【パリ】新潟ブランド米を使ったおにぎり専門店 O-Komé ひとつ500円のおにぎりに早くも常連客
パリにおにぎりブームが来ていることは、今年2月のこちらの記事でご紹介しましたが、このブーム、ますます加速する勢いです。
先日、サンジェルマンデプレ界隈からポンヌフに通りを歩いていて、(おや)と、足が止まりました。内側から溢れてくる温かい光、真新しい白い外観。よく見れば入り口には「O-Komé」とあるではありませんか。
興味津々でウインドーに張り付き、中を覗けば、日本の高級食材が…。そしてショーケースには可愛らしいおにぎりが並びはじめているところでした。
聞けば、オープンしたのが10月11日。わたしはできたてほやほやのおにぎり専門店に遭遇したのでした。
仕掛け人はこの方、Gilles ORIOL(ジル・オリオル)さん。
つまり、この店はフランス人が始めたおにぎり屋さんなのです。
日本人としては、(ブームに便乗した「なんちゃって」日本食店?)と、ついつい意地悪な色眼鏡で見てしまいそうなところですが、ウインドーに並んでいる食材はかなり通好みのセレクションで、しかもどこかで見たことがあるような…。
2018年8月に「サンジェルマンデプレの新潟 ―Kinase(きなせ)―」と題して、新潟の銘酒を揃えた店が誕生したニュースをご紹介しましたが、まさにそこで見かけた日本酒が並んでいて、店名にもなっている肝心のお米はもちろん日本米。それもいわゆるブランド米のようです。
このジルさん、じつはそもそも「Kinasé」の仕掛け人でもあって、日本酒に次ぐ商品としておにぎりに着目。勝機ありと見たタイミングで、いよいよおにぎり専門店のオープンとなったのです。
ご飯の炊ける匂い、それも上等なお米の匂いというのにわたしたち日本人は敏感ですが、このお店に入るなり、えもいえぬ香りに包まれます。店の奥がガラスで仕切られた厨房になっていて、日本人女性がふたり、きびきびと仕事をしているのが見えます。
こうなると、「なんちゃって」なのでは? という色眼鏡をすっかり外して、どういう経緯でこの店ができたのか、フランスでおにぎり屋は成り立つものなのか。いろいろな質問が頭のなかに沸いてきます。
快くインタビューに応じてくれたジルさんのお話がとても興味ぶかいものでしたので、ここにご紹介したいと思います。
「ソニー」からの転身
ジルさんはフランス、ローヌ・アルプ地方のサンテティエンヌという町で1970年に生まれました。1995年、ソニーに入社。南仏、パリ、そしてドイツ・ミュンヘンとイギリス・ロンドンでの仕事も経験しました。扱っていた商品は音響製品に始まり、携帯電話へ。一時は携帯電話のヨーロッパ市場でシェア20%を獲得していたソニー・エリクソンの時代をよくご存知です。
さまざまな役職を経験したのち、2016年にソニーを退社し、次の活躍の舞台を探していたときに、「gram3(グラムスリー)」の代表、坂本明さんに会いました。
当時、グラムスリーではフランスでの事業拡大を計画していて、その人材としてジルさんは適役でした。日本を知るには日本に住んでみるのが一番、という坂本さんの提案を受け、ジルさんは2年間、家族全員で日本に暮らすことになります。
その間に立ち上がったプロジェクトが「Kinasé」。新潟の地酒を中心に高級食材を扱う店をパリに出店するというものでした。ジルさんは、日本とフランスの橋渡し役、パリでの物件探しやスタッフのリクルート、法制上の手続きなどを取り仕切る一方、日本への理解を深めてゆきます。
妻と子供4人を連れて日本へ
「まずは妻が日本にすっかり恋してしまいました」と、ジルさん。
「2年間、わたしたち家族は、東西南北、各地を訪ねながら、完全に日本に浸ることができました。美食、洗練、礼儀正しさに触れ、感銘を受け、文化の深さを実感しました。そうした経験を通してわたしが魅了されたもの、それが日本のお米です。
米はフランスにもありますが、決してノーブルなものではありません。わたしは日本ではじめて、お米がこんなに美味しいものだったことを発見しました。しかもお米は日本人の精神性と深く結びついたもの。これはフランス、ヨーロッパにおける麦やパンと通じるものがある。つまり文化的側面と美食の側面とを合わせもつことに強く惹かれました。
そこで、わたしたちは米をパリに輸入することにしました。しかも上質な米を。具体的には新潟の『かやもり』さん、『相田』さんのプレミアム米。それを『Kinase』で試験的に販売したところ、高価でも買うお客さんがいることがわかりました。クオリティの高い正真正銘のお米の味がわかるのです」
「そこから始まって、おにぎり。うちには8歳から18歳まで4人の子供がいますが、みんな日本のおにぎりが大好きでした。食べやすく、愉快で、とっても美味しい。そこで私は考えました。フランス人はスシをすでに知っていますが、多くのフランス人は必ずしもいい経験をしていない。なぜならフランスのは日本のようなスシではないから。一方、おにぎりはまだフランスではまだ良く知られていない。そのことを、3年間考えました」
おにぎり新市場を創る
「もしもおにぎりをフランス人にもっとよく説明することができたら、普及する可能性がある。2019年にフランスに戻ってから、フランスのおにぎり市場を観察して気づいたのは、2つの市場があることでした。ひとつは日本人の料理人が日本米で作った美味しいおにぎり。けれどもそれはかならずしも十分にフランス人に説明されているとは言えない。プレゼンテーションはしばしばビニルフィルムに包まれていたりして、フランス人にはわかりにくく、あまり魅力を感じない。
