人気寿司ネタ・マグロは値上がりするか――アフリカ海賊の脅威とは
- 日本は大西洋一帯から、国内で消費する本マグロの約1/4を仕入れている
- その大西洋の一角にあたるギニア湾では海賊が増えており、とりわけ全世界の海賊による誘拐事件の9割がこの一帯で発生している
- このリスクの高まりは、日本が仕入れるマグロ価格にも影響を及ぼしかねない
さまざまなサイトが行っている寿司ネタ人気ランキングで、マグロはほぼ常に上位3位までに入る。しかし、そのマグロには値上がりのリスクが忍び寄っている。そこには気候変動や漁獲量の問題だけでなく海賊の横行がある。
身代金で解放された中国漁船
ナイジェリア軍は3月6日、1カ月前に海賊に誘拐されていた中国漁船の乗組員が解放されたと発表した。
中国人6人を含む14人の乗組員が30万ドルの身代金によって解放されたという以外、誰がそれを支払ったかなどの詳細は明らかになっていない。
この事件は今や珍しいものではない。海賊というとアフリカ東部のソマリア沖が有名だが、最近ではむしろナイジェリアを含むアフリカ西部のギニア湾沿岸で、その活動が目立つ。
特に多いのが誘拐だ。国際海事局(IMB)の最新報告書によると、2020年に世界全体で発生した海賊による誘拐事件135件のうち130件までがギニア湾でのものだった。昨年のこの地域での誘拐は一昨年と比べて約40%増加しており、そのほとんどが身代金目当てだった。
「軍事介入が必要なレベル」
ギニア湾周辺での海賊の横行は輸送コストを高めるが、とりわけ輸入原油の約40%がこの海域を通過するヨーロッパにとっては深刻な脅威になっている。
世界最大のコンテナ事業者の一つA.P.モラー・マースク社の幹部は英フィナンシャル・タイムズの取材に「(この海域のリスクは)軍事力の展開が必要なレベル」と力説している。
同じアフリカでも、東海岸のソマリア周辺では米国の主導のもと各国の海軍が合同で海賊対策パトロールを行なっており、海上自衛隊もこれに参加している。
しかし、ギニア湾周辺では西アフリカ諸国の海軍や沿岸警備隊による取り締まりが行われ、これにフランス軍やイタリア軍が協力してきたものの、コロナの影響で財政負担が膨らみ、各国が海外での軍事活動を控えるなかで協力は先細っている。
2年半で中国人34人が標的に
同様に警戒を強めているのが中国だ。「一帯一路」構想にアフリカ大陸も組み込んだ中国の船舶は、この地域と頻繁に往来している。
タンカーだけでなく、近年では中国漁船の活動も目立つ。魚介類の消費量の増加にともない、中国漁船は世界各地で操業しており、なかには生態系や地域の漁業に悪影響を及ぼすレベルの違法操業も報告されているが、いずれにせよ中国漁船の進出が目立つ点ではアフリカも例外ではない。
それにともない海賊が中国船を襲うことも増えており、リスク調査企業グライアッド・グローバル社によると、2018年2月から2020年11月までの間だけで、ギニア湾周辺で少なくとも34人の中国人が誘拐された。このうち、昨年11月には14人の中国人を含む27人が標的になり、近年最大規模の事件となった。
そのため、中国でも海運業者などの間から中国政府に軍事介入を求める要望があがることは不思議でない。これに対して、中国政府はソマリア沖では中国船の警備などを行なっているが、ギニア湾に関してはこれまでのところ自国の船舶に警戒を促す以上の対応に踏み込んでいない。
日本で供給されるマグロの1/4
日本の場合、そもそも「ギニア湾」に聞き覚えすらない人も多いかもしれない。しかし、この問題は日本にとっても無縁ではない。
この一帯はマグロ類の漁獲量が多く、寿司ネタでお馴染みのクロマグロ(本マグロ)の場合、日本の漁船が獲ったものと外国船が獲ったものの輸入品を合わせて、年間約1万トンがギニア湾を含む大西洋から運ばれてくる。これは国内供給量のおよそ1/4に当たる。この他、この海域はキハダやビンナガの大産地でもある。
