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イスラエルがガザ地区、レバノンだけでなく、シリアに対しても攻撃も強めていることに注目する意味

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

イスラエルが9月23日にレバノンのヒズブッラーに対する「北の矢」作戦を開始してから、10日が経った。

「北の矢」作戦の戦場はレバノンだけか?

この作戦の主戦場は言うまでもなく、レバノン領内、とりわけヒズブッラーの地盤地域である南部(南部県、ナバティーヤ県)、西部(ベカーア県)、首都ベイルート南部郊外(ダーヒヤ地区)である。だが、標的となっているヒズブッラーはレバノン領内だけで活動しているわけではない。

また、「北の矢」作戦の一環として行われるイスラエル軍の攻撃への報復がレバノン領内のヒズブッラーだけによって行われるわけでもない。このことは、イラン・イスラーム革命防衛隊が10月1日に弾道ミサイル180発以上(イスラエル軍発表)を発射して行った越境攻撃、「抵抗の枢軸」と呼ばれる陣営に身を置くイエメンのアンサール・アッラー(フーシー派)やイラク・イスラーム抵抗によるイスラエル領内を狙った巡航ミサイル、弾道ミサイル、無人航空機による攻撃を見れば一目瞭然である。

とはいえ、日本のメディアでは、こうした地理的な拡がりが網羅されることは必ずしも多くない。イスラエル軍によるガザ地区への攻撃は、レバノン、イエメン、イラクとは切り離されて報じられることが多い。また、レバノンに対するイスラエル軍の攻撃が激化して以降は、ガザ地区の情勢が詳しく報じられることはなくなっている。

こうしたなかで、ハマースが「アクサーの大洪水」作戦を開始した2023年10月6日以降、一貫して報道の「蚊帳の外」に置かれることが多かった紛争当事者、あるいはイスラエル軍の攻撃の被害者がいる――シリアだ。

日本で着目されることはほぼ皆無だと言えるが、「北の矢」作戦開始と前後して、シリアはほぼ連日、イスラエル軍の攻撃に晒されるようになっている。

シリアでは、9月17日にレバノンでページャーを使用したイスラエル軍による(と見られる)一斉爆破攻撃が行われた際、首都ダマスカスやダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町で、ヒズブッラーの関係者が所持していたページャーが爆発し、複数人が負傷したことについては、拙稿「シリアでもヒズブッラーのメンバーが所持していたページャーが爆発:無差別攻撃への恐怖を煽るイスラエル」でも述べた通りだ。それ以降も、イスラエル軍による攻撃は激しさを増しているのである。

狙われたイラクのヒズブッラー大隊

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団、カタールの衛星テレビ局のアルジャズィーラ、サウジアラビアの衛星テレビ局のハドスによると、イスラエル軍所属と見られる無人航空機1機は9月20日午前5時頃、サイイダ・ザイナブ町から数キロの距離にある、ダマスカス国際空港に至る街道を走行中の車1台を攻撃した。これにより、車は炎上、乗っていたイラクのヒズブッラー大隊の司令官1人が死亡、護衛が負傷した。

ヒズブッラー大隊はイラクの人民動員隊に所属する部隊で、イラク・イスラーム抵抗を主導していると見られている。このイラクの人民動員隊は、イラン・イスラーム革命防衛隊(ゴドス軍団)、ヒズブッラー、イエメンのアンサール・アッラー(フーシー派)などとともに「イランの民兵」と呼ばれている組織でもある。

殺害された司令官はムハンマド・アリー・ハッファージー(アブー・ハイダル)なる人物。カルバラー県カルバラー郡アウン区出身の40歳代で、シリアの砂漠地帯からイスラエル占領下のゴラン高原に対する無人航空機による攻撃作戦の責任者だったという(ただし、この攻撃に関して、ロシアのスプートニク・アラビア語版は「事実ではない」と否定している)。

駐留ロシア軍司令部をかすめる攻撃

スプートニク・アラビア語版などによると、9月24日深夜から翌25日未明にかけて、タルトゥース県のタルトゥース市およびラタキア県ジャブラ市沖の上空から約3時間にわたり攻撃があり、シリア軍防空部隊が13の標的を撃破した。シリア軍が迎撃した標的が無人航空機なのか空対地ミサイルかは不明だが、攻撃時にシリア軍のレーダーは、複数の戦闘機を捕捉していたという。

