Yahoo!ニュース

セレブの政治的発言、タブー視は日本だけ? 海外の例に見る著名人と政治

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
政治的発言でも注目を浴びる米国の人気歌手のテイラー・スウィフトさん(写真:REX/アフロ)

国会で審議中の検察官定年延長法案をめぐり、同法案を批判するツイッターへの投稿に俳優や歌手など有名人が大挙して意見表明したことが大きな話題となっている。世論の反応は賛否両論だが、そもそもなぜ著名人が政治を語っただけでこれほどの騒ぎになるのか。著名人の政治的発言が目立つ米国など海外と比較しながら背景を探った。

女優兼活動家のアリッサ・ミラノ

昨年9月、ニューヨーク・タイムズ紙は、首都ワシントンで精力的に連邦議員らとの面会をこなす女優の1日を追った特集記事を掲載した。女優の名はアリッサ・ミラノさん。3年前、セクシャルハラスメントや性的暴行の被害を当事者がSNSなどを通じて告発する「#Me Too」ムーブメントを起こした本人だ。

記事によると、ミラノさんは今でも売れっ子女優として活躍する一方、家族と暮らす西海岸のカリフォルニア州から東海岸のワシントンをしばしば訪れ、政治家らと移民や銃規制など様々な政治的テーマについて意見交換している。支持を公言している民主党の議員との面会が多いが、共和党の大物議員と会うこともあるという。ツイッターのフォロワー数が370万人にも及ぶミラノさんの影響力は政治家も無視できない、とタイムズ紙は報じている。

米国では、歌手や俳優、プロスポーツ選手などセレブが政治的な主張をしたり、政治的な意思表示をしたりすることは、それほど驚くべきことではない。

反トランプのテイラー・スウィフト

2年前には、グラミー賞受賞歌手のテイラー・スウィフトさんが、連邦議会選挙に出馬した2人の民主党の候補者への支持を、インスタグラムで公表。彼女が初めて政治的立場を表明したとして話題になったが、実はそのだいぶ前から、白人至上主義者を批判したり、性的少数者の権利擁護を訴えたりするなど、様々な場で政治的な活動を続けていた。昨年8月に英ガーディアン紙が掲載したインタビュー記事では、トランプ大統領を独裁主義者と呼び激しく批判している。

プロスポーツの世界でも、ここ数年、ナショナルフットボールリーグ(NFL)やメジャーリーグベースボール(MLB)などの選手が、米国内で起きている人種差別事件に抗議して試合前の国歌斉唱に起立せず立膝の姿勢で臨み、物議を醸している。人種差別は悪だという認識は大半の米国人が共有しているが、個々の事件が人種差別に当たるかどうかは保守とリベラルでしばしば見方が分かれ、しばしば政治問題になる。また、最近は、トランプ大統領の政治姿勢に抗議し、ホワイトハウスからの招待を断る著名プロスポーツ選手も相次いでいる。

バスケの神様は沈黙を貫いた

もちろん、自身の信条や、経済的な影響への懸念から政治的な言動を控えるセレブも多い。男子プロバスケットボールリーグ(NBA)のスーパースターだった「神様」マイケル・ジョーダンさんが、現役時代、選挙で誰を支持するかという話題になった時に「共和党支持者も(自身の名前を冠した)スニーカーを買ってくれるからね」と言って答えをはぐらかしたエピソードは有名だ。ジョーダンさんは今月初め、テレビ番組で「あれはバスの中でチームメートと会話していた時に出た冗談で、発言を修正する必要があるとは今も思わない」と言い切った。

政治と国民の距離の近さ

ただ全体として見れば、米国のセレブは日本と比べると政治的な主張が目立ち、また、世論もそれを鷹揚に受け入れているように見える。大きな要因の1つとして指摘されているのが、政治と国民の距離の近さだ。

 

「米国では政治、宗教、人種の話はタブー」という話を、日本にいるとよく耳にするが、必ずしも正しくない。むしろ、米国内の世論調査や、米国に住んだ時の経験に基づけば、米国人は日本人に比べれば政治の話題に非常にオープンだ。また、子どものころから自分の考えを堂々と主張し、互いの意見や価値観の違いを認め合うことを重視する教育も、政治と国民との距離を近いものにしている。(詳しくは、筆者が以前書いた「『政治はタブーじゃない』 米大統領選に見る草の根民主主義」を読んでほしい)

セレブの政治的言動に関しても、例えば、スウィフトさんが特定の候補者への支持を表明した直後には、ニューヨーク・タイムズ紙が中高生の読者向けに「セレブは政治に口を挟むべきか」と題した記事を掲載して中高生の意見を広く募った。セレブの政治的言動に関する議論を、将来の民主主義の担い手のために積極的に生かそうという風土・文化が、言論の媒介役であるメディアを含め国全体にある。

欧州でも容認

米国だけではない。気候変動問題に関する活動で世界的な注目を浴びているスウェーデンの17歳、グレタ・トゥーンベリさんのケースもそうだ。彼女に対しては批判も非常に多いものの、それを上回るスウェーデン社会や国際的な世論の後押しがある。そうでなかったら、1人の少女がここまで大きな影響力を持つことは不可能だった。

対照的に日本は、少なくとも体裁は欧米と同じ民主主義国家で、言論の自由が憲法で保障されているにもかかわらず、政治家以外の国民が「政治的な主張をするのはタブー」という風潮が根強い。セレブが政治的な主張をすると、発言の中身そのものではなく、発言をしたという事実に対し、しばしば感情的なバッシングが浴びせられる。今回の検察官定年延長法案をめぐるセレブの言動に関しても、ネット上には批判的なコメントがあふれ、発言を撤回したセレブもいた。

変化の兆し?

日本では、これも欧米と違い、若者が政治的主張をすることに対して、よく思わない大人が多い。昨年9月、当時の柴山文部科学大臣が、ある高校生が「昼食の時間に政治の話をしている」などとツイッターで発信したところ、「こうした行為は適切でしょうか?」と返信し、ニュースになった。柴山大臣はあとで釈明したものの、保守層の本音が垣間見えたエピソードだ。

それでも今回の検察官定年延長法案の件で多くのセレブが沈黙を破って発言し、それを支持する世論も少なくないという事実は、日本の民主主義の現状に何か大きな変化が起き始めている兆しかもしれない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事