日本を脱出したゴーン夫人がフランスで語ったこと
7日(日曜日)、東京地検特捜部が日産の前会長カルロス・ゴーン氏の妻、キャロル・ゴーン氏に参考人として説明を求める目的で尋問する手続きを行うよう裁判所に請求したことが報道された。
ところが当の夫人は、5日(金曜日)に日本脱出。翌日6日(土曜日)の朝、フランスに到着している。日曜日の朝に刊行されたLe Journal du dimancheに「みんながカルロスを見放した」というタイトルの独占インタビューが掲載されたので一部分を紹介する。
飛行場まで在日フランス大使に付き添われて
「なぜ日本を離れたのですか」という質問に、ゴーン夫人はまさにアクション映画さながらの日本脱出だったと答えている。
「身の危険を感じたからです。夫がすぐに保釈されるかどうかについての情報を待っていましたが、弁護士から数日は夫と話すことができないだろうと言われたので、日本を離れる決心をしました。夫が逮捕された木曜日の夜は、隣人の家で、ソファーを借りて眠りました。警察に私のレバノンのパスポートを没収されましたが、アメリカのパスポートが残っていました。金曜日の朝、在日フランス大使が飛行場まで一緒に来てくれ、飛行機に乗り込むまで付き添ってくれました。最後の最後まで離陸できるかどうかはわからず、映画『アルゴ』(イランで反米デモ隊に占拠されたアメリカ大使館から大使館員が脱出するシーンがある。実際に起きた事件をもとにしたベン・アフレック監督作品。2012年作)を実際に生きているかのような、信じられないシーンでした。」
「再逮捕にショックを受けましたか?」という質問に対しては、「夫を逮捕し、50m2の二部屋しかないアパートを隈なく捜索するためだけのために、検察側は最低20人もの捜査官を動員しました……私は何度も身体検査されました。パジャマ姿だったので何も隠せるわけはないでしょうに! 女性警官がシャワーを浴びる時も、トイレに行くときもついて来て、屈辱的な思いをさせられました」と語っている。
そして、「私のパソコン、(夫はパソコン所持を禁止されていました)、タブレット、電話を取り上げられました。『私は日本語がわからないし、日本に知り合いもいない。子どもたちに連絡をしたいから』と言って、どれか一つを残してくれるように嘆願しましたが、聞き入れられませんでした。……令状にサインするように言われましたが、しませんでした。私も一緒に来るようにということでしたが、弁護士に言われていた通りそれも拒否しました。」と、「身の危険を感じた」理由を述べている。
「ゴーン氏はどのような反応でしたか?」という質問には、「頭を上げ、誇り高く、威厳を保ち、静かにしていました。でも目の中には辛そうな様子がありました。夫は自分のことより私のことを心配しているのです。本とチョコレートを持っていこうとしましたが、許されませんでした。なぜなのでしょう? 本当に腹が立ちます。最後に私にキスをし『愛している』と言って出て行きました。私はパニック状態で息もつけないほどでした」と、渦中にあるカップルながら、まだ愛し合っていることを表現した。
夫は皆に見捨てられた
しかし、フランスからは見放されていると感じているらしく、「フランス政府から援助されていると思いますか」という質問に「いいえ」と答えている。そして、「私は夫が公正な判決を受けることを望んでいるだけです。全てのフランス市民と同じように、推定無罪として扱うことを公式に大統領に頼んでいるのです。メディアの目には夫はすでに有罪者です。彼らは、ルノーと日産を再建し、雇用を促進しフランスの栄光のために彼が成し遂げた業績を忘れています。今、話題になっているのは彼の報酬のことだけ、あたかも金に飢えた人間のように報道されているではないですか。私の祖国、レバノンでは、彼のような類まれな才能を持つ人は尊敬されます。彼の家族はあまり豊かではありませんでしたから、彼は何もないところから出発したのです。私はフランスでの人々の反応にショックを受けています。みんなが、他の大経営者までも、卑怯にも彼を見捨てました。本当にうんざりです」と語り、マクロン大統領に直訴しに帰国したことを明らかにした。
しかし、そのマクロン大統領……「2週間後に親切な返事をくれ、できることをするとのことでした。その後、事務局長に電話をしたりショートメッセージを送りましたが、何も返事はありませんでした。あるいは何か事が進んでいるのかもしれませんが、私には何もわかりません。」ということなのであまり期待はできないのでは?
