるのではないかと。残り35%のうち15%が原子力、あとはCCS という割り振りが必要だという考えです。

再生可能エネルギーの導入にはもっとやりようがあるんじゃないかという議論があります。それにはコストを下げなければなりませんが、今の電力供給システムは再生可能エネルギーを敵視する政策をとっている。もっとフレンドリーな、最初から再生可能エネルギーを入れ込むような枠組みをつくれば、可能なのではないかという研究結果が出ています。

それから中国もインドも国内に安くて大量の石炭がありますから、石炭を燃やす。これから成長していくASEANもそうでしょう。それをやめろとは、なかなか言えないですよ。それらの国に技術移転するなり、CCS のフレームをつくるようにするなりしないと、削減は難しい。

最後に3.11 フクシマ以降の原子力を、どういう風に見なおせるのか。日本が将来の原子力の課題、安全の問題を解決しなければならないと思っています。

(2) については、サステイナブルなビジネスモデルの視点から見て、産業界とNGOの議論は、かなり近づいているのではないかと理解していますが。

小島:さっきも少し言いましたが、COPの国際条約交渉に参加している人達には、気候変動は人為的なものによって起こっているという共通認識があります。条約の目的の一つは、気候変動に対する人為的干渉を一定の限度に抑制するということですし、条約を批准しているということは、気候変動が人為的に引き起こされているということを認めているということだからです。しかし、依然として、国内では、温暖化はしていないとか人為的なものではない、といった議論さえまかり通っています。専門家の言うことを無批判に受け入れないという姿勢は大切なことですが、温暖化は嘘だという人々も、その知識や見解が他の人の見解の受け売りということも、多々あると思います。メディアリテラシーというのは、なにもかも嘘だと言うことではなくて、いろいろなものを学んで自分で判断するというプロセスです。それが今すごく必要だと思います。

国際的な条約を決めるということと、それをどう実現していくかという議論は別のものです。COP の中では2℃でやろうという決定をしたので、あとはどのような道筋でそれをやるかという方法論を詰めなければなりません。2℃がいいかどうかという議論と、それをどうやって実現していくかという議論は違いますから、区別しておかないとなりません。

住:2℃という目標は国際的な条約交渉のフレームとして、できあがっているわけですよ。G8 でもどこでも安倍首相はそれを守ると明言しているのに、国内ではまだ何やかやと言っている。しかし、海外と国内のダブルスタンダードはありえないでしょう。2℃という目標が各国との外交フレームで決まっているなら、それを受けて議論すべきです。気候変動枠組条約は、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットをうけ、ヨーロッパが中心になって立ち上げました。ヨーロッパの理想主義者たちの20 年だったという言い方をする人もいる。それに対して、アメリカのように、我々は自分たちの国だけでやっていくと言える大国はいいけれど、日本はそう言えないのだから、グローバルな国際協調のスキームに従わざるをえません。

(2) の産業界とNGO の確執も、自分であまり考えていないから、妥協ができないのだと思います。ヨーロッパには産業界の人も一般のNGO も自分たちは市民だ、という共通のコンセプトがあるから対話が成り立っているのではないかという気がします。

2/2につづく)

*環境省環境研究総合推進費課題S-10の研究活動として実施した。

執筆:小池晶子 撮影:福士謙介

編集:青木えり、江守正多、高橋潔

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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