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尾身茂コロナ対策分科会会長のインタビューが示唆する「科学と政治」の関係性の問題

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
国会答弁をする尾身茂会長(写真:つのだよしお/アフロ)

 朝日新聞が、政府の尾身茂コロナ対策分科会会長に対してインタビューを行い、その記事が掲載された(注1)。新型コロナウイルス感染者が日本国内で確認されてから既に3年が経った。それを受けて、日本のコロナ対策の初期の段階からかかわり、現在政府のコロナ対策分科会の尾身会長が、朝日新聞のインタビューに応じたものである。

 尾身会長は、安倍、菅、岸田の3つの政権において、その立場は少しづつ変わりながらも、総理のコロナ禍に関する記者会見などでも、多くの場合総理に代わって、コロナ禍やその対策に関してかなり説明などを行い、ある意味でコロナ禍対策における政府のスピーカーあるいは説明者・代弁者としての役を担ってきた。

コロナ禍において政権が何度も代わった
コロナ禍において政権が何度も代わった写真:西村尚己/アフロ

 その尾身会長が、同インタビューで、3政権のコロナ対応について、「例外的だが、専門家の意見を聞くプロセスがないままに、政治が判断することがあった」ということを明らかにしている。その例外としては、次の事例などがあったと指摘している。

・全校の小中高校などにだした「一斉休校」の要請@安倍政権 2022年2月

・感染拡大中にも関わらず継続した「Go To トラベル」@菅政権 

・濃厚接触者の待機期間の最短3日間への短縮化@岸田政権

GO TOトラベルキャンペーンで新型コロナ感染症 国内の感染者増加傾向に
GO TOトラベルキャンペーンで新型コロナ感染症 国内の感染者増加傾向に写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

 そして、尾身会長は、次のような発言をしている。

・「感染症の大流行は、社会、経済、教育、外交、財政に極めて強いインパクトを与えます。そういう中で本来あるべき姿というのは、まずは科学的評価がないといけない。専門家としては、その評価に基づいても求められる対策について政府に提案することです。」

・「もちろん我々の提言はいつも完璧というわけではない。最終的に政府の考えが専門家の意見と異なる場合、政府はしっかり説明することが求められると思います。」

・「専門家として知ったいることを言わなければ、歴史の審判に堪えられないのではないか。そう思って政府に聞かれたことに対して意見を述べるだけでなく、専門家として言うべき意見を言うようにしてきました」

 尾身会長は、筆者も何度かお会いしたことがあるが、非常に誠実で真面目な方という印象のある方だが、上述の指摘や発言には、同氏の専門家として政治や政策形成にかかわってきた立場からの苦悩と葛藤を強く感じるところである。

 それというのも、尾身会長は、今般のコロナ禍への対策におけるその公的な立場は、単なる専門家あるいはその代表という立場にすぎないにもかかわらず、しかも未曽有の危機的かつ特異な状況において、単に専門家としてコメントやアイデアだけをいうだけでは済まず、時に政治や社会的な影響にもかかわったり、立ち入らざるを得ないような役回りや立場を果たさないといけなかったのだ。そのような状況や事実が、尾身会長の言葉の端々に強く感じられる。

尾身会長は、専門家として、総理との記者会見でも何度も説明した
尾身会長は、専門家として、総理との記者会見でも何度も説明した写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 また今般の状況は、日本において、特に危機的状況において政治と科学・専門家との関係がどのようであるべきかを本格的に考えざるをえなかった初めての事例だったのではないだろうか(注2)。

 日本でも、政府の審議会などで専門家の意見を聞く機会は多々ある。しかし、専門家が政治や政策形成に密接にかかわることは、一部の政治任用などを除けばほぼないのである。

 他方、今般のような感染症や科学・テクノロジーの進展などで、科学的知見の重要性はますます高まってきている。

 しかも、政治や政策形成におけるコミュニケーションや情報の発信などは、単に専門性や科学的知見があるだけでは十分ではなく、時に(特に危機的状況においては)多くの知見に基づく政治的な判断や対応も求められるのである。その点では、尾身会長は、行政やWHOなどの国際機関での経験と実績もあり、ある意味偶然にも、政治的な立ち回りもできる専門家という適任者であったということもできよう(注3)。

尾身会長はWHOでも活躍した
尾身会長はWHOでも活躍した写真:ロイター/アフロ

 しかしながら、今般のコロナ禍は突然にかつ短期間に拡大し今日でも継続してきている事案であるために、適切な仕組みが構築されてきているとはいいがたいし、また現在のようなグローバル社会では、このような出来事は今後も起こりうるということができるだろう。

 そのように考えていくと、今回の出来事や経験(その成功も失敗も含めて)を適切に振り返り、今後に活かしていくべきであろう(注4)。

 その際には、次のいくつかの点を考慮すべきであろう(注5)。

①政治や政策形成において、今後ますます科学やテクノロジーに関する知見は重要になる。

②①の考え方に基づけば、海外の政府にあるような政治や政策形成における知見・経験を有する専門家である科学担当顧問(常設)のような役職の設置を検討する。

⓷②とも関係するが、非常時の総理補佐官(科学担当)の設置(②の科学担当顧問が就任するもが一般的か)も検討すべきだろう。

④本記事ではほとんど説明していないが、コロナ禍などの緊急かつ危機的な状況において政府・政権が政治的なコミュニケーションや情報の発信ができる危機管理対応のできる広報担当者(総理補佐官。できれば政治家が望ましい)の設置を検討する(注6)。

 日本は、過去の経験や失敗から学び改善することが必ずしも得意ではないし、行わない社会だ。しかしながら、日本は、今後も失敗を繰り返し続ける余裕のある社会では既にない。今こそ日本は、失敗から学び、今後に向けての可能性を生み出していくべき時期にきているといえるだろう。

(注1)記事「コロナ3年 尾身会長 3政権専門家不在の判断があった」(朝日新聞、2023年1月22日号)参照のこと。

(注2)2011年の東日本大震災時に起きた福島第一原子力発電所事故でも、危機的状態における科学的知見・専門家と政治(的決定)の関係は本来は問われたのであるが、日本における原発の展開の歴史的な経緯などのために、そのような視点か適切に活かされることはなかった。

(注3)しかし、尾身会長の役職は、政治的な役割や責任を果たせるものではなかった。

(注4)そのような活動をするために、福島第一原子力発電所事故の対してその調査のための委員会(国会事故調)が国会に設けられたが、国会に独立調査委員会なども設けてもいいのかもしれない。その委員会の設置に関しては、拙記事「国会事故調に関する私的メモを公表する…日本の政治・政策インフラの向上のために」(Yahoo!ニュース 2021年3月11日)を参照のこと。

(注5)政策形成・決定における専門家の関わり(特に、平時ではない場合)について、海外の事例も含めて、次の拙論文にまとめてあるので、参照のこと。

「政府の情報発信は適切だったのか? : 今般のコロナ禍に対する各国の政府の対応」(嘉悦大学Discussion Paper Series、2022年5月)の「4.専門家の活用」

(注6)総理や官房長官がこの役割を担ってもいいが、今般のコロナ禍の状況をみてもわかるように、彼/彼女が、コミュニケーション巧者とは限らない。しかし、危機的状況下では、高いコミュニケーション能力は必須である。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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