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シリアでもヒズブッラーのメンバーが所持していたページャーが爆発:無差別攻撃への恐怖を煽るイスラエル

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリア国内の複数ヵ所で9月17日午後、謎の爆発が同時に複数回発生した。

日刊紙『ワタン』は午後4時47分、フェイスブックで、首都ダマスカス(ダマスカス県)のムワーサー・トンネルとカフルスーサ交差点を結ぶ幹線道路で、車1台が爆発し、4人が負傷したと速報で伝えた。

AlWatanNewspaper.sy、2024年9月17日
AlWatanNewspaper.sy、2024年9月17日

これに関して、反体制派系のニュース・サイト「サウト・アースィマ」(首都の声)は午後5時9分、フェイスブックで、事件がレバノンのヒズブッラーのメンバー1人が所持していた「無線機」が爆発したことによるものだと伝えた。

damascusv011、2024年9月17日
damascusv011、2024年9月17日

「サウト・アースィマ」はまた、午後5時58分にも、シーア派(12イマーム派)の聖地の一つザイイダ・ザイナブ・モスク(廟)があるダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町でも、ヒズブッラーのメンバー7人が所持していた「無線通信機器」が爆発し、負傷したと伝えた。

damascusv011、2024年9月17日
damascusv011、2024年9月17日

一方、英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団はHPで、爆発で負傷したヒズブッラーのメンバー多数がダマスカス県とダマスカス郊外県の複数の病院に搬送されたと発表した。

レバノンでもページャーが同時に爆発

首都ダマスカスとサイイダ・ザイナブ町で発生した謎の爆発は、ヒズブッラーのメンバーが所持していた小型通信機器のページャー(ポケベル)の爆発によるものだと考えられる。

AP通信などによると、9月17日の午後3時30分頃、レバノンでヒズブッラーのメンバー数百人が使用していたページャーが同時に爆発し、8歳の女の子1人を含む9人が死亡、数千人が負傷した(レバノンのフィラース・アブヤド保健大臣の発表によると、8人が死亡、2,750人が負傷、うち200人が重傷)。負傷者のなかには、モジュタバー・アマーニー在レバノン・イラン大使もいた。

ページャーは、今年2月13日にヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長が行ったビデオ演説のなかで、メンバーらに対して、イスラエル諜報機関に追跡される可能性があるとして、携帯電話の使用を止めるよう指示したのを受けて、導入されていたもの。

ヒズブッラーの関係者によると、ページャーは新ブランドのものだったが、使用期間については明言を避けた。

レバノンの複数の治安関係者、ヒズブッラーの関係者らによると、爆発は、ヒズブッラーの拠点とされるレバノンのベイルート県南部郊外(ダーヒヤ)、ベカーア県だけでなく、シリアの首都ダマスカスなどで発生した。『ワタン』、「サウト・アースィマ」が伝えたのはこの爆発だったと言える。

イスラエルの攻撃

この爆発を認める声明は発表されていないが、『ニューヨーク・タイムズ』は、複数の関係者の話として、爆発したのは、台湾製ページャー「ゴールド・アポロ」で、レバノンに輸入される前にイスラエルによって爆発物が仕掛けられていたと伝えた(これに関して、台湾のゴールド・アポロ社は18日に声明を出し、ハンガリーに拠点を置くBACコンサルティング有限責任会社に商標権を与え、映像・販売された危機だと発表したーー9月18日追記)。

爆発物は3,000台以上のページャーの内蔵バッテリーの横に仕掛けられ、遠隔操作で爆発する仕組みになっていたという。

また、ヒズブッラーの指導部を装ったメッセージを受信した直後に爆発が発生したという。

ヒズブッラーは事件発生から約3時間後に2回にわたって声明を出し、イスラエルの犯行だと断じた。声明の内容は以下の通りである。

2024年9月17日火曜日の午後3時30分頃、ヒズブッラーの各部隊および機関に勤務する複数のメンバーが所持していたメッセージ受信機、いわゆる「ページャー」が爆発した。この謎の爆発により、現在までに少女1人とその兄弟2人が犠牲となり、多数が重軽傷を負った。
ヒズブッラーの専門機関は現在、これらの同時爆発の原因を明らかにするため、広範な治安・科学調査を進めている。また、医療機関や保健機関は、レバノン各地の病院で負傷者の治療にあたっている。
我々は、エルサレムへの道を歩む殉教者たちの魂にアッラーの慈悲があることを願い、負傷者と被害者の早急な回復を祈っている。また、親愛なる人々に対して、一部勢力が心理戦の一環として広めようとしているデマや誤情報に注意するよう呼びかける。とりわけ、これは、シオニストの敵が、北部の情勢を変化させるなどと称して、脅迫めいた発言を行うのと並行した動きである。
さらに、抵抗運動はすべてのレベル、そして部隊において、レバノンとその不屈の人民を守るため、最高の準備態勢を維持していることを強調する。