そのため日本の漁船も多く、やや古いデータだが2013年上半期の段階で、ギニア湾を通過した漁船の数で日本は上から3番目だった。
これに加えて、資源の輸入にも支障が懸念される。東日本大震災の後、日本では火力発電所への依存度が深まった結果、ナイジェリアからの天然ガス輸入量が増え、これまでのピークだった2015年には日本の天然ガス輸入全体の4.4%を占めた。
対策より海賊が増えるペースは早い
ギニア湾の海賊が注目され始めたのはこの10年ほどのことで、いわば最近になって目立ち始めたものだ。
国連安全保障理事会は2011年、西アフリカ諸国による海賊対策を支援することを決議した。これを受けて2013年にはギニア湾岸の各国が海洋犯罪の取り締まりに関するコトヌー行動規範を締結し、情報の共有などの協力を進めてきた。
これを踏まえて、日本も2014年、ギニア湾での海賊対策などを目的に100万ドルを国際海事機関(IMO)に提供している。
また、2019年8月に来日したナイジェリアのブハリ大統領は安倍首相(当時)に海賊対策や違法漁船の操業などへの支援を求めた。これに対して、日本政府は30万ドルをナイジェリア国防大学に提供することなどを約束した。
しかし、こうした懸念と対策をはるかに上回るペースで、海賊の活動は急速にエスカレートしている。
「ビジネス」としての誘拐を生む背景
なぜ、ギニア湾でこれほど海賊が増えたのか。その最大の要因は貧困の悪化だ。
資源開発を中心にアフリカへの関心が高まったのは2003年頃からのことで、それにつれてアフリカ向け投資も世界中から集まるようになった。
しかし、投資の増加はアフリカに、空前の好景気だけでなく副産物ももたらした。資源開発はほとんど雇用を生まなかったにもかかわらず、急激にインフレが進んだことで多くの人々の生活はむしろ悪化したのである。
例えば、アフリカ大陸最大の産油国であるナイジェリアの場合、膨大な投資が流入したことによって、それまでアフリカ最大の経済大国だった南アフリカをGDPで追い越すほどの経済成長を実現したものの、貧困層は今も人口の約7割を占める。
生活の悪化は政府や海外企業への不信感・憎悪を膨らませ、イスラーム過激派などが台頭する素地にもなった。しばしば高校生などの集団誘拐を繰り返すナイジェリアのイスラーム過激派、ボコ・ハラムが目立ち始めたのは2000年代末頃からだが、その台頭は過激思想の流入だけが原因ではない。
海賊が特に目立つナイジェリアでは、貧困を背景に陸上でも「ビジネス」としての誘拐が横行している。富裕層や外国人などがとりわけ標的になりやすいが、この構図はギニア湾の海賊が身代金目当ての誘拐を生業としていることに似ている。
そして、コロナで生活苦に拍車がかかり、その活動がエスカレートしている点でも、イスラーム過激派と海賊は同じといえる。
マグロは値上がりするか
食糧農業機関(FAO)の統計によると、冷凍マグロはこの数年、1キロ当たり10ドル弱の水準で推移してきた。しかし、コロナによって各国でツナ缶などの「巣ごもり需要」が増えた結果、マグロ類の単価は昨年第四四半期の段階で、一昨年の同時期と比べて世界全体で約20%上昇した。
このうえ海賊の横行が1年、2年と長期化すれば、操業・輸送のコストをさらに高め、ギニア湾を含む大西洋から運ばれるマグロは値上がりしかねない。その場合、他の地域でとれるマグロの価格もしわ寄せをくうことになる。
しかし、海賊への根本的な対策としては貧困の緩和が欠かせないものの、コロナ禍によって先進国が開発協力を大きく増やせる見通しは立たない。このギャップが続く限り、ギニア湾は今後ますます世界のリスクになるとみられる。
日本で人気の寿司ネタもまた国際情勢とは無縁でいられないのだ。