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ティム・ボウネス、どこまでも広く深いブリティッシュ・ロックへの愛情と知識【後編】

山崎智之音楽ライター
pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN

2024年9月13日(金)にニュー・アルバム『パウダー・ドライ』を発表する現代ブリティッシュ・ロックの才人ティム・ボウネスへのインタビュー、全2回の後編をお届けする。

前編記事に引き続き、今回はアルバムの世界観をさらに掘り下げるのと同時に、その幅広く奥深い音楽観の片鱗、コアなファン層から絶大な支持を得ている配信トーク番組『The Album Years』などについて訊く。

Tim Bowness『Powder Dry』ジャケット(IAC MUSIC JAPAN/2024年9月13日(金)発売)
Tim Bowness『Powder Dry』ジャケット(IAC MUSIC JAPAN/2024年9月13日(金)発売)

<スティーヴン・ウィルソンと何時間でも音楽について雑談していた>

●配信トーク番組『The Album Years』のリスナーからの反応はどんなものですか?

驚くほど大きな反響を呼んでいるよ。ただ2人の人間が音楽について話しているだけなのにね。世の人は、誰かが音楽について話しているのを聴くのが好きなのかも知れない...!

●初期は配信のエピソードが半年ぐらい間が空いたりすることもありましたが、最近は更新のペースも上がっているし、公開ライヴ配信をしたり、よりシリアスに捉えるようになったのでしょうか?

やっていて楽しいし、リスナーからも良いフィードバックがあるから、ペースが上がっていることは確かだよ。元々配信とか関係なく、スティーヴンと何時間でも音楽について雑談していたんだ。コロナ禍でツアーを出来なくなって、その雑談をポッドキャストで配信したらどうかと話した。そうなるとただ雑談するのではなく、テーマを絞った方が良いと考えて、1年ごとに発表されたアルバムについてあれこれ語ることにしたんだ。第1回(2020年5月)から好評で、世界中の音楽ファンが聴いてくれているよ。ただ収録は毎週やっているわけではなくて、6時間ぐらい一気にしゃべったものを分割しているんだ。だから今6〜8エピソード分のストックがあるよ。9月にはオランダで公開トークをやることが決まっている。思わぬ人気に驚いているし、嬉しい限りだ。

●当初“1年=1エピソード”という構成でしたが、最近では5エピソードぐらい使うことがありますね。

そうなんだよ(苦笑)。素晴らしいアルバムがあまりに多くて、1エピソードでは語りきれないんだ。それに内容が良くても言葉で語るのが難しかったり...初期のエピソードで「あのアルバムについても語るべきだった!」というものがあったり、もしかしたら一巡したらリブートするかも知れない。まだやるべき年はあるし、しばらく先の話だけどね。これまではスティーヴンのホーム・スタジオで収録していたけど、新しいミニ・スタジオを建てたんだ。スティーヴンの家と私の家の中間ぐらいにあるから、けっこう近場で便利だよ。少人数のお客さんを入れることも出来るし、レコードプレイヤーやCDプレイヤーもある。せっかく建てたんだから、いろんな用途に使っていくつもりだ。

●『The Album Years』はとても明瞭なイギリス英語で語られていて、英語学習にも役立つと思います。私は1970年代終わりから1980年代初めにかけて英語を学ぶようになって、ラジオDJのトミー・ヴァンスや『007』シリーズのロジャー・ムーア、モンティ・パイソンのジョン・クリーズ、『ナイル殺人事件』のデヴィッド・ニーヴンなどのブリティッシュな発音を理想としてきたので、とても参考になります。

それは最高の手本だね。私もロジャー・ムーアは大好きだよ。ジェームズ・ボンド役ももちろん好きだし、その前のTVシリーズ『セイント 天国野郎』での彼も最高だった。君の挙げたラインアップは申し分ないけど、もう1人加えるとしたらTVシリーズ『おしゃれ(秘)探偵』のパトリック・マクニーだな。

●私は続編の『The New Avengers』から見始めたせいか、ジョン・スティード(マクニーの役名)の英語は素晴らしいと思うものの、どうも思い入れがないというか...。

ああ、私も最初に見たのは『The New Avengers』だった。面白かったけど、正編の『おしゃれ(秘)探偵』を後になって見て、こっちの方が良い!と思ったよ。

(山﨑注:なおパトリック・マクニーはオアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」ミュージック・ビデオにも出演しているのでチェックしてみよう!)

