アフガン全土の制圧に向かうタリバン――女子教育は再び規制されるか
- 米軍の撤退と入れ違いに、タリバンはアフガニスタン全土で攻勢に出ている。
- アフガン軍がこれを食い止めることはほぼ不可能で、タリバンは遅かれ早かれ政権を獲得するとみられる。
- その場合、かつてのような厳格なイスラーム支配の復活への懸念もあるが、タリバンがより現実的な方針に転換する兆候もうかがえる。
米国の撤退に合わせて、タリバンはアフガニスタン全土で猛攻を続けている。タリバン支配が復活すれば、かつてのように女の子が教育を受ける権利を制限されるのだろうか。
「名誉ある撤退」の影で
バイデン大統領は10日、「アフガニスタン撤退を決めたことを後悔していない」と発言した。昨年3月のタリバンとの合意に沿って、米軍や北大西洋条約機構(NATO)加盟国の軍隊がアフガン撤退を進めるなか、タリバンが9日までに34州のうち8州の州都を制圧し、首都カブールにまで迫るなかでの発言だった。
米軍やNATOが我先に撤退するなか、遅かれ早かれアフガン全土がタリバンの掌中に収まることは避けられないとみられる。
アメリカを後ろ盾としてきたアフガニスタン政府は、形式的には民主的な選挙を経ていても、内実は有力者の縁故や汚職がはびこっている。アフガニスタン軍もほぼ同様で、退役軍人の年金すらまともに支給されないためモラルや士気が低く、タリバンを食い止めるのはほぼ不可能だ。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに始まったアフガニスタン侵攻はアメリカ最長の戦争とも呼ばれ、その駐留経費と兵員の犠牲はアメリカの大きな負担になってきた。アメリカにとって撤退は事実上の敗北に他ならないが、「名誉ある撤退」を望むバイデンにとって「米軍撤退がタリバン猛攻のきっかけになった」とは認めたくないだろう。
女性にとっての暗黒時代
タリバンが急速に支配地域を広げるにつれ、懸念されている問題の一つが人権侵害、とりわけ女性の権利の制約だ。
冷戦終結後に登場したタリバンは1996年に首都カブールを制圧し、2001年に米軍に追われるまで、国土のほとんどを支配した。その間、アフガンでは現代的な人権の多くが規制された。
聖典コーランの教えに従い、飲酒やタバコ、音楽、偶像崇拝に通じかねないTVなどが禁じられただけでなく、女性の就労・就学も規制された。これは「女性は慎み深くすること」というコーランの記述を、極めて厳格に解釈したものだ。
2001年以降、アメリカの後ろ盾のもと、アフガニスタン政府は女子教育を含む学校教育を再開した。しかし、米軍撤退と並行してタリバンが勢力を盛り返すにつれ、端についたばかりの女子教育がアフガン全土で再び抑圧されるのではないかという懸念が高まっているのである。
例えば、3年前にタリバンが支配を確立した北西部では、12歳以上の女子学生の通学が規制され、男性教員は罷免された。また、この地域では女子教育に携わる者への脅迫も増えたと報告されている。
アフガニスタン初の女性閣僚でもあるハミディ教育相は、「女性にとっての暗黒時代を再来させてはならない」と強調している。このように、タリバン政権によってあらゆる権利を否定された経験を持つ人々の間で、「彼らは変わっていない」と不安が高まるのは不思議ではない。
タリバンの方針転換とは
ただし、タリバンが再びアフガニスタンを支配した場合、一方通行で「女性にとっての暗黒時代」に逆戻りするとは限らない。
その最大の理由は、たとえその思想性に大きな変化がなかったとしても、タリバンが政治的な理由から、女子教育を緩和する方針をみせているからだ。
例えば、タリバンの支配地域である東部ホウストでは、数年前から学校に男の子だけでなく女の子も通っている。この学校の教師はアメリカメディアの取材に対して、「自分の生徒のうちの幾人かはタリバン兵の息子や娘だが、なんの問題もない」と応じている。
さらにタリバンは昨年12月、国連児童基金(UNICEF)との間で、その支配地域の4000カ所で、読み書きを教える教室を運営することにも合意した。これにより、男女問わず14万人以上の子どもが学校に通えるとみられる。
タリバンの方針転換について、ワトソン研究所のブレスロウスキー博士は「国際的な正当性」と「国内の圧力」を指摘する。
このうち、「国際的な正当性」とは、タリバンが将来的にアフガニスタンを代表する政権を握るという認知を獲得したことを意味する。つまり、ただの力任せで、あるいは1990年代のように人権を制約して、アフガンを支配するわけではない、という国際的アピールだ。
そして、もう一方の「国内の圧力」とは、一般のアフガニスタン人の間ですでに女子教育が広く受け入れられていることだ。アメリカに拠点をもつアジア財団の調査によると、アフガン人の87%は「女性が男性と同じ教育機会を持てるべき」と考えている。これはタリバンにとっても大きな圧力になっているとみてよい。
だとすれば、タリバンが権力を握った場合、現在の教育制度が一旦スクラップされたとしても、タリバンが許容する範囲で女子教育が認められる公算は高い。
「普通のイスラーム国家」になるか
欧米や日本の一部のメディアでは「イスラームが女性の権利を制限する」と断定的に語られやすい。実際、イスラームは欧米的なジェンダー平等と無縁かもしれない。
しかし、どんな体制であれ、「統治される側」の基本的な要望を全く無視していては、その支配は長続きしない。実際、厳格なイスラーム支配で知られるサウジアラビアであれイランであれ、今や女子教育そのものを規制する国はほとんどない。
注意すべきは、イスラームには画一的な教義はなく、それぞれの時代や土地柄に応じて解釈が変わる柔軟性もあることだ。そのため、現代のほとんどのイスラーム圏では、男女共学は稀でも、聖典コーランにある「知識を求めよ」という一節を根拠に、女子教育そのものは認められることが多いのである。
同じようにイスラームの大義を掲げていても、タリバンは「イスラーム国(IS)」やアルカイダとは違う。ISやアルカイダは熱狂的支持者から献金を集め、国をまたいで支持者をリクルートするため、カメラの前で人質を処刑するといった政治的パフォーマンスを平気で行なう。
これらの国際テロ組織と異なり、タリバンはあくまでアフガニスタン人の組織で、アフガニスタンの統治のみに関心をもつ。外国人だから、異教徒だからといった理由で首を刎ねることは、ほとんどのムスリムにとって受け入れられない話であり、タリバンはそうした「当たり前の人々」の支持を集めなければならないのである。
その意味で、いまだに支配地域の全てで徹底されているわけでないとしても、タリバンが前回の失敗を踏まえて、女子教育に関して、国際的にも国内からも受け入れられる方針に転換しつつあるとしても不思議ではない。
これは教育に関してだけではない。昨年以来、アフガニスタンでもコロナ感染者が増加しているが、タリバンは簡易検査キットなどを導入して、支配地域でコロナ対策に取り組んできた。これはアフガン政府の無能ぶりを明らかにする一方、タリバンへの支持を集めるものだったといえる。
つまり、アフガン全土で軍事的な攻勢をかける一方、タリバンは着々と「次期政権」としての地歩を固めてきたのである。だとすれば、ひたすらアメリカに依存してきたアフガニスタン政府に対してタリバンが優位にあるのは、軍事面だけではないといえるだろう。