芸能人が求める自主・自由・グローバル──「芸能界・20世紀レジーム」の終焉
オスカーからの大量離脱
手越祐也や長瀬智也など、最近もジャニーズ事務所から退所するタレントが注目されているが、それと同様に目立っているのは女性モデルを中心とするオスカープロモーションからの大量離脱だ。米倉涼子や忽那汐里など、昨年末から報じられただけでも14人にものぼる。今月末も、剛力彩芽や福田沙紀など一気に4人の退所が報じられたばかりだ。
この背景には、芸能人などフリーランスの移籍制限を公正取引委員会が問題視したことがある。なかでも昨年7月には、公取委はジャニーズ事務所に対して「注意」し、同月には吉本興業の書面なき契約についても問題視するような言及をした。それから1年ちょっと経った現在、芸能人の移籍・独立が相次いでいるという状況だ。
芸能人を取り巻く社会整備が進み、従来のビジネスモデルが機能しにくくなるなか、今後の芸能プロダクションに求められることはいったいなにか──。
移籍しても干されなくなりつつある
芸能人の移籍・独立では、過去にはあまり見られなかった事態も最近生じている。たとえば活躍中の田中みな実さんは、8月中旬に新事務所に移籍することが発表された。これまでどおりレギュラー番組を続け、干されるような様子はまったく見られない。
また、米倉涼子さんは楽天モバイルのCMに出演し、岡田結実さんもテレビ番組に出演している。柴咲コウさんも、10月から日本テレビのドラマ『35歳の少女』で主演を務めることが発表された。
しかし、仕事に大きな変化が及ぶ芸能人もいる。手越祐也さんは、日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』からの降板を余儀なくされた。だが、8月上旬に発表された著書『AVALANCHE~雪崩~』(2020年)では同番組に対する強い思いが綴られている。決して降板に完全に納得しているとは言えない様子だ。
日本テレビは降板を「総合的な判断」としたが、その決定の背景にさまざまな政治力学が存在したことを感じさせる内容だ。
ワタナベエンタの「覚書」問題
こうしたなか6月には、業界大手のワタナベエンターテインメントの常務取締役・O氏によるタレントに対するハラスメント行為が発覚した。最終的にはO氏が取締役を解任される結果に落ち着いたが、もうひとつ大きな問題が発覚した。
それは、退所した芸能人にワタナベエンタが活動制限の「覚書」を送っていたことだ(『文春オンライン』2020年7月11日)。そこには、「1年間(略)SNS等を利用せずかつ芸術家業務を行わない」と記されている。芸能界にはびこる典型的な移籍制限が、証拠をもって明らかとなった。
ワタナベエンタ側は、この「覚書」は解任したO氏による独断で「社として承認していない」としているが(『文春オンライン』同前)、書面には渡辺ミキ社長(本名:吉田美樹)の名が記されている。よって内実はともあれワタナベエンタ側が、契約を解除した芸能人に移籍制限を課してきたのは間違いない。ジャニーズ事務所に対する「注意」以上に、明確な証拠が出てきた点において極めて注視に値する事態だ。
一方、この問題と相前後してワタナベエンタとの契約を解除したふたりの芸能人がいる。ひとりがブルゾンちえみさん、もうひとりが原千晶さんだ。ブルゾンさんは本名の藤原史織に名を変えて活動を続け、原さんは、事務所との契約満了日に10年間も出演を続けていたTBSの情報番組『ひるおび!』から降板した。
『ひるおび!』は、ワタナベエンタ所属の恵俊彰氏をMCとし、同じくワタナベエンタ所属の立川志らく氏がコメンテーターとして出演し、天気予報のコーナーも長らく「ワタナベガールズ」と呼ばれる同社のタレントが務めている。つまり、ワタナベエンタの影響力が色濃い番組だ。
その番組から、原千晶さんは事務所との契約満了と同時に姿を消した。降板が本人の希望だった可能性もあるが、新しい地図の3人がジャニーズ退所後に次々と仕事を失ったことや、手越祐也さんの『イッテQ』降板と同様、不自然な状況に見える。
