大阪ダブル選挙のややこしい民意を読み解く
フーテン老人世直し録(186)
霜月某日
大阪府知事と市長のダブル選挙は共に大阪維新の会が大差で勝利した。今年5月の住民投票で「大阪都構想」が否決されてから半年、大阪の民意は一転して「大阪都構想」への再挑戦を掲げる候補を選択したのである。このややこしい民意をどう読むか、単純に割り切れる回答は出て来ないが、フーテンなりの解釈を開陳する。
2年前の堺市長選挙で「大阪都構想」に反対する現職が当選した時、フーテンは「大阪都構想の挫折」というブログで「大阪都構想は大阪人の東京コンプレックスをくすぐるだけでこの国の統治構造の改革にはならない」と書いた。
かつて大阪は「東京が政治の中心」であるのに対し、「商人の町=経済の中心」としての誇りを持っていた。しかし官僚が大きな力を持つ中央集権体制は戦後の高度経済成長と共に「東京への一極集中」を加速させる。
その結果、大阪を本拠とした銀行や総合商社が80年代から90年代にかけて軒並み東京に本社機能を移した。新聞の全国紙もテレビのキー局もすべて東京にあり大阪はただのローカルに過ぎない。大阪のお笑い芸人はテレビで売れるようになると東京に住んで大阪に住まない。みんなが大阪から出ていく。大阪人はその悲哀を味わってきた。
「民」の心を持つ大阪商人は「官」の支配する東京への反骨精神がある。自民党と社会党が対立した55年体制の時代、大阪だけは選挙で他の地域より共産党や公明党に多くの票が入り、政権を担う自民党が最も気を遣わなければならない土地柄だった。
この記事は有料です。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバーをお申し込みください。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバー 2015年11月
税込550円(記事6本)
※すでに購入済みの方はログインしてください。