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英国プログレッシヴ・ロックの重要人物ティム・ボウネスが新作『バタフライ・マインド』を発表【前編】

山崎智之音楽ライター
pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN

ティム・ボウネスは現代イギリスのプログレッシヴ・ロック界において重要な位置を占める存在だ。ソロ・アーティストとしての活動、スティーヴン・ウィルソン(ポーキュパイン・ツリー)との双頭ユニット:ノー・マンで作品を発表するのに加えて、レーベル/通販ショップ“バーニング・シェッド”を運営するなど、キーパーソンとしてシーンに影響を及ぼす彼がニュー・アルバム『バタフライ・マインド』を完成。2022年8月5日にリリースする。

“アート・ロックの革新性、ポスト・パンクのエネルギー、壮大なソウルフル・バラードの融合”とティムが説明するアルバムは、彼の内包する多彩な音楽性を網羅しながら、ひとつの世界観で描いたもの。起伏に富んだソングライティングの溢れんばかりのエモーションとテクスチャーで魅了する作品となっている。

全2回となるインタビュー記事で、ティムのアーティストとしての表現、そしてディレッタントとしての音楽愛を語ってもらおう。まず前編では『バタフライ・マインド』に込めた想いを訊く。

Tim Bowness『Butterfly Mind』ジャケット(JUNE DREAM / IAC MUSIC JAPAN 2022年8月5日発売)
Tim Bowness『Butterfly Mind』ジャケット(JUNE DREAM / IAC MUSIC JAPAN 2022年8月5日発売)

<“忘却との戦い”というテーマが貫かれたアルバム>

●まず最初に “ボウネス”の発音のイントネーションを教えて下さい。

“ネ”にアクセントを置くんだよ。“ボウ”ではなくてね。英語圏の人でも間違うことが多いんだ。

●“バーニング・シェッド”の景気は如何ですか?

おかげさまで順調だよ。“バーニング・シェッド”は2001年の設立から20年やっているけど、去年は最大の売り上げを記録した年だった。今年はそれ以上になる見込みだ。ニュースレター購読者は15万人いるし、国外とのビジネスも好調だね。イギリスのEU離脱で関税の問題が生じそうだったけど、輸入ワンストップショップ (IOSS) 制度で負担が軽減されたんだ。ポーキュパイン・ツリーの『クロージャー/コンティニュエイション』がメインストリーム市場で成功を収めたことで、“バーニング・シェッド”で扱うタイプのアーティストが注目されていることも確かだね。元々“バーニング・シェッド”という名前はノー・マンのシングルB面曲「Back To The Burning Shed」から取ったものだった。ノー・マンの作品のメールオーダー部門と自主レーベルとして私が始めたんだ。知り合いに話したら共鳴してくれる人が何人かいて、徐々に他のアーティストの作品も扱うようになった。友達だったり紹介されたり、横の繋がりで扱うようになるんだ。そうして規模が大きくなっていったけど、自分たちの原点は忘れないようにしているし、今でも毎週のニュースレターは自分で書いているよ。

●『バタフライ・マインド』の音楽性を、日本の音楽ファンにどのように説明しますか?

アート・ロックの革新性とポスト・パンクのエネルギー、そして壮大なソウルフル・バラードを融合させたのが『バタフライ・マインド』だ。私が作るアルバムは、前の作品に対するリアクションであることが多いんだ。前作『レイト・ナイト・ラメンツ』は一貫してアトモスフェリックでムーディな作品だった。ある種、閉塞的なサウンドを自分の魂が求めていたんだ。その前に作ったのがノー・マンの『Love You To Bits』(2019)だったこととも関係しているだろう。あのアルバムはエレクトロニックな音の塊だったから、その反動で、静かな環境に身を置きたかったんだよ。

●ノー・マンの『Love You To Bits』はどのような位置のアルバムでしたか?

