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日本では政策評価が活かされていない…尾身茂氏のインタビュー記事で考えたこと

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
コロナ禍対策で、尾身茂氏は多くの役割を果たした(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 朝日新聞が、ネットでは2023年9月28日付、紙面では10月1日付で、政府のコロナ対策分科会長などとして、専門家の立場から政府のコロナ禍対策で中心的役割を担い、現在対策の一線を退いた尾身茂氏のインタビューに基づく記事を発信している(注1)。

 同氏は専門家による提言や政府との交渉を担った。同記事において、その経験から、政府のコロナ対策をめぐる対応は、次の6つに分類できると指摘している。

①趣旨を理解した上で専門家の提言を採用

②採用したが実行が遅れる

③提言の趣旨を理解していない

④提言を採用しない

⑤専門家と協議せずに独自に判断

⑥専門家と相談していないのに相談したと言って進める

 また、安倍・菅・岸田各政権における専門家の提言への上述分類に基づく対応の相違は、次の「表:各政権の提言対応の相違点」とおりであったと指摘している。

安倍政権における尾身氏をはじめとする専門家の役割は何だったのか
安倍政権における尾身氏をはじめとする専門家の役割は何だったのか写真:代表撮影/ロイター/アフロ

菅政権における尾身氏らの専門家の役割は何だったのだろうか
菅政権における尾身氏らの専門家の役割は何だったのだろうか写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 そして、同記事では、同氏は、「我々はできるだけ合理的で納得感のある提言をつくるようにしてきた。だが、データや時間的な限界があり、完璧だなんて思っていない」、「政府と我々の関係は特殊な状況だった。これがよかったのかどうか。歴史の審判を受けるしかない」と発言したことも述べている。

岸田政権での専門家の役割は何だったのだろうか
岸田政権での専門家の役割は何だったのだろうか写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 同記事は、同氏は、『1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録』という本を9月に出版したが、第三者に自分たちの提言が妥当であったかを検証してほしいということが、執筆の動機の一つであったということも指摘している。

 筆者は、尾身氏の考えや執筆の動機は非常に重要なことだと考えている。

 日本では、政策が立案され施行されても、その成果や結果が的確に評価され、その経験や知見が、次の政策の立案や政策改善に活かされることはない。

 極端ないい方をすると、日本では、打ち上げ花火のように、絶えずゼロベースで、「新しい政策(たとえ過去に同様の政策があっても)」が立案され、執行されることを繰り返し、知見が社会的に蓄積されて、次に活かされることがない社会だ。それは、政治においても、行政においても、同様だ。

 社会が豊かで恵まれていて、政府財政が潤沢なら、それもありだろう。だが、現在の日本は、それらの点で厳しい状況にあるという現実を踏まえれば、政策の効果性や有効性をできるだけ高めると共に、うまくいかないことや失敗があればそこからの知見や経験を得て、次に生かし、政策の成果の確立を高めていくべきだ。

 そのためには、実施された政策や対応に対する的確かつ適切な評価はぜひとも必要なことなのだ。そして、その評価は、政策の立案者や執行者等のあら捜しや批判・非難のためではなく(もちろん重大な過失があれば別だが)、政策の改善や今度の政策作成・執行に活かすための知見を得るという視点で行われるべきだろう。その点を踏まえた評価がなされないと、適切かつ有効な評価はなされないだろうし、政策の立案・執行者は対象の問題や課題に対応するよりも評価のしやすい安易な政策に流れる危険性も高まる。

 政策実験や行動経済学などの考え方もあるし(注2)、今後AIなどテクノロジーのさらなる進展があれば大きな可能性も生まれるし高まろうが、政策などは、社会的に事前に実験することは容易ではなく、失敗等を完全に回避することや有効度や有効性の完全予測なども難しいから、ある程度のリスクや不確実性のある政策が立案・執行されることは避けられない。特にコロナ禍のように未曾有の危機的状況においては、特に判断や決定におけるミスやリスクは当然に高まる。そこでは、担当者や当該者を全面的に非難し、全責任を負わせることはある意味で無意味だ。重要なことは、その際の知見や経験などを、その後に活かせるように、社会的な知見にしていくことなのだ。

 他方、時間やコスト等を勘案するとすべての政策の評価をすることは現実的ではないだろう。そこでまずは、今回のコロナ禍対策のような社会全般に甚大なる影響のあった政策や新規でかつ大規模な政策に限定して、第三者による政策評価を行うように制度化すべきだろう。その際には、先の原発事故後にその真相究明のために設立された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)」(注3)などの仕組みも参考にすべきだろう(注4)。

 いずれにしろ、尾身氏が指摘していることなどは、コロナ禍という特定の出来事だけでなく、日本の政策のあり方全般に適用され、今後の政策形成において活かされるべきだといえるだろう。

(注1)さらに、朝日新聞は、関連インタビュー記事「『ここは学会じない』何回か言った」(ネットでは9月28日、紙面では10月11日)も掲載している。

(注2)これに関しては、次の記事などを参照のこと。

「マーケティングにも役立つ行動経済学とは?有名な6つの理論を紹介」(Sprocket、2022年 5月31日(更新日時:2023年 2月21日))

「行動科学・ナッジ」(三菱UFJリサーチ&コンサルティングHP)

「特派員レポート(前編):EBPM 特別ワークショップ2020 with 今井耕介 ハーバード大教授」(瀬戸崇志、森田恵美里、加納寛之、PEP = Policy Entrepreneur’s Platform (政策起業家プラットフォーム)、2020年2月27日)

(注3)これに関しては、次の拙記事などを参照のこと。

「国会事故調に関する私的メモを公表する…日本の政治・政策インフラの向上のために」(Yahoo!ニュース、2021年3月11日)

(注4)政策形成・決定における専門家の関わり(特に、平時ではない場合)について、海外の事例も含めて、次の拙論文にまとめてあるので、参照のこと。

「政府の情報発信は適切だったのか? : 今般のコロナ禍に対する各国の政府の対応」(嘉悦大学Discussion Paper Series、2022年5月)の「4.専門家の活用」

また、政治と科学との関係性に関しては、次の拙記事を参照のこと。

「尾身茂コロナ対策分科会会長のインタビューが示唆する「科学と政治」の関係性の問題」(Yahoo!2023年ニュース、2023年1月28日)

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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