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フランス、ゴーン氏の時代と決別

プラド夏樹パリ在住ライター
保釈された当時のゴーン容疑者(写真:ロイター/アフロ)

日産自動車前会長カルロス・ゴーン氏が4月4日朝、東京で再逮捕された。

同日発行のル・モンド紙は、一面で「ゴーン氏再逮捕。ルノー取締役員会もゴーン時代と決別」というタイトルをつけ同取締役員会が前会長に2019年以降の報酬と77万4千ユーロ(約9700万円)の年金追加分を払わないことに決定したこと、そして2005年以来の不審な支出を非難していることを報道している。昨年11月、前会長が初めて逮捕された折には同情的な記事を掲載していた経済紙レ・ゼコー紙も「ルノー、ゴーン氏に手厳しい態度」とタイトルし、「ルノー内部調査で倫理的ではない支出があった」と報道している。

ゴーン夫人もひどい扱いを受けた

この再逮捕に対して、BFMTV局ではゴーン一家の弁護士ジェシカ・フィネル氏が憤懣やる方ないといった様子でインタビューに答えている。

「今朝、ゴーン夫妻はひどい粗暴な扱いを受けました。……ゴーン氏は朝の5時55分という時間帯に、ベッドから起きたてのところを逮捕されたのです。検察側は、多くのジャーナリストが逮捕劇撮影のために詰めかけているところで、同氏を有罪者として非人間的に扱い、屈辱的な思いをさせるという演出をしました。それだけではなく、同夫人も被害を受けました。自宅で身体検査を受け、シャワーを浴びるときもバスルームに女性警官が立ち会い、彼女のパソコンから、携帯電話、パスポートも押収されました。彼女自身は嫌疑をかけられているわけではないのに、弁護士の立ち会いなしで検事の質問を受けるなど、すべてがひどすぎる!」

「フランスはゴーン氏を見捨てたのでしょうか?」という問いに対して、同弁護士は、「フランス政府は、彼の『公正な裁判を求める』という呼びかけに応じなかったと言ってもいいでしょう。彼が求めているのは、一般市民と同じように推定無罪として扱われること、弁護を受ける権利を求めているだけであって、無罪放免してくれと言っているわけではないのです」と答えた。

インタビューでは、今も最高責任者のように

上記の「フランス政府への呼びかけ」は、再逮捕数時間前に、TF1局のジャーナリストのフランソワ・グザビエ・メナージュ氏が弁護士事務所内にいるゴーン前会長にしたスカイプ・インタビュー(民放TF1局とLCL局がフランス時間4日の20時に放映)に出てくる言葉である。

インタビュー内で、ゴーン前会長は「昨年11月19日に逮捕されてから私に対する執念深さが弱まった日はなかった。日産の一部の人々と外部の人々が手を組んで、日本で、外国で、また特にフランスで私を組織的に打ちのめそうとしている」と、検察の執念深さと日産の嘘を告発した。

また、「私は無実だから戦う気は満々だ。外国で様々な告発を受け、ひどい条件で捕らえられるなど不当な事件の連鎖に絡め取られている一市民として、自分の言い分を擁護する権利をフランス政府に求める」と語り、初めて、フランス政府に援助を求めた。

逮捕中、「何に苦しみましたか?」という質問には、「日本の刑務所には訳のわからない厳しい規則がある。例えば、就寝時間後にも電気がついている、時計がなく何時かわからないなど。また、年末ですら病気の母ともコンタクトできないことが辛かった」と語った。

「現在はどのような状況で保釈されているのですか?」という質問に対しては、「パソコンは9時から17時まで、弁護士事務所で、監視の元でという条件でしか使えない、家ではパソコンなし、電話はあるけれどもスマートフォンではないし」と。

ところで、「ゴーン氏インタビューの裏話」とタイトルされたLe Journal du Dimanche電子版にインタビュアーのメナージュ氏が語ったところによると、前会長は再逮捕を予想していた節があり、それゆえに急いでインタビューに応じた模様だ。

また不思議なことに、インタビュー中に時々、前会長は自らがまだ最高責任者の立場にあるような話し方をしていたということ。ルノーの業績が下がっていることやルノー・日産・三菱アライアンスの将来に対して心配を示し、別の時には、裁判中にあるかのように自分の論拠を示していたらしい。

経営陣への巨額報酬は過ぎ去った資本主義時代のこと

4日(木曜日)のル・モンド紙の社説タイトルは「カルロス・ゴーン、トム・エンダース、大企業ボスの法外な報酬」だった。

「国民間の分断が進み、社会的公正を求める声がこれだけ高まっている今、大企業の経営陣といえども、法外な報酬を受けとることはだんだんと社会から受け入れられなくなってきている。正当な意味づけができる、公正な報酬額を定めることが、株主と取締役員会に緊急に求められている」とし、経営陣が法外な報酬を受けることが可能であった時代が終焉を迎えつつあるとしている。

その背景には、フランスでは、社会的公正を求めるデモである「黄色いベスト運動」が昨年11月より毎週土曜日に起きていることがある。なかでも、彼らが一番求めているのは、富の公正な分配、つまり富裕層に富裕税をかけることである。特に政治的発言に長けているわけではない「フツーの人々」である中産階級から起きた運動だが、その息の長さと、センセーショナルな行動で、社会の意識も政策も確実に変わってきている。

4日、企業経営陣の年金に給与の30%以上の追加分を支払うことが法によって禁止されると報道された。ブリュノ・ル・メール財政相は、現在は上限が45%とされているが法的拘束力はないことを指摘し、「このようなことは過ぎ去った資本主義時代ならではのこと、もはや受け入れ難い。」と発言。ちなみに、ルノー現会長のジャン・ドミニック・スナール取締役会長の年俸は45万ユーロ(約5600万円)、ゴーン前会長の半分でしかない。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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