『Love You To Bits』は私たちなりのディスコ・シンフォニーの解釈だった。だからジャケットにミラーボールがあるんだ(笑)。でも単なるディスコ・アルバムではなく異なったエモーションも込めているし、よりダークになる瞬間もある。歌詞にも工夫が凝らされているよ。作っていて楽しいアルバムで、自分の中からエネルギーが湧くのを感じた。

●『バタフライ・マインド』の制作過程について教えて下さい。

『レイト・ナイト・ラメンツ』を完成させてから9ヶ月、まったく新曲を書くことがなかった。カヴァー曲をプレイしたり過去の曲をリメイクしたりしたけど、インスピレーションが降りてくるのを待っていたんだ。そして9ヶ月が経った頃、新曲を書き始めた。すぐに4曲が完成したよ。『レイト・ナイト・ラメンツ』がひとつの枠内で完結していたのに対して、新曲では自分自身を驚かせて、エキサイトさせたかった。それぞれの曲が異なっているけど、“忘却との戦い”というひとつのテーマで貫かれているんだ。当初アルバムは『Against Oblivion』と名付けるつもりだった。我々は自分たちが死んだ後もこの世界に痕跡を残そうとする。音楽、絵画、文学の作品はそんな衝動から生み出されることが少なくないし、政治や人間関係というのも、自分自身をひとつの“個”でなく、社会の一部にしようという試みだといえるだろう。アルバムの曲で歌われている主人公たちはいずれも「自分はここにいる」と主張している。「グリッター・フェイズ」が1920年代っぽい曲なのは、その時代に栄華を誇っても、いつしか忘れ去られてしまう...そんな哀しみを表現したかったんだ。

●「オールウェイズ・ザ・ストレンジャー」が1980年代のあなたの最初のバンドの名前を用いた曲、「ダーク・ネヴァダ・ドリーム」は1990年代のノー・マンを彷彿とさせる曲で、あなたが影響を受けたミュージシャン達(ピーター・ハミル、イアン・アンダーソン、デイヴ・フォーミュラ)がゲスト参加するなど、本作はあなたの音楽的自伝といえるでしょうか?

自分の音楽というものは、自分が経てきたものの積み重ねだし、そういう意味では自伝的だといえるだろう。でも、ゲスト達はそのために呼んだのではない。彼らはアルバムの曲に必要だから呼んだんだよ。『レイト・ナイト・ラメンツ』はゲスト無しでも完結していた。ノー・マンの『Together We're Stranger』(2003)がそうだったように、ゲストは必要なかったんだ。でも『バタフライ・マインド』は外側を向いたアルバムだったし、大きなヴィジョンがあった。それで彼らがさらにダイナミックな拡がりをもたらしてくれると確信したんだ。彼らはみんな70歳を超えているけど、素晴らしいミュージシャンであり続けている。そういう人達と一緒にやるのは、いつだって喜びだよ。私はこれまでも憧れだったミュージシャン達と共演することが出来た。ロバート・フリップもそうだし、元ジャパンのリチャード・バルビエリ、スティーヴ・ジャンセン、ミック・カーンとかね。今回もそれは同じだ。エルボウのドラマーだったリチャード・ジャップのプレイも最近知って素晴らしいと思っていた。モンゴルフィエ・ブラザーズのマーク・トランマーもそうだ。リヴァプールのハッシュトーンズのマーサ・ゴダードはまだ20歳代前半だけど、年齢は関係なく、自分のアルバムをより良いものにしてくれると確信して、参加してもらったよ。そういう意味では“自伝的”というのは当たっていないかな。

●...なるほど。

“オールウェイズ・ザ・ストレンジャー”は十代の頃のソロ・プロジェクトの名前だった。ギターとオルガンをプレイして、友人を招いてゲスト参加してもらっていたんだ。ピーター・ハミルやニコ、ケヴィン・コイン、ティム・バックリーなどから影響された、ダークめのシンガー・ソングライター・タイプの音楽をやっていたよ。正直、聴かせられるような代物ではないけど、当時はさまざまなことを学ぶ過程だったんだ。誰だってスタート地点がなければ何事も始まらないし、意味はあったと思う。出来は良くなかったけどね(苦笑)。

●「ダーク・ネヴァダ・ドリーム」は?

「ダーク・ネヴァダ・ドリーム」のソリッドなビート、幽玄としたテクスチャーなどとが初期のノー・マンに通じるものがあると思って、当時のメンバーだったベン・コールマンに参加してもらったんだ。彼が加わることでさらに曲の音像が拡がると思ったからね。この曲ではマガジンのデイヴ・フォーミュラがハモンド・オルガンを弾いている。彼ならではのオルガン・ソロを弾いてもらったんだ。当初はヴァイオリン・ソロを入れようと考えていたけど、デイヴのプレイがあまりに良いんでオルガンにした。

Tim Bowness / pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN
Tim Bowness / pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN

<「これからロバート・フリップの“未来”を弾いてみよう」>

●イアン・アンダーソン(ジェスロ・タル)が「セイ・ユア・グッドバイズPt.1」と「ウィ・フィール」、ボーナス・トラックの「クリアリング・ハウセズ」でフルートをプレイしていますが、彼にはどのようにプレイして欲しいと伝えましたか?

