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【気候変動】立ち上がれ!日本の気候メディア

江守正多東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
(写真:アフロ)

気候変動問題は、世界の重大な問題であるにもかかわらず、市民の関心を引きにくいです。今回はまず、この傾向が心理学や行動科学の観点から、どのように分析されているのかを共有したいと思います。

また、この傾向は日本で特に顕著であるようにみえます。これを改善するための日本でのメディアを通じたコミュニケーションの見通しを考えます。

気候変動は道徳的直観に訴えにくい

たとえば国内で凶悪犯罪の事件があれば、多くの人がそれに関心を持ち、メディアでの報道が繰り返され、日常会話において頻繁に話題に上がり、そのような犯罪を防止する対策を多くの人が支持するでしょう。

その理由の少なくとも一部は、そのような犯罪が許されるべきではないという、人々の道徳的直観が刺激されるためと考えられます。

気候変動問題も、よく考えると許されるべきでない問題のはずなのですが、凶悪犯罪に対するのと同様な社会の反応は起きにくいです。

その理由として、気候変動問題が人間の道徳的直観に訴えにくい、いくつかの性質を持つことを指摘できます。それらは、人間が進化の過程を経て獲得した脳のクセと関係しています。

気候変動は抽象的で非意図的

以下は米国オレゴン大学のマルコヴィッツとシャリフが二〇一二年に発表したレビュー論文に基づきます。この論文によれば、気候変動問題を人間が道徳的に判断する上での心理学的な阻害要因は六つあります。

1つめは、「抽象性と認知的な複雑性」です。温室効果ガスの排出、気候の変化、人間社会や生態系への影響という経路を経て発現する気候変動のリスクは、直観的に把握することが難しく、理解するために脳への負担を強います。人間活動の影響がなくても気候が自然にも不規則に変動することなどを考えるとなおさらです。気候変動は、わざわざ努力して脳を使わなければ把握しにくい問題なのです。

2つめは、「意図的でない行動は責めにくい」ということです。他者や生態系に危害を加えることを目的に温室効果ガスを排出している人は普通いません。我々は誰も意図して気候変動を進めたいとは思っていないのに、気候変動の原因を作ってしまっています。人間の道徳的直観は、意図的な悪事には反応しますが、意図的でない場合は見逃す傾向があるため、気候変動に反応しにくいのです。

自分が責められている気がする

3つめは、「ギルティ(罪悪感)バイアス」です。人間活動が原因で気候変動が起きていると聞くと、罪悪感が湧き、自分が責められているというネガティブな感情が喚起され、人々は防御的に反応しがちです。自分が普段特に気候変動に配慮した行動をしていないという自覚があればなおさらでしょう。この気持ちになると、気候変動の話題に対して距離を置いたり、人によっては反発したくなるかもしれません。

4つめは、「不確実性が生む希望的観測」です。気候変動のリスクの見通しや対策技術の発展の見通しには不確実性がありますが、それは良い方向にも悪い方向にも転びうるということです。しかし、人間には楽観バイアスがあり、不確実性を都合よく解釈して、リスクは小さいかもしれないし、革新的な技術が解決してくれるかもしれないと、根拠なく期待する傾向が生じます。おそらく、前述したように「自分が責められている」気がしていると、責任を回避するために、さらにこのように楽観的に考えがちでしょう。

リベラルと保守の価値観の違い

5つめは、「道徳的な部族主義」です。以前の別の記事で詳しく説明しましたが、いわゆる「リベラル」の人と「保守」の人では心理学的な道徳基盤への感度が異なり、リベラルは「ケア」と「公正」という二つの基盤に依存するのに対して、保守はそれら二つに「忠誠」、「権威」、「神聖」を加えた五つの基盤すべてに依存するという傾向が知られています(ハイトの道徳基盤理論)。気候変動の道徳的問題は主としてケア(深刻な被害を受ける人々や生態系への配慮)と公正(原因に責任が無い人々が深刻な被害を受ける構造的な不公正の是正)の道徳基盤に訴える形になるため、リベラルな価値観の人には響きやすいですが、保守の価値観の人には部分的な関心しか持たれない可能性が高いです。

こうして、「リベラルは気候変動問題を重視し、保守は軽視する」というステレオタイプが生じてしまうと、気候変動が両者の対立的なテーマの一つと認識され、(米国等で顕著なように)保守のアイデンティティーを持つ人は無条件で気候変動問題を軽視したり対策を敵視するということも起きます。

