大事なものを抱えながら仕事に向き合う覚悟を示す。若手営業女子の提言で誕生した「はぐ(Hug)マーク」
「はぐ(Hug)マークを付けること、これはもう覚悟なんです」
2018年2月に開催された「新世代エイジョカレッジサミット2017」の会場で流れた動画の中のこのセリフに、グッと心を掴まれた。
「はぐ(Hug)マーク」とは、子育てしながら働く女性などが「仕事以外にも大事にしているものがある」ことを表明するもの。名刺などにこのマークを入れることで相手に自分の働き方を伝え、コミュニケーションの円滑化を図ろうという狙いで作られた。
ぜひ実際の動画を観て欲しいが、時間のない方のために少しだけ中身を紹介する。
まず提示されるのは、はぐ(Hug)マークのコンセプト。
その後、キリンビールで営業の仕事をする川西万里香さん(撮影当時:広域法人統括本部 広域法人支社広域法人2部 主任)が登場し、冒頭で紹介したセリフが出てくる。
ママになっても営業でいたい若手女性達が発案
「はぐ(Hug)マーク」は、「営業女子(エイジョ)たちが結婚や出産などのライフイベントをきっかけに現場を離れてしまう」という共通課題を持つ企業による合同プロジェクト、「新世代エイジョカレッジ」の事務局が制作した。
元となるアイデアは、2016年のエイジョカレッジに参加し「労働生産性実証実験」で 大賞を受賞したキリン株式会社のエイジョたちの提言の中にあった。
まだ子供のいない5人の社員からなるこのチーム(チーム名:なりキリンママ)は、保育園児のママになりきって1ヶ月を過ごし、子育てしながら営業を続けられるのかどうかを検証。同時にチーム内にママがいる状況を上司や同僚にも体験してもらい、生産性向上や組織運営のヒントを導き出そうという実証実験を行った。
具体的には、ママになりきる1ヶ月の間、以下のようなことを実行した。
・ママになりきる実証実験をすることを、社内外の関係者に宣言
・定時出社・定時退社(週に1日は夫のサポートがある想定で、その日は残業や飲み会などに参加)
・協力を依頼した他社のチームから予告なく連絡を入れてもらい、子供の急な発熱があったものとして早退する
・帰宅後もママになりきって自炊などし、やったことを「ママ日記」に記録して周囲に共有
など
その結果、残業時間は前年同月の51%に抑えつつ、業績は前年維持かつ全国平均を上回るという素晴らしい結果が出た。上司も大いに評価し、人事部にかけあってこれを全社的な取り組みとすることも決まったのだ。
この実証実験を通じ、「なりキリンママ」チームのメンバーたちが得た一番大きな気づきは「ママになっても営業できるかも!」ということだったという。ワーキングマザーの日常をシミュレーションすることで、漠然とした不安を乗り越えることができたのだ。と同時に、営業ママの活躍を妨げる課題も見つかった。
課題の中でも、同僚・上司・会社、さらには得意先や社会の理解がないと解決が難しいものがある。その理解を促すために、彼女らが提言したのが以下の2つのことだった。
1.なりキリンママ・パパ研修(「なりキリンママ」チームが得た知見を元に「ママ取扱説明書」を作成。それを共有した上で、研修としてあらゆる社員が「1ヶ月ママになりきる実験」を行う。まずはキリンで実施し、そのノウハウを他社にも提供する)
2.マママーク名刺の作成(営業の必需品である名刺に「ママであること」を示すマークを入れ、得意先に理解してもらうきっかけを作る)
「はぐ(Hug)マーク」はこの2番目の提言を受けて生まれたものなのだ。
子育てに限らず、何か大切にしているものがある人に使って欲しい
ひとつのチームの提言がエイジョカレッジ 全体での取り組みに発展した経緯やマークに込められた思いなどを、新世代エイジョカレッジ 事務局の藤原智子さん(株式会社チェンジウェーブ 副代表)に伺った。
- 「なりキリンママ」チームの提言を、新世代エイジョカレッジ 全体の取り組みとしたのは、どのような経緯があったのでしょうか?