イアンやロバート・フリップ(キング・クリムゾン)のような人には、あまりくだくだと説明する必要がないんだ。私が言わずとも、それ以上のものを提供してくれるからね。イアンには「この歌詞はどんな意味?」と訊かれたよ。彼は歌詞の世界と呼応しながら、自らの経験と能力に裏打ちされたプレイを提供してくれた。「クリアリング・ハウセズ」では彼にノーサンブリア風のティン・ホイッスルを吹いて欲しかったんだ。ジェスロ・タルの『神秘の森〜ピブロック組曲』(1977)の「大いなる森」をイメージしていた。

●イアン・アンダーソンが参加した「クリアリング・ハウゼズ」をアルバム本編に収録しなかったのは何故ですか?

とても良い曲だと思うけど、アルバムの曲順を考えていたら流れ的にどうしても入れる場所がなかった。それでも多くの人に聴いて欲しかったから、イギリス盤2CDと日本盤CDにボーナス・トラックとして収録することにしたんだ。

●実績のあるミュージシャンと作業するとき、具体的に「『××』みたく弾いて欲しい」とリクエストすることはありますか?

うーん、基本的にはしないけど、一度だけあったな。ノー・マンの『フラワーマウス』(1994)でロバート・フリップがほぼ全曲で参加しているけど、彼とのセッションを楽しいものにしたかったんで、事前に写真を見せたんだ。「こんなイメージで弾いて欲しい」って、道化師とかリック・ウェイクマンの写真を見せたよ。ロバート自身の写真を見せたこともあった。あと「涙の雫 Teardrop Fall」ではデヴィッド・ボウイの「スケアリー・モンスターズ」みたいなギターを欲しいと頼んだんだ。あのアルバムは大好きだし、ロバートのプレイは素晴らしいからね。彼は最高のギター・ソロを弾いてくれた。それがアルバムに入っているテイクだけど、その後に彼はこう言ったんだ。「今のはロバート・フリップの“クリシェ”だよ。これからロバート・フリップの“未来”を弾いてみよう」そして別のフレーズを弾いてくれた。私たちは良いと思ったけどあまり気に入らなくて、スティーヴンはジョークでロバートの前でそれを削除するフリをしたけどね(苦笑)。それから8年後、ロバートがポーキュパイン・ツリーのライヴでサポートを務めたとき「8年前、私の“未来”と言って弾いたけど、今になってみるとその“未来”は間違いだった」と言っていたよ。

●ちなみにロバート・フリップがリック・ウェイクマンの写真からインスパイアされて弾いたのはどの曲でしたか?

えーと、確か「シングス・チェンジ」か「罠にはまった天使 Angel Gets Caught In The Beauty Trap」だったと思う。決して音楽的にリックみたく弾いて欲しかったわけではなく、金色のギラギラのマントのような、絢爛豪華で大仰なイメージを求めていたんだ。ロバートが過剰なほどに表現するのを聴きたかったんだよ。

●アルバムでベースを弾いているニック・ベッグスとはどれぐらい前から交流があるのですか?

もう10年ぐらい前からかな。スティーヴンに紹介してもらった。彼は顔が広いからね。それから友達になって、私の家に遊びに来たこともある。穏やかだけど熱意があって、ユーモアもある人だよ。これまでのニックの作品は“バーニング・シェッド”で扱っているけど、一緒にやったことはなかったんだ。過去の私のソロ・アルバムではコリン・エドウィンにベースを弾いてもらっていた。今後もコリンとやる機会はあると思うけど、このアルバムでは自分の想像力の範疇から逸脱するサウンドを求めていたから、スティーヴンに相談してみたんだ。「コリンは素晴らしい。でも“予測不能”を求めるならニックとやってみるといい」と薦めてくれたよ。実際、ニックはエネルギーに満ちた、まさにあっと驚くプレイをしてくれた。

●ニックはスティーヴ・ハケットやジョン・ポール・ジョーンズらとも活動してきましたが1980年代初め、カジャグーグーでの彼のプレイは知っていましたか?