音事協を発足させたナベプロ
ワタナベエンタは、通称「ナベプロ」と呼ばれる。現在も存在する渡辺プロダクションのタレントマネジメント事業の会社だ。1955年に渡辺晋氏(故人)とその妻の渡辺美佐氏によって興されたナベプロは、テレビを中心とする日本の芸能界を切り拓いた存在だ。
いまもその勢力は強く、芸能プロダクションの事業者団体である日本音楽事業者協会(音事協)も渡辺晋氏が1963年に発足させた。ワタナベエンタの渡辺ミキ社長は、業界に強い影響力を持つとされるこの団体で現在も常任理事を務めている。
そんな音事協は、昨年12月に「専属芸術家統一契約書改訂のお知らせ」というリリースを出した(→PDF)。この文書では、専属契約終了時のトラブルについても詳細に記載されており、同時にそれが公取委への説明を踏まえたうえでまとめられたものだと説明されている。
しかし、それから7ヶ月後にナベプロの「覚書」問題が発覚した。これは実に重大な事態だと捉えられる(※)。
芸能プロダクションの事情
ジャニーズにしろナベプロにしろ、芸能プロダクションがタレントの移籍に強硬な姿勢を見せてきたのには、理由がある。それはタレントを育成してきた自負が強いからだ。
事実、日本の芸能プロダクションはアメリカのエージェンシーとは異なり、コンテンツ制作のプロダクションとしての機能も強く、これが育成も可能にする。制作にも関与することでタレントのブッキング(バーター=抱き合わせ商法)を可能とし、場合によっては出資して製作にも参加する(「パラダイムシフトに直面する芸能プロダクション」2020年8月27日)。こうしたビジネスモデルによって、芸能プロダクションはタレント育成の側面をより強めることとなった。日本独特のアイドル文化も、こうした状況だからこそ生まれたものだ。
だが、人気の出たタレントがすぐに離れてしまうと、芸能プロダクションの従来のビジネスモデルは崩れてしまう。育成への投資が水泡に帰してしまうからだ。過去に“業界の掟”である移籍制限が契約書にも明文化されており、のん(能年玲奈)など若手芸能人の退所がトラブルに発展しやすいのも、この育成投資をめぐって両者に齟齬が生じているからだ。
だが、前述した音事協の「専属芸術家統一契約書改訂のお知らせ」では、この点について円満解決に導くための条項が明文化されたとある。公取委の確認を踏まえたうえなので、独禁法上の問題がクリアされていることも前提のはずだ。
もちろんここで音事協が準備した契約書は、あくまでも同協会の加盟者が使う雛形でしかない。使うかどうか、あるいはアレンジの仕方は当然のことながら各社に委ねられており、強い拘束力はない(それもあって「専属芸術家統一契約書」という標題も、「アーティスト標準契約書」に改められた)。よって、今後どれほどこの雛形が機能するかは、もう少し経たなければ判断できない。
しかし、もしこの契約条件が浸透していけば、今後トラブルは減っていくことは予想される。現段階ではそれに期待するほかない。
芸能人にとっては人権問題
こうした芸能人の移籍・独立の自由度の高まりは、芸能プロダクションにとってはこれまでのビジネスモデルからの転換を余儀なくされる事態であることは間違いない。人気が出て、投資も回収したと確認されればすぐに移籍されるからだ。そうなると、育成のインセンティブが弱まる可能性がある。
しかし芸能人にとっては、これまでのようなリスクが低減することを意味する。たとえば、現在の芸能人の多くは10代からその世界に入るが、そのときに所属するプロダクションの良し悪しを判断することは簡単ではない。元SMAPである新しい地図の3人も、小・中学生のときにジャニーズ事務所に入り、20年以上大活躍したにもかかわらず、40前後になって退所して新たな仕事の邪魔をされるとは想像もしていなかったはずだ。