タルトゥース市にあるタルトゥース港とジャブラ市近郊のフマイミーム航空基地には駐シリア・ロシア軍の司令部が設置されていることは周知の通りである。

避難民が殺到する国境地帯への攻撃

「北の矢」作戦が開始され、イスラエル軍によるレバノンへの爆撃が激しさを増すと、レバノン人、そしてレバノンに居住していたシリア人(シリア難民も含む)が戦火を逃れてシリア領内に避難を開始した。その数は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が9月30日付で発表した速報によると10万人(うち6割がシリア人、4割がレバノン人)に達しているとされる。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)、レバノンのテレビ局のマヤーディーンなどによると、イスラエル軍はこうした人の流れを狙うかのように、9月26日、ヒムス県とレバノンのベカーア県を結ぶマトリバー(ハムラー)国境通行所を爆撃した。爆撃では、通行所に設置されている橋を渡ろうとしていたレバノンからの入国者が狙われ、8人が負傷、また橋とその周辺が物的損害を受けた。また、シリア人権監視団によると、このうち重傷を負っていた軍事情報局の要員1人が9月27日に死亡した。

SANA、2024年9月26日
SANA、2024年9月26日

イスラエルがシリアへの越境攻撃や侵犯行為について公式に認めることは通常はない。だが、9月26日の攻撃については、「シリアからレバノンに武器を移送するためにヒズブッラーが使用していたシリア・レバノン国境沿いのインフラを攻撃した」と発表し、これを認めた。

イスラエル軍は9月26日には、マトリバー国境通行所以外にも攻撃を加えた。シリア人権監視団によると、レバノンとの国境に近いヒムス県クサイル市近郊のフーシュ・サイイド村一帯が爆撃を受けたほか、イスラエル占領下のゴラン高原からイスラエル軍が発射したアイアン・ドーム防空システムのミサイル1発の流れ弾が、クナイトラ県ラフィーダ村に近いスィハーム地区に落下した。

イスラエル軍は、9月27日にも国境地帯への攻撃を続けた。シリア国防省によると、イスラエル軍は午前1時35分、占領下ゴラン高原方面からクファイル・ヤーブース村に近いシリア・レバノン国境の軍事拠点1ヵ所を狙って航空攻撃を行い、これによって、軍関係者5人が死亡、1人が負傷した。

イスラエル軍はこの爆撃の直後にも、クファイル・ヤーブース村近くで車輛1台を狙って爆撃を行い、2人を殺害した。さらに、シリアのラジオ局のシャームFMなどによると、その数時間後には、前日に続いてマトリバー国境通行所を多数のミサイルで攻撃し、軍事情報局の要員4人を負傷させた。

南部にも拡大する攻撃

イスラエル軍の攻撃は続いた。シャームFMやシリア人権監視団などによると、イスラエル軍の無人航空機1機は9月28日、クナイトラ県に近いバイト・サービル町の民家1棟を攻撃、中にいたパレスチナ人男性1人と妻を殺害、家族ら多数を負傷させた。

これに関して、イスラエル軍は、シリア南部におけるヒズブッラーのテロ・ネットワークのトップであるアフマド・ムハンマド・ファハドを殲滅したと発表した。

シリア人権監視団などによると、イスラエル軍戦闘機はまた、この攻撃の数時間後に、レバノン国境に近いダマスカス郊外県のトゥファイル村とアッサール・ワルド町の間にある貯蔵施設1ヵ所(ヒズブッラーとともに活動するシリア人らが所有)を攻撃し、これを破壊した。さらに、ヒムス県でもイスラエル軍の無人航空機1機が、クサイル市の農村地帯で車輛1輌を攻撃し、これを破壊、乗っていた1人を殺害した。

シリア人権監視団によると、イスラエル軍戦闘機は9月29日、ダマスカス郊外県のスィルガーヤー町近郊のレバノン国境地帯に非公式に設置されている複数の通行所を狙って爆撃を行った。また、その数時間後にもレバノン国境地帯にあるヒズブッラーやイラク・イスラーム革命防衛隊の司令官らが使用していると見られる建物1棟を爆撃した。

イスラエル軍は同日、ヒムス県でもクサイル市郊外(ワーディー・ハンナー地区)にあるシリア軍の検問所近くの1ヵ所を爆撃した。

所属不明の戦闘機が東部を爆撃

レバノン国境地域でのイスラエル軍の攻撃が連日続くなか、シリア東部でも攻撃が行われた。

シリア人権監視団によると、所属不明の戦闘機5機が、シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県のダイル・ザウル市ハラービシュ地区、サルダ山、ダイル・ザウル航空基地一帯、労働者住宅地区(ブール・サイード通りの開発財団)にある「イランの民兵」の拠点複数ヵ所、ブーカマール市近郊のハリー村にあるイラン・イスラーム革命防衛隊のゲストハウス、フザーム村とスワイイーヤ村にある貯蔵施設を爆撃したのだ。

