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世界で初めて、女性が人工妊娠中絶を選ぶことを「保障された自由」と憲法に明記したフランス。でも実態は?

プラド夏樹パリ在住ライター
中絶の自由が憲法で保障されたフランス(写真:ロイター/アフロ)

中絶を選ぶ自由を憲法で保障。圧倒的多数で決議。

フランスでは、3月4日に上下両院で、女性が人工妊娠中絶を選ぶ自由を憲法に明記して保障することを圧倒的多数で決議した(賛成780票、反対72票。反対したのは極右政党と中道右派の一部)。世界初のことである。

しかし、中絶は、1974年まで禁固刑の対象であったことを忘れてはいけない。たとえそれがレイプの結果であってもだ。国を挙げての激しい議論の末、1975年から妊娠10週間までという条件で中絶が合法化され、現在は妊娠14週間まで許可されるようになった。2013年からは健康保険が適用され全額補償され、中高生でも親に知られることなく経口中絶薬をもらったり手術を受けたりすることができるシステムになっている。

2001年から2022年までの統計によると、この20年間、中絶件数は安定しており、76.6%が経口中絶薬によるもので、吸引法は21%のみ。通常は申し込んでから1週間以内で受けることができる。件数が一番多いのは20代の女性で、貧困層の女性数は富裕層よりも若干多い。

しかし、なぜ憲法化される必要があったのか?

これまで「中絶の自由」は権利として法制化されていても、全ての女性たちの生活の中で本当の意味で保障されているかどうかは、はなはだ疑わしい状況にあり、長年、女性たちから見直しを求める声が上がっていた。しかし、あくまでフェミニストの間でのことだった。

ところが、2022年6月、アメリカ合衆国でこれまで女性の中絶権を合憲としてきた「ロー対ウェイド判決」が連邦最高裁判所で覆され、いくつかの州で中絶が事実上禁止となって、議論が加速した。「中絶の自由の憲法化」はもはやフェミニストだけの問題ではなくなり、国民全体の問題として取り上げられるようになり、昨年のifopによる世論調査によると86%の国民が憲法化に賛成していた。

アメリカでの出来事で、「中絶の自由」は権利としてあってもまだまだ脆いものであることをフランスは実感したのだ。実際のところ、極右政党は第二政党として確実な地位を築いて久しく、もし彼らが政権を握った場合は、中絶の自由が再度制限されることは充分にあり得ることだからだ。また、隣国であり、欧州連合加盟国であるイタリア、ポーランド、ハンガリーなどでも中絶が厳しく制限されている。

現場の実態はどうなのか?

まず、全体的に医療の場で人手不足が進んでおり、特に産婦人科医の診察予約は難しくなっている。筆者のかかりつけの産婦人科医は3人立て続けに退職し、その都度、次の医師を見つけるのに苦労した思い出があるが、この15年で全国の病院で130件の産婦人科センターが閉鎖された。特に、地方の農村地帯の女性にとっては、自分が暮らす県を越えて医師を探さなければならず、それは至難の業であるという。

それに加えて、近年、中絶手術を拒否する医師が増えていることも問題視されている。筆者の知人で医師である人に尋ねると、「中絶の権利には賛成だけれども、自分の手で行うのはどうも気が進まない」と言う。それ以外に、外科手術などとは違い、医師の間の評価が低い手術であることも理由の一つであるらしい。

その他、公衆衛生法の「医師には人工妊娠中絶を拒否する権利がある」という項目、また、医師会の倫理条項の「医師には自分の倫理観に照らして手術を行わない権利がある」という項目の2項があり、これも女性が中絶の権利にアクセスする大きな障壁になっている。もちろん、別の医師を紹介してもらうことができるが、それでも、一刻も早くと思っている女性には辛い。そのため、現在は助産師も吸引手術をすることができるようになったが、こちらも人手不足である。

「中絶の自由」に反対する人々

同日、カトリック教会の最高機関である教皇庁は、「生命を消去する権利には反対する」と声明発表、フランスの司教会議は「中絶の自由は、女性の権利という視点からのみ議論されるべきではない」とコメントした。また、信者たちの中には祈りと断食をして反対を表明しているグループもある。

そのほかにも、長い間カトリック国だったフランスには、「中絶の自由」に反対する強力な右派勢力がまだ綿々と残っている。例えば、上場企業ボロレ・グループは多くのテレビ局(CNews、C8など)、ラジオ局Europe1、そして雑誌メディア(パリマッチ、Le JDD)を傘下に持っているが、その報道ラインには、伝統的なキリスト教右派である株主ヴァンサン・ボロレ 氏の宗教観が直接反映されている。その一つであるテレビ局CNewsは2月に「世界中で死因の第一位は中絶」といったフェイクニュースをプライムタイムで流すなど、かなり悪質な反「中絶の自由」キャンペーンを行った。

また、先月、ボルドー市では、極右で男性主義者のグループ「Action directe identitaire」が、避妊・中絶インフォメーションセンターを襲撃するという事件もあった。当センターで、男性にも避妊責任を分担するようにという趣旨のキャンペーンをしていたからか、彼らは「今日はパイプカット、明日はチップ埋め込み手術かよ?」とスプレーで落書きを残して行った。反「中絶の自由」勢力はまだ健在である。法制化されたから、憲法化されたからと油断はできない状況だ。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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