最後の6つめは、「長い時間軸と遠い場所」です。気候変動の被害は現在よりも将来世代に対してより顕在化しますし、深刻な被害が出るのは相対的には先進国より発展途上国の人々です。そこで、気候変動問題は将来どこか遠くで起こる問題と認識されがちです。特に、人間には自分の属する「内集団」とその外側の「外集団」を区別し、内集団を優遇する傾向(内集団バイアス)があるため、「将来の遠くの誰か」を外集団とみなしてしまうと共感が働きません。この傾向は保守的な価値観の人に起きやすいと考えられます。

動き出した日本の市民とメディア

以上を踏まえた上で、ここからは、メディアを含めた日本の状況について考えてみたいと思います。

まず、現状の日本において気候変動問題について積極的に知りたい、論じたい、行動したいと考える人の割合は高くなさそうです(個人的な想像では、阻害要因の1「複雑性」と3「罪悪感」が効いている気がします)。すると、メディアはニーズが小さいと判断し、気候変動を頻繁には取り上げなくなります(これも想像ですが、メディアの番組制作側にも1と3が効いて気候変動を避けがちな人が多いと思います)。すると視聴者も関心を持つきっかけを得にくいという悪循環になります。

この悪循環を断ち切る方法としては、気候変動に関心の高い視聴者がメディアに要望すること、そしてメディアの中で気候変動に関心が高い人たちが関係者を説得して、気候変動を取り上げる頻度を増やすことが考えられます。

そして、まさに最近、そのような動きが立ち上がりつつあります。昨年の夏に小学校教師の小林悠さんが始めたオンライン署名「暑さの原因報道して」には約二万筆が集まり、報道各社に届けられました。

これに応えるかのように、今年六月には井田寛子さん正木明さんの呼びかけにより、気象キャスター・予報士の有志四十名以上が、日々の気象と気候変動を関連付けて発信することを目指す共同声明を発表しました。

これらの動きを、一般社団法人Media is Hopeという組織を通じて多様な人たちがサポートしています。筆者自身も、応援コメントを送るなどの形で機会がある毎に協力してきました。

とにかくこれで、準備は整いました。あとは、どのような機会に何を発信していけるかが勝負になります。

メディアは何をどう伝えるべきか

まず、気候変動が人々の意識に上る機会を単純に増やしていくことが有効なのは間違いないでしょう。Media is Hopeの勉強会で、気候変動メディアの活動を国際的に推進しているCovering Climate Nowのマーク・ハーツガード氏が紹介してくれたフランスの天気予報番組では、スタジオで天気を説明する画面のすぐ脇に、地球温暖化を示す過去の気温上昇のグラフが常に置かれていました。つまり、今日の天気を説明する背景として常に気候変動を意識する状況が演出されており、グラフは頻繁に画面に映るため、気象キャスターが気候変動について毎回言及する必要もありません。日本でもこれができたらよいと思いました。

次に、2つめの阻害要因の「非意図的」に関連して、筆者の実感では、多くの日本人はまだ、自分を含む人間の活動が原因で気候変動が進んでいるという感覚を持てていなさそうです。むしろ、災害が増えるのは仕方がないと受け入れてしまっている方が多い印象です。「人間が原因なので人間に止められる」という考え方を、繰り返し伝えていく必要があると思います。

その際に同時に、3つめの「罪悪感」を刺激しないように、これからの社会を脱炭素な方向に作り替えていくことを前向きに目指すなどのポジティブな語り方を意識すべきでしょう。

5つめの「部族主義」に関しては、昨年十一月に発表された、スマートニュース・メディア価値観全国調査が非常に参考になります。この調査によれば、日本では保守とリベラルの価値観の違いは米国のように大きくはなく、メディアの分断(米国では保守とリベラルで視聴するメディアがまったく異なる)もほとんど起きていません。ただし、日本では保守を自認する人がリベラルより多いです(「わからない」を除き、保守四八%、中間二三%、リベラル二九%)ので、多くの人に響くためには、日本の国益やプライドにある程度寄り添った語り方が有効かもしれません。

もっとも、SNSでは価値観の分断はより顕著であり、若い人はSNSしか見なくなっている傾向があるため、その点は大きな課題です。しかし、まずはマスメディアにできることから、挑戦が大きく進むことを願っています。

(初出:岩波『世界』2024年8月号「気候再生のために」)

東京大学 未来ビジョン研究センター 教授

1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。記事やコメントは個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

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