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山本由伸の英断が術後復帰率5割以下の手術を回避できたと考えられるワケ

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
MLB移籍後初の負傷者リスト入りをした山本由伸投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【MLB移籍後初めて負傷者リスト入りした山本投手】

 すでに各所で報じられているように、ドジャースは現地時間の6月16日に、山本由伸投手を15日間の負傷者リスト(IL)に加えることを発表した。

 前日のロイヤルズ戦に先発登板したものの、右上腕三頭筋のハリを訴え2回終了時点で交代するというアクシデントが起こった山本投手に対し、試合終了後デーブ・ロバーツ監督が「IL入りする可能性は大」と説明していただけに、誰もが既定路線だと受け止めたのではないだろうか。

 だがその後に衝撃的なニュースが舞い込んできた。16日の試合後にロバーツ監督が、山本投手が同日に受けた精密検査の結果を明らかにし、ローテーターカフ(回旋筋腱板)の損傷が確認できたため、当面は投球行為を凍結し患部の治療に専念する方針を示したのだ。

【回旋筋腱板の損傷は投手にとってリスクが高い負傷】

 実は山本投手が上腕三頭筋のハリにより早期降板した後、個人的に様々な見解をX上に投稿させてもらっていた。その中の一つに「過去の取材経験から上腕三頭筋のハリを起こす場合、ヒジに問題が生じたケースが多々あった」という内容の投稿を行い、単に上腕三頭筋だけの問題ではない可能性があることを説明していた。

 ただ山本投手はプロ1年目のオフから師事する矢田修先生の下でヒジに負担のかからない投球フォーム改造に取り組み始めて以降、一度もヒジに問題を起こしていなかったので、それほど深刻に捉えてはいなかった。

 また仮に内側側副靱帯を損傷していたとしても、最悪の場合でも大谷翔平選手ら数多くの症例があるように、靱帯の再建手術を受ければ約18ヶ月後には確実に復帰できるとも考えていた。

 ところが山本投手が回旋筋腱板を損傷していたことが明らかになり、背筋が凍る思いがしたのは自分だけではなかったはずだ。長年MLBを取材してきた立場として、投手の負傷箇所として最も避けたいのが回旋筋腱板だと認識していたためだ。

 あくまで現場取材での肌感覚として、回旋筋腱板を損傷した投手が完全復帰できた症例がほとんど思い浮かばないのだ。

【野球選手の術後復帰率は5割以下という事実】

 回旋筋腱板についてはネット検索すれば誰でも確認することができるが、とりあえず説明しておくと、肩甲骨と上腕骨を繋ぐ4つの筋肉の総称で、野球における投球動作で最も重要な筋肉だとされている。つまり回旋筋腱板を損傷してしまうと、投球に大きな影響を及ぼすことになる。

 すでに日本のメディアが、過去にNPBで回旋筋腱板を損傷した投手として斉藤和巳投手や由規投手らを挙げているように、彼らの例を見ても負傷後はかなり苦しい野球人生を過ごしている。

 改めて米国の医学論文の一つをチェックしてみたところ、やはり自分の肌感覚は決して間違っていなかったことを確認することができた。

 「JOURNAL OF SHOULDER AND ELBOW SURGERY」という学術サイトで、プロ野球選手が受けた回旋筋腱板修復手術に関する医学論文が2019年7月13日に公開されていた。

 この論文によると、修復手術は大きく2つの術式(損傷箇所をブリッジでつなぐ「ブリッジ方式」と損傷箇所を縫合する「修復方式」)があり、現在ではブリッジ方式が主流になっているようだ。

 この論文は2010年から2016年における症例を集めているが、全151例の内、130選手がブリッジ方式の手術を受け、残り21選手が修復方式の手術を受けている。

 だが手術を受けた選手の復帰率(RTS)はかなり低く、ブリッジ方式に関しては50.8%で、修復方式に至っては33.3%でしかない。しかもRTSは術後に試合復帰できた選手をすべて含んでおり、ほぼ元通りの状態でプレーできるようになった選手となると、さらに率が下がってしまう。

 ともに修復手術を受けている斉藤投手と由規投手の術後経過を見れば、まさに論文の調査結果を裏づけているだろう。

【もし山本投手があのまま続投していたら…】

 今回山本投手にとって不幸中の幸いだったのが、損傷はあくまで「strain(緊張状態)」であり、亀裂などのダメージは見つからず修復手術を必要としないと診断されたことだろう。

 山本投手がロイヤルズ戦後のメディア対応で語ったところでは、6月7日の登板後から上腕三頭筋のハリを感じていたようで、その時点で回旋筋腱板も損傷していたと考えられる。

 そして当初の中5日登板から中7日登板にずらしたものの、試合前にブルペンで準備している際から再びハリを感じていたことを考えれば、回旋筋腱板はずっと損傷したままだったわけだ。

 山本投手は上腕三頭筋のハリについて「そんなに長くなるような感覚ではないと思います」とかなり楽観視しており、多分山本投手としては無理をすれば投げられる状態だと感じていたはずだ。

 仮に山本投手が先発投手としての責任感を優先させ、あのまま続投していたとしたならば、回旋筋腱板に亀裂などのダメージを生じさせていたリスクは否定できない。自ら降板を申し入れた山本投手の英断は、自らの投手生命を救う行為だったといっても過言ではないだろう。

 ただ山本投手が投手生命を危険に晒す回旋筋腱板を損傷したという事実は変えようがない。再発を避けるためにも、ドジャースは相当慎重に対処していくことになるだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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