また、筆者が過去に取材したなかにも、所属プロダクションの方針と合わずになかば塩漬け状態のアイドルが複数名いた。芸能界を引退したひともいれば、いまだに塩漬けにされたまま中年になったひともいる。その逆に、プロダクションのチーフマネージャーが優秀で入念にケアした結果、本人のポテンシャルが十分に発揮されてブレイクしたひとにも会ったこともある。つまり、10代のときの運が本人の一生を左右してしまう。これは完全に人権の問題だ。
独禁法適用による移籍・独立の自由度の高まりは、この人権問題の解決に導くことにつながるのは間違いない。
手越祐也が望む未来
芸能人の移籍・独立が増えているのは、端的に言って旧所属プロダクションにメリットを感じられなかったからそうした判断をしているまでだ。逆に言えば、芸能プロダクションは所属するメリットを提示すればいい。だが、一部を除く芸能プロダクションの多くは、なかなかそれを上手く提示できないのが実状だろう。
いま芸能人側が望んでいることは、冒頭にも触れた手越祐也の著書にかなり詳細に書かれている。たとえば以下はその一部だ。
手越は、このように海外展開についての願望があったとしっかり記しながら、その行間からはジャニーズ事務所では活動が広がらなかったことへの歯がゆさが感じ取れる。これは退所会見でも見られた言動だ(「変化する芸能人、変化しない芸能プロダクション」2020年6月25日)。
「自主・自由・グローバル」を求める芸能人
この手越の本にもあるように、2020年の現在、多くの芸能人が求めているのはやはりインターネット時代に合った芸能活動だ。それは以下の3つのポイントにまとめられる。
自分の意思通りに、インターネットを中心とした多様な活動を、海外展開を見据えてすることだ。つまり、「自主・自由・グローバル」だ。
この3点は、芸能界に限らず日本のあらゆる業種に突きつけられている大きな課題でもある。個人主義が進めば自主性と自由度が必要とされ、それによって人材もグローバルに流動していく。加えて日本の場合は、韓国や中国など近隣諸国のエンタテインメントの活性化によって、マーケットそのものは潜在的にかなり拡大している。これから国内人口が40年間も減少し続け、国内マーケットも縮んでいくことも踏まえれば、グローバル志向になるのは必然だ。
だが、芸能プロダクションにとってそのハードルは高い。これに積極的に応えようとするところは、現状では海外の多くに拠点を持つアミューズや、グローバル展開のための子会社を立ち上げたホリプロ、そして芸人の海外進出を後押ししたり韓国の製作会社と男性アイドルグループ・JO1を創ったりした吉本興業くらいだ。
その逆に、この3点に切り替えられないジャニーズ事務所からは退所者が相次いでいる。地上波テレビや国内での興行を中心とするがゆえに旧来的な制限のあるアイドル活動から脱することができず、さらにインターネット対応は遅れ続け、創業者が日系アメリカ人だったにもかかわらず海外展開にも本腰を入れないからだ。
昨年までにジャニーズ退所した赤西仁はグローバルに活動し、渋谷すばるは「歌を歌わせて頂けませんか」と心の叫びを放った(「ぼくのうた」→YouTube)。これからは、芸能人のこうした志向を汲み取るプロダクションが業界のリーダーとなっていくはずだ。
20年かけて躍進した韓国コンテンツ
芸能プロダクションは、インターネット時代に合ったビジネスモデルの転換を余儀なくされている。地上波テレビが中心の時代が終わり、公取委が目を光らせるなか、これまでのような業界政治では閉塞状況を打開できない。契約した芸能人も、「自主・自由・グローバル」に実効性がなければすぐに出ていくかもしれない。
このときヒントとなるのは、やはり韓国だ。映画、ドラマ、音楽と韓国のエンタテインメントがグローバルに大ヒットしているのは周知のとおりだ。