●『The Album Years』は“プログレッシヴ・ロックのビーヴァス&バットヘッド”に陥ってしまうことを避け、あなた達が必ずしも好きでなかったり興味がないアルバムであっても、適切な考察と表現をして評価しているのが好感度が高いです。

うん、たとえ自分が好きでなくても、曲作りやレコーディング、アートワークに至るまでの過程があるわけだし、そのアルバムに対するリスナー達の評価も存在するわけだからね。話すべきことはあるよ。それにさっきも言ったけど、語るべき優れたアルバムは山ほどあるから、「このアルバムはクソだ」と酷評する時間があったら、別のアルバムについて話した方が良いよ。

●あなたは“バーニング・シェッド”の日々の運営も行っているのですよね?

その通りだ。もちろん有能な専属スタッフがいるけど、運営は自分でやっている。音楽活動もあるし、家族と過ごす時間も必要だから、忙しい日々を送っているよ。今の売れ筋はキング・クリムゾンとジェスロ・タルの再発、それからビッグ・ビッグ・トレインのライヴ盤だけど、毎週変化しているよ。フィル・マンザネラの再発も順調だ。いつの時代だって、彼らの音楽を“発見”するリスナーがいるんだよ。一点物のレア・アイテムでは“E.G.レコーズ”に贈られたロキシー・ミュージックのゴールド・ディスクを何枚か入荷した。

Tim Bowness / pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN
Tim Bowness / pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN

<自分自身の音楽に限界を設けないようにしている>

●アルバム発表に伴うライヴ活動について教えて下さい。

ライヴ・バンドは前作のタイトルにちなんでバタフライ・マインドというんだ。マット・スティーヴンズ(ギター/ザ・フィアース・アンド・ザ・デッド)、アンディ・エドワーズ(ドラムス/ロバート・プラント、IQ、フロスト*)、ジョン・ジョウィット(ベース/IQ、フロスト*、アリーナ)、ロブ・グロウカット(キーボード、ギター)というラインアップだよ。全員が凄腕のミュージシャンで、1回ごとのライヴが特別なエクスペリエンスなんだ。私自身が彼らとプレイするのを楽しんでいるよ。それぞれが呼応しあって曲のアレンジが変わったり、偶発性を伴うライヴだ。ロブはエレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)で活躍したケリー・グロウカットの息子で、いろんな楽器をプレイ出来るマルチ・プレイヤーで、ケリーのキーボードを受け継いでいる。しかも素晴らしい人間でもあるんだ。

●あなたはケリー・グロウカット(2009年没)と面識がありましたか?

いや、直接会う機会はなかったけど、ELOの音楽はずっと聴いていた。十代の頃、学校の誰もが『アウト・オブ・ザ・ブルー』を聴いていたよ。彼らのどのアルバムにも好きな曲があった。

●ELOにはオーケストラをフィーチュアしたプログレッシヴ叙事詩から「ホレスの日記」のようなウィンプ(軟弱)なポップまで幅広い音楽性がありましたが、いずれも受け入れていましたか?

まあ、すべてを大好きだったわけでもなかったけど、毛嫌いもしていなかった(苦笑)。ELOで一番好きだったのはロイ・ウッドがいた頃のファースト『エレクトリック・ライト・オーケストラ』、『エルドラド』、それから『アウト・オブ・ザ・ブルー』『ディスカバリー』『タイム』はどれも気に入っていた。彼らはコマーシャルなポップ性とプログレッシヴな構成を両立させて、大成功を収めた。とてもクレバーなアプローチをしていたよ。

●あなたのライヴにはどんな観客が来ますか?エレクトロニックなビートでダンスする層から最前列でメモを取るプログレッシヴ・ロックのファンまで、多様なリスナーに訴求しそうですが...。

うん、男女問わず、70代からティーンまでのお客さんが来てくれるよ。ただ、5人編成のロック・バンドで生のパフォーマンスを聴かせるから、ダンス・ミュージックよりもロックが好きな層にアピールするかもね。時にサポート・メンバーとしてセオ・トラヴィス(サックス、フルート)が参加することもある。そうすることで音楽性の幅がさらに広がるし、より多くの人々に楽しんでもらうことが出来るよ。私のライヴには、これまで受けてきたあらゆる影響が込められているんだ。十代から聴いてきたイエス、ジェネシス、キング・クリムゾン、レッド・ツェッペリン...ピンク・フロイドのことは崇拝しているよ。それと同時にマガジン、ジョイ・ディヴィジョン、アソシエイツ、ジャパンのような、初期のポスト・パンクも聴いて育った。十代半ばの頃はピーター・ゲイブリエル、ケイト・ブッシュ、ブライアン・イーノ、ビル・ネルソン、フィル・マンザネラが旧来のプログレッシヴな精神性と新しいテクノロジーを融合させて、アーティストとしてのピークを迎えようとしていた。ピート・タウンゼントもエレクトロニックなアプローチに取り組んで、素晴らしい作品を創り上げていたんだ。アーティストがどんなことをしても“アリ”な時代だった。1人のアーティストがインストゥルメンタル・アート・ロックとアンビエント、歌もののアルバムを作っても受け入れられたんだ。デヴィッド・ボウイなんてその最たるもので、多大な影響を受けた。小学生のとき『ロウ』を聴いたんだ。サウジアラビア製か何かの、安いカセットテープだった。頭がおかしくなるほど熾烈で、それでいて氷山のように美しい電子音に魅了されて、何度も繰り返し聴いたよ。そういう時代に育ったから、私も自分自身の音楽に限界を設けないようにしているんだ。

