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シリアのダイル・ザウル県でのアラブ人部族の蜂起はクルド民族主義勢力側と政府側の非難の応酬に発展

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2020年8月6日

アラブ人部族(住民)の抗議デモと蜂起が発生したシリア北東部のダイル・ザウル県では、同地に対して事実上の軍事支配を行うシリア民主軍の鎮圧が続いている。

シリア民主軍は、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の武装部隊。クルド民族主義民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とし、ダイル・ザウル軍事評議会、マンビジュ軍事評議会といった武装集団を傘下に置き、有志連合を主導する米国を後ろ盾としている。

(ダイル・ザウル県での抗議デモ・蜂起の経緯については「シリア:クルド民族主義勢力の支配地域でアラブ人部族が蜂起、米軍が鎮圧に加勢」「シリアのアラブ人部族はクルド民族主義勢力に最後通告を突きつける一方、米軍へのロビイングを開始」を参照されたい)。

シリア民主軍による住民の追跡続く

PYDに近いハーワール通信(ANHA)は、このシリア民主軍が8月5日、「地元の部族長たちの通報を受けて」、抗議デモと蜂起が発生した町村の一つであるシュハイル村の民家複数棟に対する強制捜査を行い、武装集団と戦闘の末、7人を逮捕したと伝えた。

ANHAによると、逮捕されたのは「シリア政府や親政権民兵に後押され、抗議デモに乗じて、シリア民主軍の治安拠点を襲撃し、蜂起を扇動した」地元の住民だという。

唱えられた陰謀論

こうしたなか、シリア民主軍に所属するダイル・ザウル軍事評議会のアフマド・アブー・ハウラ司令官は、ANHAのインタビューに応じ、アラブ人部族の抗議デモと蜂起に関して、シリア政府とイスラーム国が背後にいるとの陰謀論を唱えた。

アブー・ハウラ司令官の主張は以下のようなものだ。

地域の住民が火曜日(7月4日)に街頭で行った平和的デモは、しばらくすると、軍事的な集会と化し、さまざまな武器が使用され、民間人と武装集団が混交してしまった。

この間、武装集団が我々の軍事拠点に直接発砲し、検問所が狙われた。これによって、我々の兵士多数が死傷し、ズィーバーン町では我々の軍用車1輌が狙われ、爆破された。

複数の当事者が、偽名でSNSを悪用していた。また、さまざまな通信社、テレビ・チャンネルが、部族どうしの戦闘、そしてシリア民主軍の地元の部族の戦闘を煽った。そのことは、シリア政府軍、ダーイシュ(イスラーム国)の傭兵や支持者の北・東シリア諸地域住民に対する大きな計略が存在することを示している。

シリア政府によって、地元の若者を徴用する大規模な動きがあった。また、シリア政府はこうした若者を域内にスリーパー・セルとして植え付けようとした。

ダーイシュの傭兵とシリア政府は連携し合っている。ダーイシュの傭兵はシリア政府軍の支配下にある地域から、シリア民主軍の支配地域に入り、地元住民にテロ攻撃を仕掛け、混乱を作り出し、両者はこれを利そうとしている。

シリア政府は自らのスリーパー・セルを通じて、ダーイシュの傭兵を動かし、内乱を焚きつけ、地元の住民どうしの紛争を作り出し、長い戦いを煽ろうとしている。

シリア政府軍のために、現場で、そしてまたメディアを通じて執拗に活動する村人たちがおり、暗殺や住民の扇動を行っている。

また、シリア軍の兵士は民間人の服を着て、地域に入り込み、火曜日の平和的なデモを組織し、内乱を焚きつけ、シリア民主軍に抵抗するよう若者を煽ったのだ。

部族の名士らは、シリア政府とダーイシュの傭兵がこの地域の安全と治安を脅かす動きの背後にいると述べている。

(アブー・ハウラ司令官の発言の詳細については、「シリア民主軍ダイル・ザウル軍事評議会のアブー・ハウラ司令官はダイル・ザウル県でのアラブ人部族の蜂起の背後にシリア政府とダーイシュがいたと断じる(2020年8月6日)」を参照されたい)

政府に近い部族が声明を発表

これに対して、政府に近いシリア部族長名士評議会は声明を出し、米国とトルコの占領に対して一丸となるよう部族に対して呼びかけるとともに、ダイル・ザウル県で発生している部族長らを狙った殺害事件に関して、米国がアラブ人部族どうしの不和を作り出そうとする試み以外のなにものでもないと非難した。

また、ハサカ県のシャッラービーン部族も声明を出し、アカイダート部族の族長の一人のおじにあたるマトシャル・ハンムード・ジャドアーン・ハドル氏らの暗殺を「愛国的な部族間の連帯や結束に打撃を与えようとするもの」と非難し、外国の占領が助長するテロへの反対を表明、アラブ人部族に対してシリア領内からすべての占領勢力を駆逐するために一致団結するよう呼びかけた。

その一方で、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、シリア民主軍が8月5日にハサカ市の穀物サイロ局に押し入り、職員を武器で脅して退去させたと伝えた。

SANAはまた、シリア民主軍が、6月27日に接収したハサカ市のハサカ電力公社で、備品などを盗んでいるとし、その「悪行」を批判的に伝えた。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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