米民主党の伝統である「民主主義の兵器庫」が世界の戦争を拡大する
フーテン老人世直し録(721)
神無月某日
米国のバイデン大統領は日本時間の20日午前9時から大統領執務室で国民向けのテレビ演説を行い、イスラム組織ハマスとロシアのプーチン大統領を並べて非難し、ウクライナとイスラエル支援のため15兆円規模の緊急予算を議会に求める考えを明らかにした。
その中でバイデンは「世界の歴史が転換点を迎えている」と言い、「第二次大戦と同じように国家を愛する米労働者は民主主義の兵器庫を作り、自由の理念に貢献する」と述べた。そして翌20日にバイデン政権は武器生産拡大の予算7.5兆円を議会に要請した。
「民主主義の兵器庫」とは、1940年にフランクリン・ルーズベルト大統領が国民向けのラジオ演説で使った言葉である。ファシズムと戦う民主主義国を支えるため、米国は武器の大増産を行い供給すべきと国民に訴えた。
前回のブログで書いたように、ルーズベルトの「ニューディール政策」は大恐慌で疲弊した米国経済を救済するのに十分でなかった。ダムや道路を作っても効果が現れないため、ルーズベルトは軍需生産で経済を上向かせようと考える。そのため「民主主義」を大義にして武器増産に乗り出したのである。
そこで障害となるのが「アメリカ・ファースト・コミッティ(米国第一主義委員会)」が主導していた平和運動だった。米国には第5代大統領ジェームズ・モンローが唱えた「他国の戦争には介入しない」という伝統があり、「アメリカ・ファースト」は「反戦・平和」を意味していた。
加えて白人の人口比で最も多いのがドイツからの移民で、ナチスドイツがフランスを占領しても英国に迫っても、ドイツと戦う世論は盛り上がらず、しかも米国経済はドイツとの取引きが英国やフランスより大きかった。
ケネディ大統領の父親で当時駐英大使を務めていたジョセフ・ケネディは、ナチスドイツに宥和的な英国のチェンバレン内閣を支持し、米国が対独戦争に参戦しないこと、そしてヒトラーに譲歩することが世界平和への道だと考えていた。
そこでルーズベルトは日本を挑発して対米戦争を起こさせ、局面を打開しようと考える。40年夏から鉄やアルミの輸出規制など対日経済制裁に踏み切り、41年夏には日本に死活的打撃を与える在米資産凍結や石油の全面禁輸措置を断行した。
そして交渉による解決を求める日本を無視した。それが41年12月の「真珠湾奇襲攻撃」による日米開戦につながり、欧州でも対独戦争を可能にして英国のチャーチル首相を喜ばせた。つまりルーズベルトは「真珠湾奇襲攻撃」が起こるのを待ち望んでいた。
日露戦争を仲介し停戦に導いたのは米国だが、その直後から米国には日本脅威論が高まり、日米戦争に備えた様々なシミュレーションが行われた。その中には日本軍による真珠湾奇襲攻撃も含まれ、それに備えた米軍の訓練も行われた。
また当時は「日米戦争」を題材にした読み物も数多く出版され、その頃米国に赴任していた山本五十六がそれを目にした可能性もある。山本五十六が海軍中枢の反対を押し切り、真珠湾奇襲攻撃を考えた理由は「米国の戦意をくじくため」だったが、現実はそれと真逆の結果を生む。ルーズベルトの意図通りに米国が戦争に介入する引き金になったのだ。
ルーズベルトには事前に真珠湾奇襲の情報が寄せられていた。しかしルーズベルトはそれを現地の司令官に知らせず、ハワイの米太平洋艦隊の犠牲を国民に見せつけ、「リメンバー・パール・ハーバー」を叫び、米国民を熱狂的に戦争に駆り出すことに成功した。
平和運動を行っていた米国の「アメリカ・ファースト・コミッティ」は総崩れとなり、民主主義のための戦争が正当化された。そしてこの論理が戦後の米国にとって国民を戦争に駆り出す指針となった。朝鮮戦争とベトナム戦争は共産主義に対する民主主義の戦いと宣伝され、国民はそれを信じて参戦したが、その戦争に米国は勝てなかった。
しかしソ連が崩壊して冷戦が終わると、米国はそれを民主主義が共産主義に勝利したと考え、次に民主主義を世界に広めるための戦いに打って出る。クリントン政権は冷戦後もタブーとされた「NATOの東方拡大」でロシアを追い詰め民主化しようとする。ブッシュ(子)政権は「9・11同時多発テロ」をチャンスと捉え「テロとの戦い」で中東を民主化しようとした。
いずれも米国の民主主義を世界に広めるための正義の戦争と宣伝されるが、それを思想的に支えたのが「ネオコン」と呼ばれる民主・共和両党にまたがる勢力である。元は共産主義世界革命を目指したトロツキー系左翼だが、ベトナム反戦運動に失望して右翼になった転向グループだ。
それが米国の軍需産業と結びつき、米国政治に広く根を張るようになった。その源流をたどるとフーテンはルーズベルトが国民に訴えた「民主主義の兵器庫」に行きつくと考える。
つまりバイデンは民主党の伝統とも言えるルーズベルト路線に従い、プーチンとハマスを国民に敵視させることで戦争を拡大し、軍需産業で米国経済を上向かせようと考えているのである。
ではバイデンが打ち出した「民主主義の兵器庫」は思惑通りに成功するのだろうか。まず戦後70年以上にわたり米国を支配してきたルーズベルト路線に対し、「モンロー主義」を復活させようとする政治家が米国に現れた。トランプ前大統領である。
「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプを、当初フーテンは「米国は何でも勝手にやる」意味かと思っていたが、その主張を聞くうちに「米国一極支配」をやめて世界を「多極化」することだと分かってきた。トランプは米国を「モンロー主義」に戻そうとしている。
米国は他国の戦争に介入することをやめ、つまり「世界の警察官」を辞めて自国のことだけ考える。だから各国とも自分の国は自分で守れという意味だ。それはルーズベルト以来の「米国は民主主義のために戦う」という考えと真っ向からぶつかる。
民主党をはじめ「民主主義神話」を信仰する米国民は、だからあらゆる手段を講じてトランプを引きずり降ろそうとしている。ところがトランプには根強い支持者がいて、今でも一定の支持率を確保している。そうした状況を見ると、確かにバイデンの言う通り「世界の歴史は分岐点に来ている」のである。
ウクライナ戦争は昨年2月24日にロシア軍が侵攻を始めると、一斉に「狂った独裁者プーチンによる帝国主義的侵略」と西側メディアが報じた。メディアの報道を鵜呑みにしないフーテンは、あまりの馬鹿馬鹿しさに最初から眉に唾をつけて学者やジャーナリストの話を聞いていたが、西側報道を信ずる人の多さに驚いた。
この記事は有料です。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバーをお申し込みください。
「田中良紹のフーテン老人世直し録」のバックナンバー 2023年10月
税込550円(記事5本)
2023年10月号の有料記事一覧
※すでに購入済みの方はログインしてください。