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シリア:クルド民族主義勢力の支配地域でアラブ人部族が蜂起、米軍が鎮圧に加勢

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2020年8月4日

シリアのクルド民族主義勢力でトルコがテロリストとみなす民主統一党(PYD)。PYDが創設した民兵組織の人民防衛隊(YPG)。YPGを主体とし、米国が支援するシリア民主軍(SDF、ないしはQSD)。これらの組織の支配地で自治を行う北・東シリア自治局(NES)…。

これらクルド民族主義勢力――クルド人ではない!――、そしてそれに近いメディアが黙殺した事件が、彼らの支配する南東部のダイル・ザウル県で発生した。

アラブ人部族の蜂起だ。

事の発端

事の発端は8月2日にズィーバーン町近くで発生した有力アラブ人部族の一つであるアカイダード部族の族長のおじの殺害事件だった。

反体制系サイトのJesr Pressなどによると、この日、ズィーバーン町からガラーニージュ市に向かっていたアカイダード部族のイブラーヒーム・ジャドアーン・ハフル族長の車が、オートバイ3台に乗った武装集団の襲撃を受け、乗っていた族長のおじのマトシャル・ハンムード・ジャドアーン・ハドルとドライバー1人が死亡、族長の弟のマスアブ・ジャドアーン・ハドルが負傷した。

マトシャル・ハンムード・ジャドアーン・ハドル(Enab Baladi、2020年8月4日)
マトシャル・ハンムード・ジャドアーン・ハドル(Enab Baladi、2020年8月4日)

殺害されたハドル氏らは、イスラーム教の犠牲祭(イード・アドハー)初日の7月31日に起きたアラブ人部族どうしの衝突を仲裁するため、ガラーニージュ市に向かっていたところを狙われた。

ガラーニージュ市での衝突は、同じく有力アラブ人部族のバカーラ部族に属するブー・ラフマ部族のアリー・ワイス族長が何者かに殺害されたことをめぐるものだったという。

これに関して、英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団は、部族長や名士を狙った攻撃を行うようにとの新たな指示がイスラーム国の細胞に対して出されていたと指摘し、一連の殺害事件にイスラーム国が関与していることを示唆した。

怒りの矛先は「テロとの戦い」の担い手のシリア民主軍に

しかし、住民(アラブ人部族)の怒りの矛先は、暗殺者でなくシリア民主軍に向けられた。

北・東シリア自治局、そしてその傘下にあるダイル・ザウル民生評議会の自治の名のもと、シリア民主軍が軍事支配を行うズィーバーン町で8月3日、シリア民主軍の退去を求める抗議デモが発生し、翌4日には、ハワーイジュ村、ジュダイド・アカイダート村、ジャディート・ジュダイダト・バカーラ村、タヤーナ村、スブハ村、アブー・アブー・ナティール村、シュハイル村、シャンナーン村にデモは波及した。

Jesr Pressによると、ハフル暗殺を防ぐことができなかったシリア民主軍の責任を追及し、米主導の有志連合に犯人の特定と逮捕を求めたデモ参加者は、タイヤを燃やして道路を封鎖するなどして、次第に過激化した。そして一部が武器をとって蜂起し、シリア民主軍の検問所などを襲撃したのだ。

また、国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、デモ参加者はシリア民主軍の悪行だけでなく、その支援者である米国の占領に対しても非難の矛先を向けたという。

蜂起の背景にあったのが、イスラーム国に対する「テロとの戦い」だ。

シリア民主軍は、ダイル・ザウル県とハサカ県で「テロの盾」作戦と銘打って、イスラーム国の細胞の摘発や残党の追跡を続けている。だが、シリア人権監視団によると、各地に設置されている検問所での住民の逮捕・拘束、暴行、侮蔑、そして強制捜査を口実とした民家での略奪に対する住民の不満が高まっており、このことがデモ激化を招いたという。

シリア民主軍による鎮圧

武装した地元住民は、シュハイル村、ズィーバーン町、ハワーイジュ村からシリア民主軍を排除した。

SANA、2020年8月4日
SANA、2020年8月4日

SANAによると、ハワーイジュ村では、シリア民主軍が本部として転用していたハワーイジュ学校を制圧し、焼き討ちにしたほか、HMMWV装甲車1輌と四輪駆動車2台を破壊し、シリア民主軍兵士2人を殺害したという。また、ジュダイド・アカイダート村では、住民はシリア民主軍の戦闘員7人を拘束、車輌3台と武器を捕獲した。さらに、スワル町南のナムリーヤ村の住民は、ハサカ県からのシリア民主軍の援軍を撃退した。

これに対して、シリア民主軍は、ハサカ県シャッダーディー市、ダイル・ザウル県スーサ町、バーグーズ村、ウマル油田から大規模増援部隊を派遣し、検問所を再強化し、実弾を使用して鎮圧にあたった。

SANA、2020年8月4日
SANA、2020年8月4日

SANAやシリア人権監視団によると、シリア民主軍の発砲で、ズィーバーン町では1人が死亡し、多数が負傷、ハワーイジュ村でも6人が負傷した。

またハワーイジュ村近郊では、男性1人が武装した住民に撃たれて、即死した。さらに、女性1人がシリア民主軍の住民の撃ち合いに巻き込まれて死亡した。

米国の動き

在ダマスカス米大使館は8月3日、フェイスブックのアカウントを通じて、ハフル暗殺を厳しく非難する声明を出し、民間人に対する暴力は受け入れられないと非難した。

Facebook(在ダマスカス米大使館)、2020年8月3日
Facebook(在ダマスカス米大使館)、2020年8月3日

だが、米国が取った行動は、住民(一部は武装していたとはいえ…)への力の誇示だった。米軍は、戦闘機やヘリコプターを現地に派遣、シュハイル村、ズィーバーン町、ハワーイジュ村では、戦闘機が上空を超音速で低空飛行し、住民を威嚇した。

イスラーム国に対する「テロとの戦い」を支援するとして北・東シリア自治局の支配地域各所に部隊を展開させてきた米国は、ドナルド・トランプ大統領が2019年10月、油田防衛を目的に駐留を継続する方針を示した。

政府系サイトのShamtimesによると、米国は現在、北・東シリア自治局支配地域に14カ所、ヒムス県南東部のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)に1カ所の基地を違法に設置している(「ロシアとシリア民主軍は米軍に退却を迫ったシリア軍に検問所撤去を要請…シリア北東部の米軍基地は14カ所」 を参照)。

筆者作成
筆者作成

そうした米国は、最近になって北・東シリア自治局の存在をあからさまに「政治承認」する動きを示している。

パン・アラブ系日刊紙の『シャルクルアウサト』は8月1日、米国の石油企業の一つデルタ・クレセント・エネルギー社が、北・東シリア自治局支配地域における油田開発にかかる合意をシリア民主軍と交わしたと伝えたのだ。

同紙によると、米共和党のリンゼ・グラム上院議員は議会で合意締結について報告、マイク・ポンペオ国務長官もこの方針を支援すると姿勢を示したという。

合意は石油精製施設2カ所の建設を骨子としている。

米国は現在、シーザー・シリア市民保護法や諸処の大統領令によって、シリアの石油部門に対する経済制裁を科しているため、合意を発効するには、国務省と財務省の同意が必要となる。

北・東シリア自治局の支配地域で産出される石油は、これまで政府支配地域に移送され、そこで精製されていた。だが、精製施設が新設されれば、北・東シリア自治局は、軍事・政治面だけでなく、経済面においても独立生を強めることになるだろう。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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