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現代ブリティッシュ・ロックの才人ティム・ボウネスが新作“ソロ・ソロ・アルバム”を発表【前編】

山崎智之音楽ライター
Tim Bowness / photo by Bryan Taylor

ティム・ボウネスがニュー・アルバム『パウダー・ドライ』を2024年9月13日(金)に発表する。

ソロ・アーティストとして活動する傍ら、盟友スティーヴン・ウィルソン(ポーキュパイン・ツリー)との双頭ユニット、ノー・マンでも作品を発表。レーベル/通販ショップ“バーニング・シェッド”を運営しながらスティーヴンとの配信トーク番組『The Album Years』で膨大な音楽知識を披露するなど、現代ブリティッシュ・ロックの才人と呼ぶべきマルチ・アーティストぶりで支持を得ている。

これまでの作品ではゲストやサポート・ミュージシャンを起用してきたティムだが、今回はすべてのパートを自らが手がける、自ら“ソロ・ソロ・アルバム”と呼ぶ作品。全2回のインタビューで、そのミュージシャンシップとディレッタントぶりの片鱗に触れてみよう。まずは前編を。

Tim Bowness『Powder Dry』ジャケット(IAC MUSIC JAPAN/2024年9月13日(金)発売)
Tim Bowness『Powder Dry』ジャケット(IAC MUSIC JAPAN/2024年9月13日(金)発売)

<曲を書いて、書いて、レコーディングして、レコーディングして、編集して、編集し続けた>

●『パウダー・ドライ』は多彩な音楽性と充実したソングライティングで、全16曲・40分があっという間のアルバムですね。

うん、大勢の人が楽しんでくれたら嬉しいよ。“パウダー・ドライ”というタイトルは、古い英語の言い回しから取ったんだ。“弾薬を湿らすな”、つまり準備を怠るな、短気を起こすなという意味だよ。現代社会において、我々は精神のバランスを保つ必要がある。前作『バタフライ・マインド』でも題材にしたことだけど、世界は統一性のない、混沌の中にある。人間は日々、情報の雪崩に押し潰されそうになっているし、ウクライナ、ガザ、そしてイギリスのナイフ死傷事件など、暴力に晒されている。「パウダー・ドライ」はそんな世界で精神のバランスを保とうとすることを描いているんだ。

●『バタフライ・マインド』ではブライアン・ハルス(ギター、キーボード、プログラミング)、ニック・ベッグス(ベース)らをバックに、イアン・アンダーソン(ジェスロ・タル)、ピーター・ハミルなどゲストに迎えていましたが、今回すべてのパートを自分でプレイする“ソロ・ソロ・アルバム”としたのは何故でしょうか?

決して彼らとケンカしたわけではないよ(笑)。私はソロでもノー・マンでも、初期のデモは1人で作って、曲の形に仕上がった状態で他のミュージシャンに渡してきたんだ。彼らには自分よりベターな、あるいは自分と異なった要素を求める。今回もそうするつもりだったけど、ブライアンに言われたんだ。「自分が君のデモをより良いものに出来たとは思えない。そろそろ単独でアルバムを作ってもいいんじゃない?」ってね。そのことが頭にあって、スティーヴン・ウィルソンやロバート・ワイアットにも同じ質問をしてみた。彼らも「1人でやってみたら?」と言うから、よし、そうしようと決断した。その途端に新しいアイディアが溢れ出してきたんだよ。とにかく曲を書いて、書いて、レコーディングして、レコーディングして、編集して、編集し続けた。とにかく直感に導かれて、音楽を生み出していったんだ。大きなソングライティング・セッションを3回行って、26曲を書いたんだ。結果として『パウダー・ドライ』は私の作ってきた中で最も音楽的・感情的に多様なアルバムになった。

●新たに契約した“Kscope”はノー・マンやあなたの友人スティーヴン・ウィルソンなどあなたと関係が深いレーベルですが、あなたのキャリアにどのような変化をもたらすでしょうか?