この攻撃で、司令官1人を含む少なくとも19人(シリア人7人、イラク人9人、外国人3人)が死亡、20人あまりが負傷した。

また、この爆撃の数時間後、クーリーヤ市でイラン・イスラーム革命防衛隊とともに活動するイラク人民兵の車輛が所属不明の無人航空機1機の攻撃を受けた。

攻撃を行ったのは、おそらくイスラーム国に対する「テロとの戦い」を口実にシリア北部および東部に部隊を駐留させる米軍(有志連合)だと思われる。

ガザ地区やレバノンでの戦闘のみに着目していると、それがハマースやヒズブッラーといった非国家主体とイスラエルとの間の非対称紛争に見えるが、シリアに目を向けると、米国が紛争当事者であることが一目瞭然となり、紛争の非対称性がさらに明らかになる。

マーヒル・アサド少将暗殺か?

9月30日になると、ポーランド人コンテンツクリエイターが創設したSNSアカウントのヴィシェグラード24はXを通じて以下のポストを発信した。

速報

イスラエル空軍が本日ダマスカス近郊の別荘を爆撃したことを受けて、体制はシリアの独裁者バッシャール・アサドの弟マーヒルとの連絡が取れなくなった。

別荘では、イランの指導者らとの会談が行われていた。マーヒルはシリア軍第4師団の司令官である。

これを受け、オンライン・ニュース・サイトのマルサドなどが、マーヒル・アサド少将がイスラエル軍の爆撃で暗殺されたとの情報が流れていると伝えた。また、シリア人権監視団も、イスラエル軍の無人航空機1機が、ヤアフール町近郊にあるシリア軍第4師団の別荘(ヴィラ)を高性能爆発ミサイル複数発で攻撃したと発表した。複数筋によると、この別荘には、ヒズブッラーやイラン・イスラーム革命防衛隊の司令官らが度々訪れていたという。

複数の信頼できる筋によると、第4師団の司令官を務めるマーヒル・アサド少将は、師団の兵器がレバノンに搬入された場合、イスラエル軍の攻撃の標的に含まれることになるとの警告を度々受けていたという。

第4師団の別荘が攻撃を受けたことは事実ではあったが、マーヒル・アサド少将の暗殺は虚偽の情報だった。

なお、シリア人権監視団によると、イスラエル軍はまた、9月29日深夜から30日未明にかけて、ダマスカス郊外県のジュダイダト・ヤーブース(マスナア)国境通行所近くの建物1棟を爆撃し、シリア人2人と外国人5人を負傷させた。またその数時間後にもディーマース町近郊の1ヵ所を無人航空機1機で攻撃した。

首都ダマスカスも標的に

10月1日には、イスラエル軍の攻撃はさらにエスカレートし、首都ダマスカスが標的となった。

国防省によると、イスラエル軍は午前2時5分、占領下ゴラン高原方面から有人および無人航空機で、ダマスカス県の複数ヵ所を狙って攻撃を行い、シリア軍防空部隊がこれを迎撃、ミサイルと無人攻撃機のほとんどを撃破したが、民間人3人が死亡、9人が負傷、私有財産に甚大な被害が生じたと発表した。

SANA、2024年10月1日
SANA、2024年10月1日

シリア人権監視団によると、イスラエル軍の攻撃は2回にわたって行われ、マッザ区のフランス公園近くとレバノン大使館のビル近くに停車していた車2台、マッザ航空基地とダマスカス郊外県キスワ市一帯に配備されている対空ミサイル発射装置複数基が標的となった。これにより、女性メディア関係者1人を含む民間人3人、「イランの民兵」とともに活動するシリア人1人と外国人2人が死亡、9人が負傷、複数の自動車、商店などが損害を受けたと続けたが、犠牲者のなかの「女性メディア関係者」が、放送テレビ機構(シリア・アラブ・テレビ)の看板アナウンサーの1人であるサファー・アフマドさんだった。

Sputnik Arabia、2024年10月1日
Sputnik Arabia、2024年10月1日

アフマドさんは死亡する直前にフェイスブックに、「ダマスカス上空で大きな音が聞こえます」と綴っていたが、放送テレビ機構によると、それから約30分後にマッザ区にある自宅で、爆撃による破片で死亡した。