もう一方では、『Franprix(フランプリ)』や『Monoprix(モノプリ)』のようなスーパーで売っているおにぎり。これは日本のコンビニで売っているものに似ているようでもありますが、やはり説明はない。だから多くの人は(なんだろう?)と思う。しかもあまり美味しくない。保存料がたくさん入っていて、2、3日もつというようなもので、米は固いし、日本米ではない。
となると、また別のポジションがあるのではないかと考えました。日本産のプレミアム米を使って正統性をたもつ。高価ではありますけれども、気難しいパリの人たちを満足させられる素材の正統性とサービスを提供するのです。わたし自身、日本でのサービスに魅せられたひとりです。そうしたサービスを受けることによって、パリにいながらにして日本に旅したような気分になると思います。
加えてフランス人が理解できる《コード》でコミュニケーションする必要があります。そこで、パティスリーのコミュニュケーションコードを真似してみることにしました。商品をショーケースに美しく飾る。きれいなラベル、ロゴとともに。情報はシンプルで明快。ヴィジュアル効果もとても大事。商品そのものの美しさ、正統性のなかにフランス人を旅気分にさせるものがあり、しかもフランス人がちゃんと理解できる。そういったヴィジョンでこのプロジェクトをスタートさせました」
日本女性の力が不可欠
「とはいえ、私自身は料理をしません。美味しいものが大好きですが、うちで料理をするのは妻。(笑)
というわけで、料理の専門家を探す必要がありました。しかもおにぎりや新潟の伝統的な食事などもよくわかっている人。
すると、新潟と姉妹都市になっているナントで、新潟出身で現地に在住している女性、三谷のりこさんと知り合う機会がありました。料理教室もしているという人です。数カ月後、わたしのプロジェクトの骨格がより具体化したタイミングで彼女に電話をすると、彼女自身も将来的には故郷新潟をフランスでもっともりたててゆきたい考えだということで、具体的に協働してゆくことになりました。
梅干しや牛肉といった具材など、どんなラインアップにするか。また、サイズは小さく、ひとつ約60グラムにすることを決めました。これは、おにぎりに慣れていないフランス人にとっても食べやすいと同時に、見た目も美しく、複数の味を試せるためです。2つでお腹いっぱいにせずに、3つ違うものを食べてもらえる。
このレベルのお米を使うということは、賭けです。日本人にも驚かれるくらいですが、ここは大事なところ。これらのお米を通してヒストリーが語れるのです。つまりわたし自身が個人的に知っている生産者さん、かやもりさん、相田さんのことを話して聞かせることができます」
新潟のブランド米ありき
「佐渡の相田さんの場合、田んぼを肥やすために牡蠣の殻を使っています。もちろん農薬は使いません。佐渡は環境汚染のために朱鷺がいったんは絶滅して、復活したという経緯があり、環境への意識がとても高いところです。という具合に、相田さんのお米から広がる美しいストーリーがある。
かやもりさんの場合、彼はとてもグルメな方ですが、人々に稲刈りを体験してもらったり、お米を一緒に味わったりという試みもされています。田んぼは加茂川のほとりにあるのですが、その川は鮭が遡上してくる川で、産卵後の鮭を田んぼの栄養にするという工夫をしています。もちろん農薬は使っていません。
こうしたふたつの美しいストーリーのある、とても美味しいお米を使うことに価値があると思っています」
違いがわかるパリジャン
こうしてジルさんのお話をうかがっている間、わたしがそうだったように、(おや、なんだろう?)と、店の前をいったん通り過ぎた後、逆戻りしてきて店内にそろそろと入ってくるパリっ子たちが何人もいます。
自転車を店の前に停めておにぎりセットを買った男性に、「おにぎりはご存知ですか?」と、わたしが声をかけると、こんな答えが返ってきました。
「はい。日本を旅したときに好きになりました。パリで売っているのもいくつか試してみたけれど、イマイチ。で、この店が目にはいってきたので、試してみようと思いました」
そうしてまた颯爽と自転車で去って行く彼を見送りつつ、横にいたジルさんがわたしに言いました。
「こういう方、多いんですよ」
開店してから半月で、すでに5回来ている常連もいるそうです。
ひとつ500円でもおにぎりは売れる
ところで、こちらのおにぎりはひとつが4ユーロ。つまり日本円に換算すると約500円。そう聞けば、たいていの日本人は面食らってしまうのではないでしょうか。
おにぎり3つと漬物、もしくは、なますをセットにしたボックスは割安で、9,5ユーロ(およそ1200円)ですが、これも日本人にとってはかなり高いと感じることでしょう。
ですが、今のパリの相場からすると、必ずしも法外な値段ではありません。ジルさんのお話にも出ていたスーパーマーケットの棚に並ぶおにぎりも、だいたい4ユーロ前後といった値付けですし、連日長蛇の列ができるいくつかのラーメン店の値段を見ると、一杯が15ユーロ前後というところ。つまり2000円くらいになります。
おにぎりやラーメンの値段に、日本とフランスの物価格差拡大が見える…。
「安いニッポン」が加速しているような気がして、ちょっと複雑な気持ちになりますが、見方を変えれば、世界にはひとつ500円のおにぎりや、一杯2000円のラーメンを喜んで購入するマーケットがあるということ。
日本ブランドにはまだまだ大きなポテンシャルがある、とポジティブに捉えて前に進んでゆきたいものです。