ポン・ジュノ監督は映画『パラサイト』でアカデミー作品賞を受賞する快挙を成し遂げたが、彼は2014年の『スノーピアサー』、2017年の『Okja/オクジャ』と、立て続けに英語の映画を手掛け、その結果として『パラサイト』が生まれた(「ポン・ジュノ監督は韓国映画界と共に成長してきた。世界的ヒット『パラサイト』の歪な魅力の正体」2020年2月7日/『ハフポスト日本語版』)。
ドラマでは、今年大ヒットしているのはNetflix配信の『愛の不時着』と『梨泰院クラス』だった。両作品は現在もNetflixでトップスリーに入る人気だ。2003年の『冬のソナタ』ブームから17年、韓国ドラマは堅実に歩を進め、Netflixの出資によりさらに力を増している。
そしてK-POPは、SM、JYP、YGの大手3社を中心に、PSYとBTS(防弾少年団)、BLACKPINKのヒットによって、グローバルに十分に認知される存在となった。最近では、『パラサイト』を製作した総合エンタテインメント企業・CJ ENMと吉本興業が手を組んで生んだJO1と、JYPとソニー・ミュージックが手掛けたNiziUが日本で大ヒットしている。ともにオーディション番組から生まれた両グループは日本人メンバーで構成され、日本での活動を中心とすることが最初の目的とされている。つまりK-POP日本版だ。
韓国エンタテインメントのこうした成果は、説明されなくてもほとんどの芸能関係者は頭では理解しているはずだ。しかし、20年前から積み上げてきたその実績には、一朝一夕には太刀打ちできない。必要とされるのは、あくまでも韓国のような20年後を見据えた堅実な展開以外にはない。ショートカットできるルートなど存在しない。
大きなヒントとなる韓国芸能界
グローバル展開で必要とされるのは、やはりコンテンツの力だ。映画やドラマなら作品、音楽ならアーティストのパフォーマンスや楽曲・ミュージックビデオの出来だ。韓国の芸能プロダクションや映画会社がここまでグローバルに成功しているのは、実力主義を徹底してきたからだ。
グローバル社会では、ドメスティックな芸能界の政治力学や、あるいはそれによって成立する「下積みを経てがんばった」といったハイコンテクストは通用しない。AKB48グループのメンバーが韓国のオーディション番組『Produce 48』に挑戦し、宮脇咲良や高橋朱里などの一部を除く有力メンバーが惨敗した結果は、端的にそれを表している(「総選挙中止から見るAKB48の曲がり角」2019年3月21日)。
世界のさまざまな受け手は、その作品やアーティストが魅力的かどうかというシンプルな判断基準でコンテンツに接する。そこで勝負するためには、しっかりとした実力をつけることは大前提だ。
日本の芸能プロダクションは、グローバル展開をするならば「実力」基準に舵を切るしかない。バーターでテレビ局にブッキングするような政治力は、世界を夢見る若者にとってはもはや魅力的には映らない。90年代に一世を風靡したプロデューサーを引っ張り出してきて当時の音楽を再現してもらっても、未来を開拓できない。歌舞伎役者を揃えて男だらけの派閥闘争を時代劇のように描いても、数字は取れても表現の進展はない。
芸能界・20世紀レジームは、終焉の道のりをさらに進んでいる。芸能プロダクションにとっては、正念場だ。
■註釈
※余談だが、新しい地図の番組『7.2 新しい別の窓』(ABEMA)では、複数の大手プロダクション所属のタレントが出演しない不自然な事態が続いてきた。そのひとつは吉本興業だったが、昨年9月以降に出演するようになった(“芸能界の掟”を打ち破る中居正広と新しい地図2020年2月25日)。
だがその後も所属タレントの出演が見られないプロダクションが複数存在した。そのひとつがワタナベエンタだった。しかし8月2日、同社に長く所属してきた中山秀征氏が同番組に出演。従来の「移籍後の2年縛り」が解けたとも捉えられるが、「覚書」問題が発覚した翌月でもあった。もちろん偶然かもしれないが、さまざまな政治的配慮についても想像をめぐらせてしまう。
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