うん、ニックを初めて見たのはTV番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』でカジャグーグーが「ビッグ・アップル」をやったときだった。彼らが単なるポップ・バンドでなく、キング・クリムゾンやピーター・ゲイブリエル、ウェザー・リポートを聴き込んでいるのが明らかだったし、ジャパンに通じるアーティスト性を感じたね。

●ビッグ・ビッグ・トレインのグレゴリー・スポートンが「アフター・ザ・ストレンジャー」にゲスト参加していますが、彼らとは親しい仲ですか?

彼らのことは7〜8年前、かなり初期から知っているよ。雑誌の授賞式で知り合ったんだ。音楽に対して情熱を持っていて、若い頃の私だったら一緒にバンドを組みたいような人たちだった。私はピーター・ゲイブリエルの“リアル・ワールド・スタジオ”のすぐ近所に住んでいるんで、ビッグ・ビッグ・トレインがそこでレコーディングしたとき、何度か遊びに行ったよ。5年ぐらい前、彼らの「Seen Better Days」という曲にゲスト参加もしたし(「Swan Hunter」シングル/2018)、私のアルバム『Flowers At The Scene』(2019)でデヴィッド・ロングドンに歌ってもらった。デヴィッドが亡くなったのはとても悲しいね。彼が事故で亡くなる2週間前に会ったんだ。デヴィッド、グレゴリー、彼らのガールフレンド、キング・クリムゾンのジェレミー・ステイシーなどで食事をして、朝までいろんなことを語り合った。デヴィッドはとてもハッピーそうだった。私とグレゴリーにとって、それが最後に会ったときだったんだ。本当にショックだし、彼ともう会えないのは寂しいよ。

●日本盤CDにはボーナス・トラックとして「アッカーズ・レイン」が収録されていますが、この曲はインターナショナル・ヴァージョンにも収録されるのですか?

いや、現時点では世界で日本盤のみ収録だよ。『バタフライ・マインド』や『レイト・ナイト・ラメンツ』の収録曲は、いずれもレコーディング・セッションのタイミングで書き下ろしたものだった。『Abandoned Dancehall Dreams』(2014)や『Flowers At The Scene』(2019) 、ノー・マンの『Love You To Bits』は半分が新曲、数曲がそれ以前に書いたけど完成していなかったものだったけど、今回はまっさらな状態から書いた新曲だったんだ。「アッカーズ・レイン」は新作用の曲作りを始めた2020年10月だか11月に書いたもので、すっかり忘れていた曲だった。すごく良い曲だけど、まだ『レイト・ナイト・ラメンツ』の世界観が残っていて、それを無意識的に脳から消そうとしていたのかも知れない。新曲を書くには、新しいゾーンに入らなければならないからね。レコード会社から「ボーナス・トラック用の曲はない?」と訊かれて、思い出したんだ。私が育ったのがウォリントン郊外のストックトン・ヒースにあるアッカーズ・レインという通りだった。20代の初めまで住んでいたよ。たくさんある思い出を込めた曲なんだ。

●『バタフライ・マインド』リリースに伴うライヴは行いますか?

6月にリヴァプールとバース、それから8月にロンドンでやるんだ。ブライアン・イーノやカール・ハイドとやっていたピーター・チルヴァース、ザ・フィアース・アンド・ザ・デッドのギタリストのマット・スティーヴンズとのトリオ編成で、1980年代から最新作まで、自分のキャリア全体から時系列順にいろんな曲をプレイする。リヴァプールでは“プロヒビション・スタジオ”というレコーディング・スタジオ、バースのレコード店と花屋を兼業している“チャプター22”のパフォーマンス・スペース、それからロンドンの“エヴリマン・オン・ザ・コーナー”という、映画館を改装した会場でやるよ。普通のクラブやライヴ会場と異なる場所で、小規模のライヴをやってみようと考えているんだ。お客さんとの距離が近いし、自分の演奏のディテールを聴くことが出来るからね。もちろん“普通の”ライヴ会場でやることも考えているよ。誰かのオープニング・アクトとしてツアーしても良いかも知れない。すべてはこれからだよ。

後編記事ではティムのディープな音楽偏愛、スティーヴン・ウィルソン(ポーキュパイン・ツリー)との交流などについて話してもらった。

■アーティスト:Tim Bowness(ティム・ボウネス)

https://timbowness.co.uk/

■タイトル:バタフライ・マインド<Japan Edition>

■品番:IACD10904

■その他:日本限定ボーナス・トラック収録/紙ジャケット仕様/日本語解説付

■発売元:JUNE DREAM / IAC MUSIC JAPAN

https://www.interart.co.jp/business/entertainment.html

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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