藤原: このマークを広めることで社会全体の理解を得られるようにしていきたいという彼女たちの思いをキリンの多様性推進室の皆様が受け止め、「なんとか形にしたい」と持ちかけてくださったんです。キリンさんも含む7社と弊社とで構成されるエイジョカレッジの実行委員会があるのですが、そこで起案があり、皆が賛同して検討が始まりました。
- そうだったんですね。マークのデザインは一般投票で決まったんですよね。
藤原: どうしたら世の中に広がるか議論を重ね、注目していただくためにデザインを一般投票で決めることにし、実行委員の皆様から社内外に投票を呼びかけていただきました。
- 3つのデザイン案があったんですよね。
藤原: はい。子供の顔が付いていない手だけのデザインもありました。というのは、このマークを使うのはママじゃなくてもいいと考えているんです。パパはもちろん、子供がいない方でも、例えばご家族の介護があるとか、勉強や社外での交流のための時間を持ちたいとか、何か大事にしているものがあって、それを仕事にも生かしていこうという思いもある、そんなことを表すマークにしたいと「なりキリンママ」チームのメンバー達も言っていて。
今回は投票でこのマークが選ばれましたが、まだまだ子供を持って働くお母さんに対する理解が得づらいという今の社会環境の中で、まずは分かりやすいデザインが支持されたのかな、と理解しています。
名称もいろいろ考えたのですが、「何か大事なものをはぐくむ」という意味で捉えてもらえれば、ということで「はぐ(Hug)マーク」になりました。
現役の営業ママのポジティブな言葉に気付かされたこと
- コンセプトムービーはどのように作られたのでしょうか?
藤原: マークを社会に広げていくために、今後は実際の企業での導入事例を発信していくつもりです。そのため、まずは導入企業様を募るところから始めようということになりました。
導入を検討するときに、「はぐ(Hug)マーク」を付けた名刺を交換することでお客様とどういう会話が生まれるのか、本人とお客様はどう思うのかーー、そういうことがリアルにイメージできるムービーがあると分かりやすいですよね。それで、発案者のキリンさんと、実験的に使ってみたいと手を挙げてくださった東急リバブルさんと一緒に、今年2月の「エイジョカレッジサミット2017」での発表を目指してムービーを作りました。
- あのムービー、すごく良かったです! 「はぐ(Hug)マークを付けるのは覚悟なんだ」という言葉がいいなと。
藤原: ありがとうございます。私たちもあの言葉を聞いて、「なるほど、そういう風に捉えるのか」と気付かされたんですよ。
- 台本があったわけではなく、自然に出てきたものだったんですか?
藤原: そうです。すごく素敵なことをおっしゃるなと、事務局でも話をしていました。
「なりキリンママ」チームの元々の発想は、ママが営業を続けるためには取引先の理解も必要だけど、なかなか言いづらいということだったんですね。子育てを言い訳にするようで後ろめたい。それをさりげなくマークを付けることで察して欲しい、というような……。
ですが、実際に現役のママで営業の方に使ってみてもらったら、あのマークをすごくポジティブに捉え、お客様に対してというよりも、自分のマインドを変える効果があったという風に言ってくださって。「なりキリンママ」チームにとっても新たな発見だったのではないでしょうか。
- あのムービーからは、営業の川西さんが普段からお客さんと良い関係を築いていらっしゃるんだろうな、ということも伝わってきました。
藤原: バッチリ信頼関係があるんだと思います。その上で、ああやってもう一歩踏み込んで自分のことを伝えることで、より近しい関係でお仕事ができるんじゃないか、とも感じます。お客様側であるヤクルトの専務の方のインタビューも出てきますが、「自分たちも何かしていかなきゃいけない」とおっしゃっていて、お客様の側への波及効果があることも分かりました。
営業に限らず、社内外のコミュニケーションに活用して欲しい
- ムービーの後半には、東急リバブルの営業の山下明日香さん(横浜センター ・リーダー)が「子供がいる、と言い出すのが怖かったけれど、言ってみたら『お仕事と両立していてすごいわね』とか、意外とポジティブに受け止めてもらえた」ということをおっしゃっています。
藤原:はい。
- 私は営業ではないですが、何かあった時に自分の代わりをしてくれる人がいないフリーランスなので、お客さんに子育て中であることを伝えた方が良いかな、と思うことがあるんです。だから、山下さんの言葉にも共感しました。
藤原: 「はぐ(Hug)マーク」は営業に限らず色んな方に使ってもらいたいです。フリーランスの方もそうだし、副業をされている方なんかも使ってくれたらいいですね。
- 「実はこんな副業してます」という会話の糸口になりますね。
藤原: 今回、名刺に直接印刷したりシールにして貼ってもらえるものの他、メッセージカードもデザインしてダウンロードしてもらえるようにしたんです。これは、異動したときなどに社内外で配ったりするのにもいいと思いますよ。
- なるほど。社内での相互理解にも役立ちますね。色々な活用の仕方が出てきそうで、楽しみです。
「はぐ(Hug)マーク」は以下の新世代エイジョカレッジのウェブサイトにて、無料でダウンロードできます。
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