●2022年のプログレッシヴ・シーンについて「ポーキュパイン・ツリー、パイナップル・シーフ、ビッグ・ビッグ・トレインの“3強”に人気が集中している状況。イエス、ピンク・フロイド、ジェネシスが絶対的な存在だった1977年に似ている」と言っていましたが、2024年はどうでしょうか?

2年間でそれほど大きくシーンが変わるものでもないし、大体同じような感じだよね。1977年には大物バンドに人気が集中しながらイタリアやフランス、ブラジルやチリなどにもクールなバンドがいた。現代もポーランドのリヴァーサイドなど、世界のあちこちから新しいバンドが出てきている。イギリスでは1977年、パンク・ロックが登場した頃から「プログレッシヴ・ロックは死んだ」と言われてきたけど、今なお新鮮なスタイルを取り込みながら生き続けているんだ。メインストリームではなくとも、そのチャレンジ精神を失わない限り、決してなくなることはないよ。

●『パウダー・ドライ』を発表した後、プロジェクトやコラボレーションの予定などはありますか?

まずはライヴをやって、来年(2025年)ライヴ作品を出すつもりだ。それがアルバムになるか映像作品になるかはまだ判らない。それに新曲も書いている。ギター中心のpastoral(牧歌的)なもので、『パウダー・ドライ』とはかなり異なったタイプの曲なんだ。『Lost In The Ghost Light』(2017)の延長線上にあるかも知れない作風で、コンセプト的にも続編となるアルバムになるかも知れない。バタフライ・マインドとバンド形式での作品も作るつもりだ。それと最近、オール・アバウト・イヴのジュリアンヌ・リーガンとシングルをレコーディングしたんだ。とても良い出来で、エキサイトしているよ。いろいろ忙しいけど、2025年には日本でライヴをやりたい。日本の文化が好きだし、ずっと夢なんだ。

●日本の音楽で好きなものはありますか?

子供の頃、父親にTOMITA(冨田勲)のレコードを聴かされてきたんだ。シンセサイザーの個性的なサウンドにすっかり恋に落ちて、彼の弾くドビュッシーやストラヴィンスキーのアルバムを聴き込んだよ。それから坂本龍一はイエロー・マジック・オーケストラやソロの映画音楽が大好きだ。1970年代だったらツトム・ヤマシタの『ゴー』が素晴らしいね。日本の最新の音楽には追いついていないし、映画や文学にももっと触れたい。三島由紀夫が好きだし、今読んでいるのは小川洋子の『密やかな結晶』だよ。あとアニメは詳しくないけど、『今際の国のアリス』は楽しかったし、興味深かった。

●映画『ノストラダムスの大予言』は『007は二度死ぬ』のタイガー田中こと丹波哲郎が出演、冨田勲が音楽、『ゴジラ』シリーズの中野昭慶が特撮を手がけるなど、あなたの好きな日本の要素が詰まっています。

それは凄いね!『ゴジラ』は息子の方が好きなんだけど、カタストロフィ映画は私も好物なんだ。

【最新アルバム】
『パウダー・ドライ』
2024年9月13日発売
輸入盤国内仕様/日本語解説付属
オープン価格
タワーレコード他、全国のCDショップで取扱

【国内取扱レーベル】
IAC MUSIC JAPAN
https://www.interart.co.jp/business/entertainment.html

【公式サイト】
https://timbowness.co.uk/

【The Album Years配信トーク】
https://www.youtube.com/@thealbumyearspodcast

【Burning Shed】
https://burningshed.com/

【2022年のインタビュー】
英国プログレッシヴ・ロックの重要人物ティム・ボウネスが新作『バタフライ・マインド』を発表【前編】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/70355a423ed332333765bb0190f5805139693dc5

ティム・ボウネスが語るプログレッシヴ・ロックの深淵、スティーヴン・ウィルソンとの交流など【後編】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a6a854d50991cf216a44edf37d24e75d2c4a47e0

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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