アーティストとして“Kscope”と作業するのは10年ぶりぐらいなんだ。だからとても新鮮な関係だよ。前作『バタフライ・マインド』をリリースした“インサイド・アウト・ミュージック”はとても良くしてくれたし、不満はなかった。ただ彼らはトラディショナルな“プログレッシヴ・ロック”のレーベルであるように感じたんだ。私はジャンルの内側でなく、外側にいるから、より実験的な“Kscope”の方が向いていると考えた。レーベル・マネージャーのジョニー・ウィルクスも『パウダー・ドライ』を聴いて熱意を持ってくれたし、彼らと組むことにしたんだ。もちろん“インサイド・アウト”とは良い関係を維持しているし、今後また一緒にやる可能性もある。ただ今は“Kscope”とやれてハッピーだよ。

●アルバムからの先行リーダー・トラック「ロック・ハドソン」について教えて下さい。ロック・ハドソンといえば『ジャイアンツ』などで知られる映画俳優で、エリザベス・テイラーの元夫の1人だということは知っていますが、曲や歌詞とどのような繋がりがあるのでしょうか?

アルバム全曲を直感的、感情が赴くままに書いたんだ。「ロック・ハドソン」は推進力のあるロック・ゴシック・ナンバーとして生まれた曲だった。私はだいたいまず曲を書いてからメロディを書いて、最後に歌詞を書いて完成させるんだけど、かなり初期の段階から「ロック・ハドソン」という仮タイトルを付けていたんだ。閉塞感と焦燥感のある曲だったし、歌詞も社会の不寛容をテーマにするものになった。オンラインでは極論をぶつけ合う議論が行われて、ネットいじめなどもはびこっている。それを避けるために自分自身を表現出来ず、内側に閉じこもる人もいるんだ。そこからロック・ハドソンのイメージが膨らんでいった。彼は同性愛がタブーだった時代にハリウッドで活動して、自分がゲイであることをずっと隠していた。そんな秘密にスタジオにつけ込まれて、ロクでもない役も引き受けざるを得なかった。現代のネットで炎上を恐れて黙り込む人たちのメンタリティには、彼と共通するものがあると感じたんだ。ハドソンが自分の内面を公にしたのは晩年、エイズを発症してからだった。彼は著名人としては初めてエイズを発症した1人だったんだ。彼が病気を明かしたことで、世間の理解も深まったし、募金なども集まるようになった。ロック・ハドソンの映画だったらジョン・フランケンハイマー監督の『セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身』もオススメだよ。サイコロジカル・ホラーSFで、彼の演技も強力なんだ。

●第2弾リーダー・トラック「ホウェン・サマー・カムズ」はアンビエント感もある曲で、あなたはコメントで1960年代後半のスコット・ウォーカーや『シークレッツ・オブ・ザ・ビーハイヴ』の頃のデヴィッド・シルヴィアンを引き合いに出していますが、あなたにとっての“夏”はどんなものでしたか?

夏休みというと日常から逃避して自由やロマンスを謳歌するイメージがあるけど、イギリスの夏は大抵ガッカリさせられるものなんだ。ひどい天気で、することもなく退屈だったりね。今年の夏は良い天気の日が多いけど、子供の頃に家族旅行に連れていかれると大抵雨に祟られていた。だから夏についての曲を書くとメランコリックなものになってしまうんだ。「ホウェン・サマー・カムズ」はまさにそんな曲だよ。この曲はアルバムで最初に書いたんだ。この仕上がりにエキサイトして、さらに曲を書き進めていったんだよ。トラディショナルなポップ・ソングの構成に近いもので、スコット・ウォーカーやデヴィッド・シルヴィアン、あるいは坂本龍一っぽいと思ったんだ。もうひとつ“夏”をタイトルに冠した「サマー・ターンド」はアルバムで最後に書いた曲だった。この曲を書く前日、すごくダークな曲を書いたんだ。その反動でか、アルバムで最もライトな、ポップ・ソングに近い曲になったと思う。ただ歌詞は1968年の“プラハの春”を描いたものなんだ。チェコの作家ミラン・クンデラから部分的にインスピレーションを得ているけど、愛しあう2人がソ連軍の戦車に包囲され、自由が全体主義に蹂躙されるというヘヴィな内容だよ。

●その前日に書いたというダ−クな曲はアルバムに収録されたのですか?

いや、アルバム用に26曲を書いて、そのうち16曲を収録したけど、その中に入らなかったんだ。曲としての出来は良かったけど、アルバムの自然な流れに合わなかった。それにアルバムというものは35分から45分の長さであるべきだというのが私の信条なんだよ。集中して音楽を聴くことが出来るのはそれぐらいが限界だからね。70分のアルバムとか、聴いているだけで息が切れてしまうんだ。そのダークな曲は歌詞も書いていないからタイトルもないけど、いずれ完成させて、別の形で世に出したいね。

Tim Bowness / pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN
Tim Bowness / pic courtesy of IAC MUSIC JAPAN