また、「数年前、バラック・オバマ元大統領が夫にジェネラル・モーターズ再建のためにアメリカに来るように頼みました。報酬はルノー・日産の倍でした。私は『どうして行かないの?』と聞きましたが、彼は『私はルノー・日産に忠誠を尽くす』と言いました。彼は自分の会社と従業員を愛しており、アライアンスを最後まで率いたかったのです」とも明かしている。
「3月6日からの保釈期間はどのように過ごしましたか?」との質問には、「長い間離れていたので、一緒になることができて幸せでした。司法当局は東京に滞在するように命令して来ましたが、日本人で家を貸してくれる人がいませんでした。ジャーナリストが家の前に待ち構えるのが怖いのでしょう。最終的にはフランス人が貸してくれました。メディアはラグジュアリスな家のように触れ回っていますが、渋谷の2部屋しかないマンションです。……東京拘置所から戻った夫は『ゆっくり温かいシャワーを浴びることができるのが嬉しい』と言っていました」と語っている。
拘置所での条件については、「一番辛いのは、金曜日の午後に独房に閉じ込められると月曜日まで物音一つしない、陽光が差し込まなくて寒い、夜も電気がつけっぱなしの部屋で一人で過ごすことだったらしいです。……1週間目は10kg痩せました。熱があり、医師が心配しました。心臓のために常用していた薬を飲ませてもらえませんでした。日本の薬しか許可されていないからです。時計も取り上げられ、時間の観念を失って困ったそうです」とのこと。薬も飲ませてもらえないとは……これが日本の刑務所がフランスで批判される所以なのだから改善してほしいのですが……
社内にいることが少なく陰謀工作に気付かなかった
「経営に関しての後悔は?」という質問には、「素晴らしい業績を上げたのになぜ後悔するのですか? 」と一蹴。しかし、「あえて言えば、移動の時間が多く社内にいることが少なかったため、陰謀工作に気付かなかったことかもしれません。昨年11月19日に逮捕された時、検察は飛行場に『パスポートの問題があるから』と言って来たのです。夫はまったく警戒しておらず、尋問すら受けずに拘置所に放り込まれました」と、検察側のやり口に憤慨している様子だ。
「お二人の派手な生活ぶりについて報道されていますが、どう思いますか?」と問われると、「嘘です。夫は常に他人のことを気遣う人です。傲慢とは正反対の人です。日産では、女性の採用枠を設けたではないですか。一人ひとりの従業員のために時間をかけ心を尽くしていました。彼の生活は簡単ではなかったのです。山のような仕事をこなし、わずかな睡眠時間で、1年の100日は飛行機の中で過ごしていたのです」と、あまり関係ない答えを返している。
そして、最後に、「不公正な裁判になること恐れています。どのような結末になるのか心配です。出会ったばかりの頃、『君に刺激的な人生を贈る』と言ってくれました。数日前は、笑いながら私に謝りました。彼だって、こんな事件に巻き込まれるとは思っていなかったのですから。彼は誇り高く勇気のある人です。打ちのめされたままにはしないでしょう」と加えた。
また、再逮捕がわかった時点で、ゴーン氏は民放TF1とLCIのスカイプインタビューに応じているが、同時に、英語で自分の論拠を語ったビデオを弁護士に渡してあるということだ。そしてその中には、自分を陰謀に陥れた人物の名も明かされているということだ。
※4月14日、一部修正しました。