シリア人権監視団、反体制派系ニュースサイトのダルアー24やスワイダー24などによると、10月1日の攻撃は、首都ダマスカスだけでなく、シリア南部に対しても行われ、ダルアー県のサナマイン市・カニーヤ村間にあるシリア軍第79防空旅団に所属するレーダー大隊基地、イズラア市の農業用空港、スワイダー県のサアラ航空基地、ハールーフ丘に配備されている防空部隊のレーダー1基がミサイル攻撃を受け、シリア軍兵士複数人が負傷した。

ナスルッラー書記長の娘婿が標的に

シリアの国防省は10月2日午後3時25分頃、イスラエル軍が占領下ゴラン高原方面からダマスカス県マッザ区の住宅1棟を狙って航空攻撃を行い、民間人3人が死亡、3人が負傷、私有財産に損害が生じたと発表した。

SANA、2024年10月2日
SANA、2024年10月2日

サウジアラビアの衛星テレビ局のアラビーヤ、英国のパン・アラブ・ニュース・チャンネルのスカイ・ニュース(アラビア語版)、レバノン南部のニュースサイトのジャヌービーヤ、シャームFMなどによると、攻撃を受けたのはマッザ区(西マッゼ・ヴィーラート地区)のムハンマディー・モスク脇の建物の2階部分で、この建物にはレバノンのヒズブッラーやイラン・イスラーム革命防衛隊の司令官らが出入りしていたという。

攻撃によって、9月27日に殺害されたレバノンのヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長の娘ザイナブ・ナスルッラーの夫ハサン・ジャアファル・カスィール、ヒズブッラーのメンバー1人、そして若い女性1人を含む4人が死亡、3人が負傷した。

Janoubiya、2024年10月2日
Janoubiya、2024年10月2日

ハサン・ジャアファル・カスィールは、10月1日の首都ベイルートのジャナーフ地区に対するイスラエル軍の爆撃で死亡したムハンマド・ジャアファル・カスィール(ハーッジ・ファーディー)の弟。レバノンの南部県ティール郡のダイル・カーヌーン・ナフル村出身。20年あまりにわたって、シリアとレバノンを往来し、シリア軍の支援を受けて、イランからの武器密輸に関与していたとされる兄とともに活動していたと見られる。

なお、ハサン・ジャアファル・カスィールには、ムハンマドのほかに、アフマド、ムーサー、ラビーウという3人の兄がいたが、アフマドは1982年、ムーサーは1996年、ラビーウは2006年にいずれも戦死している。

このような戦況についての羅列については、冗長だとの批判が常に付きまとう。だが、「攻撃はガザ地区以外でも行われている」、「攻撃はレバノンに集中している」という表現では、今次の紛争が中東地域全体に及んでいるという現実をイメージすることを妨げることにつながる。

ある特定の場所での戦闘にだけ注目することで、それ以外の地域での戦闘を忘却しないためにも、そして非対称紛争が、特定の戦場で戦火をまみえている当事者以外の国や組織をも当事者としていることを認識するためにも、概況のなかから排除される詳細に目を向け続ける必要が求められる。シリアに着目することの意味はまさにここにあると言える。

これまでのイスラエル軍によるシリアへの侵犯行為

なお、シリア人権監視団によると、イスラエル軍の攻撃は、今年に入って93回(うち76回が航空攻撃、17回が地上攻撃)となり、これにより184あまりの標的が破壊され、軍関係者250人が死亡、178人が負傷した。

同監視団によると、軍関係者の死者内訳は以下の通りである。

  • イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):24人
  • ヒズブッラーのメンバー:43人
  • イラク人:28人
  • 「イランの民兵」のシリア人メンバー(カーティルジー・グループ社も含む):75人
  • 「イランの民兵」の外国人メンバー:23人
  • シリア軍将兵:54人
  • 身元不明者:3人

また、民間人も29人(女性7人と子供2人を含む)が死亡、45人あまりが負傷している。

攻撃の県別内訳は以下の通りである。

  • ダマスカス県、ダマスカス郊外県:40回
  • ダルアー県:17回
  • ヒムス県:18回
  • クナイトラ県:8回
  • タルトゥース県:3回
  • ダイル・ザウル県:5回
  • アレッポ県:2回
  • ハマー県:2回
  • スワイダー県:1回
東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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