<曲を“書く”というより“下りてきた”アイディアを曲にしていった>

●あなたの音楽は時に“プログレッシヴ・ロック”の文脈で語られることがありますが、『パウダー・ドライ』は1〜2分台の曲も多く、いわゆるプログレッシヴ・ロックの大曲のイントロよりも短いですね。

ははは、その通りだ。今回は曲を“書く”というより“下りてきた”アイディアを次々と曲にしていったんだ。だから長い曲はなかった。私は根本的にシンガー・ソングライターだからね。口ずさめることを前提にしているんだよ。それに曲が長くなるのは、バンド形式でアイディアをやり取りしながら発展させていく場合が多い。私1人で書いたから、「出来た。はい次!」みたいな感じだった。アウトテイクの中には2曲ぐらい長めの曲もあったけど、次から次へと速いテンポで曲が続く、ダイナミックで起伏に富んだ作風にしたかったんだ。もちろん単純に曲を16曲集めただけではなく、アルバムとしてのトータル性も意識している。「パウダー・ドライ」と「ビルト・トゥ・ラスト」の音楽的アイディアが共通していたり、「ビルト・トゥ・ラスト」と「イディオッツ・アット・ラージ」では歌詞の一部が同じだったりね。アルバムというのは、40分間の旅路なんだよ。

●アルバムの連続性といえば「フィルムズ・オブ・アワ・ユース」と「ザ・フィルム・オブ・ユア・ユース」という独立した曲が収録されていますが、どのように繋がっているのでしょうか?

「フィルムズ・オブ・アワ・ユース」はアンビエントなインストゥルメンタルで、私がキーボードを弾いて、いくつかサンプルを加えている。プログラミングはしていないんだ。コード進行が一風変わっていて、気に入っているよ。「ザ・フィルム・オブ・ユア・ユース」はアレンジやインストゥルメンテーション、テンポなどがまったく異なっているけれど、同じコード進行なんだ。

●あなたにとっての“青春の映画”は?それらはあなたの音楽にどのような影響を与えたでしょうか?

十代の頃はショーン・コネリーとロジャー・ムーア時代の『007』シリーズからインスピレーションを受けたね。モノの考え方もそうだし、ジョン・バリーの音楽からも触発された。それからクリント・イーストウッドのスパゲッティ・ウェスタンとエンニオ・モリコーネの音楽からもすごい刺激を受けた。ティーンエイジャーになるとデヴィッド・リンチやウディ・アレンにハマった。『ブルー・ベルベット』が大好きだったよ。ディープでダークでナスティなところに魅力を感じたんだ。それから大人になるにつれて『オーディション』みたいな日本のホラー映画も好きになった。ハリウッドのホラー映画よりも繊細で神経に訴えかけるのが良かったんだ。韓国映画の『オールド・ボーイ』も良かったし、アメリカの映画監督ではポール・トーマス・アンダーソンやウェス・アンダーソンも素晴らしい。それと子供の頃からオーソン・ウェルズを崇拝しているんだ。よく『市民ケーン』が史上最高の映画だとか言われて、そういう権威主義には従わないぞ!と思って見てみたら、本当に史上最高の映画だった(笑)。もちろん『タクシードライバー』もフェイヴァリットだし、『SFボディ・スナッチャー』からも感銘を受けた。マイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーの『老兵は死なず』『天国への階段』『赤い靴』みたいなイギリスのクラシック映画も大衆向けでありながら実験性があって大好きだ。

後編記事ではティムがさらに『パウダー・ドライ』の世界観を掘り下げるのと同時に、その豊潤かつ多彩な蘊蓄の世界へと踏み込んでいく。

【最新アルバム】
『パウダー・ドライ』
2024年9月13日発売
輸入盤国内仕様/日本語解説付属
オープン価格
タワーレコード他、全国のCDショップで取扱

【国内取扱レーベル】
IAC MUSIC JAPAN
https://www.interart.co.jp/business/entertainment.html

【公式サイト】
https://timbowness.co.uk/


【The Album Years配信トーク】
https://www.youtube.com/@thealbumyearspodcast

【Burning Shed】
https://burningshed.com/

【2022年のインタビュー】
英国プログレッシヴ・ロックの重要人物ティム・ボウネスが新作『バタフライ・マインド』を発表【前編】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/70355a423ed332333765bb0190f5805139693dc5

ティム・ボウネスが語るプログレッシヴ・ロックの深淵、スティーヴン・ウィルソンとの交流など【後編】
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a6a854d50991cf216a44edf37d24e75d2c4a47e0

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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