al-Manar、2024年9月17日
al-Manar、2024年9月17日

すべての事実、現状、そして今日の午後に起こった卑劣な攻撃に関する情報を精査した結果、我々はこの犯罪的な攻撃について、敵イスラエルに全責任があると非難する。この攻撃は民間人にも被害を及ぼし、多くの殉教者と多数の負傷者を生じさせた。
我らが殉教者と負傷者は、ガザ地区とヨルダン川西岸で暮らす尊厳ある人々のために、エルサレムへの道を切り開かんとする我々の闘いと犠牲の象徴だ。我々は、勇敢なパレスチナ抵抗運動への支援と援助を惜しまない。この姿勢は我々にとって今も未来も誇りとなるものだ。
この卑劣で犯罪的な敵は、この卑劣な攻撃に対して必ず正当な報いを受けるだろう。それが予期した場所から、あるいは予期せぬ場所からかは分からないが、アッラーは我々の言葉の証人であらせられる。

al-Manar、2024年9月17日
al-Manar、2024年9月17日

イランの外務省のナーセル・カナアーニー報道官も声明を出し、「ジェノサイドの典型」と非難した。

シリアの外務在外居住者省も声明で、「人種主義的なシオニスト政体がレバノンの住民に対して血塗られた攻撃を行った」と断じたうえで、「戦場を拡大し、さらなる流血を渇望している」と非難、レバノン国民との連帯を表明した。

激化していた「抵抗の枢軸」の攻撃

昨年10月以来続く、同国とパレスチナのハマース、そしてヒズブッラー、イエメンのアンサール・アッラー(フーシー派)、イラク・イスラーム抵抗、イラン、そしてシリアからなる「抵抗の枢軸」との間の際限のない暴力の連鎖のなかで、イスラエルによるページャーを使った今回の攻撃は、何に対する報復なのか、あるいは何を抑止しようとした先制攻撃なのかを具体的に特定することは不可能だ。

だが、少なくとも、9月15日からイスラエルに対する「抵抗の枢軸」の攻撃がにわかに強まっていたことだけは言及しておく必要があろう。

アンサール・アッラーは9月15日、イスラエルの首都テルアビブの重要な軍事標的を狙って、新型極超音速弾道ミサイル1発を発射する特殊作戦を実施したと発表、翌16日にその映像を公開した。

イスラエル軍の発表によると、このミサイルは迎撃によって空中分解を起こし、クファル・ダニエル入植地に隣接する地域で破片の一部が落下したことによる火災が発生した。

イラク・イスラーム抵抗も9月15日、イスラエルのハイファー市の重要標的1つを無人航空機で攻撃したと発表した。

ElamAlmoqawama、2024年9月15日
ElamAlmoqawama、2024年9月15日

イラク・イスラーム抵抗はまた、9月16日にも、イスラエルの占領下にあるヨルダン渓谷(ヨルダン川西岸)の標的1ヵ所を無人航空機で攻撃したと発表した。

ElamAlmoqawama、2024年9月16日
ElamAlmoqawama、2024年9月16日

一方、イスラエルを標的としたものではないが、9月15日には、シリア北東部のハサカ県ハッラーブ・ジール村の農業用空港に米軍(有志連合)が違法に設置している基地が、シリア政府の支配地域を離陸した所属不明の無人航空機3機の攻撃を受け、米軍がこれを撃破している。

また、9月16日には、アンサール・アッラーがイエメンのザマール県上空で敵対的任務を遂行していた米軍のMQ-9リーパー無人航空機1機を撃墜したと発表した。

このほか、イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は9月17日午後1時49分、X(旧ツイッター)で、イスラエル国内諜報機関シンベトとの合同作戦によって、ヒズブッラーが計画していた爆破テロを阻止したと発表した。

発表によると、爆破テロを計画していたのは、治安機関の元職員で、数日以内に決行しようとしていたが、シンベトが作戦中に、カメラと携帯電話を備えた遠隔起動装置に接続されていた爆発物を発見し、テロを未然に防いだという。

ページャーを使った今回のイスラエルによる前代未聞の攻撃は、こうした一連の挑発行為に対する報復だとは断定し得ない。だが、それは、イスラエルの爆撃がいつどこで行われるか分からないと怯えてきたレバノンやシリアの人々の恐怖をこれまで以上に煽るに十分であると言うことはできるだろう。

無差別テロへの恐怖にも似た恐怖――それがページャーを使った攻撃の最大の心理的効果だと言える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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